残党処理 -序幕-

文字数 3,559文字

 いったんの休憩を挟んで、ラシオンとファイズから、スバクル国内で集めた情報が伝えられた。
 それによると、現スバクル統領(とうりょう)イグナル・レゲシュは、休戦協定破棄を前提に、トーラに攻め込む準備を着々と進めているらしい。

「現況では、トーラのほうが不利だな」
 険しい顔をしたラシオンが腕を組んだ。
「俺たちは、スバクル国政から離れて長い。今レゲシュ家に賛同している領主家がどれほどいるのか、その家の兵力がどれくらいなのか。まったくわからねぇ。逆に、セディギアを取り込んだ向こうさんには、トーラ国の情勢は筒抜けだ。

も相当、残ってんだろ?」
「しかし、あんな醜態を(さら)した高慢ちきを見て、まだ”セディギア派”を名乗るバカがいるだろうか。なあ、ジーグ」
 たしなめる目をする従者に、アルテミシアはニヤリと笑って見せる。
「だいたい、毒殺が成功したとして、入手経路をたどれば犯人はバレる」
 盛大なため息をついてから、ジーグは指をあごに当てた。
「スバクル国とアッスグレン家に、すべての罪を被せる計画だったのではないかと。セディギア家が秘密裏に毒物を準備した事実など、カーフを捕まえて白状させなければ、わからないですから」
「暗殺阻止の立役者は、あの少年たちだな。カリートも良い働きだった」
 ヴァーリの直々の誉め言葉に、カリートの頬が上気していく。
「フリーダ隊の働きには舌を巻いた。あの若者たちは頼もしいな。ギード、ダヴィド。うかうかしてはいられないぞ」
 ヴァーリの活に、ダウム親子が姿勢を正して敬礼を返した。
「立派になったよなぁ。あれがトレキバの浮浪児だったとは、とっても思えねぇよな。フリーダ隊長の目の付け所はやっぱ違うね。俺を釣り上げたぐらいだしな」
 誇らしげに胸を張るラシオンに、ヴァーリは怪訝(けげん)そうに首を(かし)げる。
「浮浪児?有望な少年たちを加えた、とは聞いていたが……」
「あの子らは流行り病などで親を亡くし、トレキバの市場辺りで寝起きしていた、浮浪児でした。ですが、教え導きさえすれば、あれだけの能力を発揮する。陛下、恐れながら」
 ジーグとともに、ヴァーリの背筋が伸びた。
「構わない。申せ」
「彼らは親を亡くした当初は、救護院の保護下にありました。しかし、トーラの救護院は、お粗末と言うほかはない。公費である施設費は院長が私的に使い、国の調査も甘い。子供たちはわずかな食べ物しか与えられず、劣悪な生活環境のなかで、命を落とす者も多いのです。あの子らはそこを抜け出し、自分たちの力だけで生き抜いていた」
 ヴァーリが虚を突かれたような顔になる。
「救護院や療養所の仕切りは、コザバイ家に任せている。そのような不実をするはずはない」
「コザバイ?施設長は、モンターナから来たという者が収まっておりましたが」
「モンターナ……」
 ジーグが挙げた名前に、アルテミシアが思い出した、という顔になった。
「あの高慢ちきの顔を見て、こそこそ庭園に逃げた小粒な男だな。”ジェライン様にご挨拶なさらないのですか、モンターナ公”と誰かに聞かれて、足を滑らせていた。冗談みたいに転んでいたから、道化の出し物かと思ったくらいだ」
「なるほど。どうりで最近、羽振りがいいと思っていた」
 これ以上ないというほど、冷たい顔でヴァーリが笑う。
「すべてが小さい男だ。コザバイ家は、当主が代替わりしたばかりだったな、ギード」
「はい。まだお若い当主を支えてくれと、ご病気で引退された前当主が、モンターナ家に助力を依頼したと聞いております」
「経験浅いコザバイ当主を言いくるめ、その仕事から美味い汁を吸っていたのか。ギード、コザバイ当主に仔細(しさい)伝え、急ぎモンターナと縁を切らせろ。ダヴィド、早急に国内すべての救護院、療養所を調べ、不正がないか報告させろ。コザバイ当主は若いが愚鈍ではない。事実を知れば、正すための行動に出るだろう。必要ならば、王立軍から人員を提供を。……寄る辺ない子供たちまで食い物にするなど、情けない。しかし、一番情けないのは」
 深い、深いため息をトーラ王は吐き出した。
「それに気づきもしない、国王だ」
「父上」
 クローヴァが静かに立ち上がる。
「父上はこれまで、あまりにも厳しい状況下にいらっしゃいました。幸い息子ふたりは生き延び、娘も手元に戻りました。もう父上の(かせ)となる者はおりません。”冷徹の(たか)”と呼ばれるその翼で、存分にトーラをお導きください」
 王子ふたりと王女。
 三人の子供たちと目を合わせたヴァーリの憂い顔が、ほんの少し和らいだ。 


