残党処理 -序幕-

エピソード文字数 4,320文字

 ラシオンとファイズが集めた情報によれば、現スバクル統領(とうりょう)イグナル・レゲシュは休戦協定破棄を前提に、トーラに攻め込む準備を着々と進めているらしい。
 トーラの内部情勢は、ジェライン・セディギアとカーフ・アバテによって詳細にもたらされているだろう。
「現況はトーラのほうが不利だ」
 ラシオンの顔は厳しい。
「俺たちはスバクル政権から離れて長い。今レゲシュに賛同している領主家がどれほどいるのか、その家の兵力がどれくらいなのか。詳細はつかめてねぇ。逆にトーラ国の情報は向こうに筒抜けだ。あいつらにくっついていた虫も、まだ結構残ってんだろ?」
「しかし、スバクルと共謀して王家に盾突いたあの姿を見て、まだ“セディギア派”を名乗るだろうか。そんな奴は逆賊として討たれて当然だろう」
 片頬(かたほほ)に手を当て考え込むアルテミシアに、ギードが大きくうなずいた。
「貴族たちが(つど)う場で(たくら)みが発覚したことは、セディギアには誤算だったでしょう」
「給仕に化けた奴はアッスグレン家の者だったな。王家への凶行はスバクルとアッスグレンの結託によるものだと見せかけ、その混乱に乗じてレーンヴェストを排斥しようとでも目論(もくろ)んだのだろう。それをあの少年らが阻止した。カリートも良い働きだった」
 ヴァーリから直々の誉め言葉を掛けられたカリートの(ほほ)が上気する。
「まったくフリーダ隊の働きには舌を巻く。あの若者たちは頼もしいな。ギード、ダヴィド。うかうかしていられないぞ」
 ヴァーリが活を入れ、ダウム親子が姿勢を正して敬礼を返した。
「立派になったよなぁ。あれがトレキバの愚連隊浮浪児だったとは思えねぇよな。フリーダ隊長の目の付け所はやっぱ違うね。俺を選んでくれたぐらいだしな」
 ラシオンは誇らしげに胸を張るが、ヴァーリの瞳には怪訝(けげん)な色が浮かんだ。
「浮浪児?見どころのある少年たちを加えた、とは聞いていたが…」
「あの子らは流行り病などで親を亡くし、トレキバの市場辺りで寝起きしていた浮浪児でした。ですが教え導きさえすれば、あれだけの能力を発揮する。陛下、恐れながら」
 誠実で率直なジーグのまなざしにヴァーリは背筋を正した。
「構わない。申せ」
「彼らは親を亡くした当初、救護院に連れて行かれました。しかしトーラの救護院は、お粗末と言うほかはない。公費である施設費は院長が私的に使い、国の調査も甘い。子どもたちはわずかな食べ物しか与えられず、劣悪な生活環境の中で命を落とす者も多いのです。あの子らはありあまる生命力でそこを抜け出し、自分たちの力だけで生き抜いていた」
 ヴァーリが虚を突かれたような顔になる。
「救護院や療養所の仕切りはコザバイ家に任せている。そのような不実をするはずはない」
「コザバイ?」
 ジーグの(まゆ)が不審そうに寄った。
「施設長は、モンターナから来たという者が収まっておりましたが」
「モンターナ…」
 思い出したようにアルテミシアがつぶやく。
「あの高慢ちきが王宮広間に入ってきたとき、こそこそ庭園に逃げた小粒な男だな。“セディギア様にご挨拶なさらないのですか、モンターナ公”と誰かに聞かれて、しどろもどろになりながら転んでいたのでよく覚えている。あまりに見事な転びっぷりだったから、道化として呼ばれているのかと思ったくらいだ」
 ヴァーリに冷笑が浮かんだ。
「どうりで最近羽振りがいいと思っていた。なるほど。すべてが小さい男だ。コザバイ家は、当主が代替わりしたばかりだったな、ギード」
「はい。まだお若い当主を支えてくれと、ご病気で引退された前当主がモンターナ家に助力を依頼したと聞いております」
「経験浅いコザバイ当主を言いくるめ、その仕事から美味い汁を吸っていたのか。ギード、コザバイ当主に仔細(しさい)伝え、急ぎモンターナと縁を切らせろ。また国中の救護院、療養所を調べ、不正がないか報告させろ。コザバイ当主は若いが愚鈍ではない。事実を知れば、正すための行動に出るだろう。必要ならば王立軍から人員を提供しろ。…何ということだ」
 ヴァーリが痛みを(こら)える表情を浮かべた。
「寄る辺ない子どもたちまで食い物にするか。情けない。…しかし一番情けないのは」
 深い深いため息をトーラ国王は吐き出す。
「それに気づきもしない、国王だ」
「父上」
 クローヴァがヴァーリに一歩近づいた。
「父上はこれまで、あまりにも厳しい状況下にいらっしゃいました。幸い息子二人は生き延び、娘も手元に戻りました。もう父上の(かせ)となる者はおりません。“冷徹の鷹”と呼ばれるその翼で、存分にトーラをお導き下さい」
 王子二人、そして王女。ヴァーリは三人の子どもたちと目を合わせていく。
 ヴァーリの憂い顔が、ほんの少し和らいだ。 
 
 セディギア家当主であったジェラインが、スバクル統領(とうりょう)家と結託して反旗を(ひるがえ)した。
 休戦協定は間もなく破られる。
 その話は瞬く間にトーラ国中に広まった。
 