――セディギア家当主であったジェラインが、スバクル統領(とうりょう)家と結託して反旗を(ひるがえ)した。休戦協定は間もなく破られるだろう――

 その(うわさ)は、瞬く間にトーラ国中に広まった。
 
 迫りくる紛争への対処のための緊急重臣会議は、なんとも落ち着かない空気に包まれている。
 顔を利かせていたセディギアとアッスグレンの席は無人で、セディギア派だった者の顔色は悪い。

「さて、目下の状況としては話したとおりだ」
 ひととおりの説明を終えた国王が、五人の重臣を見渡した。
 任された仕事に奔走(ほんそう)する若いコザバイ家当主は、寝る間も惜しんでいるのか、目の下のクマが濃い。
 その隣に座るモンターナ家当主は、そわそわと落ち着きなく、しきりに辺りを見回している。
「あれほどトーラの血の正しさを主張していた、ジェライン・セディギアが」
 壮年の重臣が、その名を口にするのも汚らわしい、といった顔で吐き捨てた。
外道(げどう)と手を結び、トーラへ攻め込まんとしているとは。裏切りもここに極まれり、ですな」
「攻め込まれる前にこちらから討って出ましょう、ビゲレイド公。トゥクース襲撃や王家への暗殺未遂。大義はこちらにあります」
 身を乗り出す若いコザバイ当主に、先のトーラ・スバクル紛争の英雄とも称される壮年の重臣、ビゲレイドが深くうなずく。
「いや、しかしですねぇ、ジェライン様、いや、セディギア公も、もしかしたら何かお考えが……」
「そうですよ」
 小声で異を唱えるモンターナに、全身見事に肉が付いた新興貴族が同調した。
 何かと買収の(うわさ)が絶えない人物だが、ジェライン・セディギアのごり押しで選定された、新参の重臣である。
「あの酒だって、本当に毒が入っていたかどうか。凱旋会での余興だったのでは?手元にない今、わからないではありませんか。陛下はスバクルと

したいのでしょう?その橋渡しをしようとしてるのでは?」
 ビゲレイドが「馬鹿馬鹿しい」と独り言のように吐き捨てた。
「ツァービン公はあの場にいらっしゃらなかったのか?そういえば、姿をお見かけしなかったな。第二王子があの酒を持ち帰って調べている。ご存じなかったか」
「……えっ」
 垂れ下がるほど重たそうな頬が、ぶるりと揺れる。
 
 多くの貴族が集まる凱旋会で、悪評が流布(るふ)したセディギアに挨拶する姿を見られるのは、得策ではないとツァービンは判断した。
 だから、王に顔見せしたあとは、広間以外の場所で時間を潰していたのだ。
 よほど帰りたかったが、すぐに退出しては悪目立ちする。
 自分の体形は、こういうときに不利だ。
 騒動のさなかにも顔は出さず、見ていたという貴族からそれとなく聞き出したのだが。
 どうやら、いい加減な内容をつかまされたらしい。

「いや、し、しかし……」
 たっぷりと肉のついた(のど)から、動揺して裏返った声が漏れ出る。
「第二王子がデタラメを言う可能性だって……」
「ああ」
 ツァービンの失礼な物言いに、ビゲレイドの唇が皮肉げに歪んだ。
「なんでも、あの年まで学問もせず、野生動物のように育ったとか。そんな王子が調べたところで、確かに高が知れている。凱旋会ではスバクルの有象無象(うぞうむぞう)を従えたようだが、外道(げどう)同士はよほど気が合うとみえるな。とりあえず人語は使えていたから、トゥクースに来てからの短期間で、ずいぶん(しつ)けられたことだ」
 
 傲岸不遜なビゲレイドだが、兵の統率においては、トーラでも一、二を争う能力を有している。
 自身も腕が立ち、率いる兵力は王立軍に次ぐものだとの評価が高い。
 兵からも慕われ、冷静な判断を下す聡明さも持つ。
 しかし、一貫して強固な「トーラ第一主義」を掲げており、頑迷なほどの異国人嫌いで知られている。

「そうですよ。あの混じり者王子」
 味方を得たとばかりに、嬉々とした顔でツァービンが口を開いたところで、しわがれた低い声が議場を制した。
「レーンヴェストの血を引くことは明らかである王子に対して、不敬過ぎる。王の寛容さをはき違えるな」
 大海に泳ぐ稚魚のようなツァービンの目が、ヴァーリの対面にゆったりと座る、年配の男にちらりと向けられる。
「ヴァーリよ。そろそろ教えてはくれまいか」
 先王からの重臣であり、現王を幼少のころからよく知る老貴族が、にやりと笑った。
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