 迫りくる紛争への対処を話し合うべくヴァーリが招集した緊急重臣会議は、セディギアとアッスグレンが抜け、またセディギア派だった者がその態度を決めあぐね浮足立っているいう、何とも落ち着かない空気の中開かれた。
「さて、目下の状況としては話したとおりだ」
 ひととおりの説明を終えた国王が五人の重臣を見渡す。
 寝る間も惜しんで任された仕事に奔走(ほんそう)する若いコザバイ家当主は、疲れをにじませながらも揺るぎない態度で議場に臨んでいた。
 それに対し、モンターナ当主はそわそわした様子で落ち着きなく辺りを見回している。
「あれほどトーラの血の正しさを主張していたジェライン・セディギアが」
 壮年の重臣が、その名前を口にするのも汚らわしいといった表情をしていた。
外道(げどう)と手を結び、トーラへ攻め込まんとしているとは。裏切りもここに極まれり、ですな」
 苦々しく顔をしかめる剛健な体をした貴族に、若いコザバイ当主が身を乗り出して迫る。
「攻め込まれる前にこちらから討って出ましょう、ビゲレイド公。トゥクース襲撃や王家への暗殺未遂。大義はこちらにあります」
 先のトーラ・スバクル紛争の英雄とも言われるビゲレイドがふむ、とうなずいた。
「いや、しかしですねぇ」
 モンターナは小声でつぶやくように異を唱える。
「ジェラインさま、いや、セディギア公も、もしかしたら何かお考えが…」
「そうですよ」
 全身見事に肉が付いた新興貴族がモンターナに同調した。セディギアから交易権の一部を買い取り、ここ十年足らずで名を上げてきた男だ。 
 何かと買収の(うわさ)が絶えない人物だが、ジェライン・セディギアのごり押しで、前回初めて選定された新参の重臣である。
「あの酒だって、本当に毒が入っていたかどうか。凱旋会での余興だったのでは?手元にない今、わからないではありませんか。陛下はスバクルと

したいのでしょう?その橋渡しをしようとしてるのでは?」
 ビゲレイドが馬鹿馬鹿しい、と独り言のように吐き捨てた。
「ツァービン公はあの場にいらっしゃらなかったのか?そういえば姿をお見かけしなかった。王子があの酒を持ち帰って調べている。ご存じなかったか」
「…えっ」
 垂れ下がるほど重たそうな(ほほ)が青ざめる。
 多くの貴族が集まる凱旋会で、悪評が流布(るふ)したセディギアに挨拶する姿を見られるのは得策ではないと判断した。だから王に顔見せした後は、広間以外の場所で時間を潰していたのだ。
 よほど帰りたかったが、盛況な会をそそくさと退出すれば悪目立ちする。自分の体形はこういうときに不利だ。
 騒動のさ中にも顔は出さず、その後出席していた貴族からそれとなく話を聞き出したのだが、いい加減な内容をつかまされたらしい。
「いや、し、しかし…」
 たっぷりと肉のついた(のど)が震え、分厚い唇から動揺して裏返った声が漏れ出る。
「王子がデタラメを言う可能性だって…」
「ああ」
 ツァービンの失礼な物言いに、ビゲレイドが同調して笑った。角ばった顔の口元が(ゆが)む。
「混じり者王子だからな。何でもあの年まで学問もせず、野生動物のように育ったとか。その王子が調べたところで高が知れている。凱旋会ではスバクルの有象無象(うぞうむぞう)を従えたようだが、外道(げどう)同士はよほど気が合うのだな。とりあえず人語は使えていたから、トゥクースに来て短期間で、ずいぶん(しつ)けられたことだ」
 ビゲレイドは自身も腕が立つが、兵の統率に置いてはトーラでも一、二を争う能力を有する男だ。彼が率いる戦力は王立軍に次ぐものだとの評価が高い。兵からも慕われ、冷静な判断を下す聡明さも持つ。
 しかし一貫して強固なトーラ第一主義を掲げており、頑迷なほどの異国人嫌いで知られている。
「そうですよ。あの混じり者王子…」
 味方を得たとばかりに、嬉々とした顔でツァービンが口を開いたところで、しわがれた低い声が会議場を制した。
「レーンヴェストの血を引くことは明らかである王子に対して不敬過ぎる。王の寛容さをはき違えるな」
 大きな顔の中に泳ぐ小魚のようなツァービンの目が、ヴァーリの対面にゆったりと座る年配の男にちらりと向けられる。
 今までただ泰然と椅子(いす)にもたれ、重臣たちの発言を聞くだけだった老貴族がゆっくりとその体を起こした。
「ヴァーリよ」
 先王からの重臣であり、現王を幼少のころからよく知る老貴族がにやりと笑った。
「そろそろ口を開いたらどうだ」
 内政に優秀な人材を多く輩出している名家の当主が、知らないはずがないものを。
 ヴァーリが薄く笑い返した。
「私は寛容であるわけではありませんよ、オライリ老公。よくご存じではないですか。我が息子の評価を、もう少し聞いていようかと思っていただけです。老公がお聞きになりたいことに関しては、息子たちが答えます。幸いクローヴァは“二十歳を超えない”と言われていたらしいが、無事に二十三を過ぎた」
 第一王子軟禁の監視管理をセディギアから任されていたモンターナが青ざめる。
「処刑の憂き目を免れたレヴィアも、多くの味方を得てトゥクースに戻ってきた」
 かつてレヴィアの処刑をセディギアとともに主張したビゲレイドが押し黙る。
「入れ」
 ヴァーリの短く強い声に、王立軍軍服を着たクローヴァとレヴィアが議場に姿を現した。
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