篝火(かがりび)

文字数 1,847文字

 すべてが優しい炎に照らされている。
 
 ホロホロ鳥を頬張(ほおば)り、笑い合う子どもたち。
 その世話を焼く愚連隊、いや、今ではトーラ王国では知らぬ者がいない、フリーダ隊の若者たち。

「並べって。うるせぇ、オマエら話を聞けっての。ヤケドすんぞ!」
 大声で注意を与えつつ、ヴァイノは笑顔で子どもたちの列を整える。
「これ、竜騎士様が焼いたの?すげぇうまいっ」
 キラキラと輝くまなざしで、救護院の少年がアルテミシアを見上げた。
「アルテミシア様は、ホロホロ鳥

はお上手ですからね」
 湯気を立て、香ばしい匂いをさせているホロホロ鳥を切り分けながら、アスタが笑う。
「アスタはほんっとうに私に辛口だな。だけってなんだ、だけって」
 さらに焼き上がったホロホロ鳥を手に、アルテミシアがアスタをにらんだ。
「ほかには何がお得意でしたっけ?」
「ほ、ほかに?……えーと、えーと」
「ミーシャは、林檎のお菓子が上手だよ」
 口ごもるアルテミシアの横に並んで、レヴィアが助け舟を出す。
「そうだ!この間

は成功したんだ!」
「レヴィア様がつきっきりでね」
 切り分けられたホロホロ鳥を皿によそいながら、スヴァンが笑った。
「つきっきりでもいいですよ」
 新たな皿を持ってきたトーレが、ふぅとため息をつく。
「あれは食べられましたから。……いえ、美味しかったですからっ」
 威嚇(いかく)する鮮緑(せんりょく)の目に、トーレが慌てて言い直した。
「野菜も焼けました、よ。お肉と一緒に、食べて」
 フロラが皆の皿に手際よく、焼き野菜を配って歩く。
「もー、ほら、口の周りがべとべとじゃないの。こっちおいで」
「めいりさま、ありがとー」
 濡らした布で、優しく口元を(ぬぐ)ってもらった女の子は、顔をくしゃくしゃにして笑っている。
「帝国風のも美味しいね」
「そうか?私はトレキバの味が好きだな」 
「オマエら……」
 ホロホロ鳥を食べさせ合う竜騎士たちに、ヴァイノがしかめっ面を向けた。
「それやんならどっか行けっ」
「なんだ、ヴァイノも食べたいのか?ほら」
 こんがりと美味しそうに焼けたホロホロ鳥をつまんで、アルテミシアはヴァイノの口元に差しだす。
「そーじゃねぇっ」
 ヴァイノが怒鳴るのと同時に。
 アルテミシアの手をつかんだレヴィアが、その指ごとホロホロ鳥をぱくりと食べた。
「だーかーらーっ!」
「竜騎士様たちは、仲良しさんですね!」
 救護院の少女に耳打ちをされて、アスタは満足そうにうなずく。
「ほんとにね。……お幸せそうで何より。おふたりとも」
「何より、じゃねーよ。見てるこっちがいたたまれねぇよ」
銀狼(ぎんろう)にはコイビトいないのぉ?」
銀狼(ぎんろう)モテないのぉ?」
銀狼(ぎんろう)さびしー」
「お、オマエら……」
 引きつり笑いをするヴァイノの肩を、アルテミシアがポンポンと叩く。
「そのうち、お前の魅力をわかってくれる人が現れるさ」
「……さっさと告白したら?」
 背後からの(ささや)きに、ヴァイノは勢いよく振り返って牙をむき出した。
「テメっ、自分が幸せだからってなぁ」
「うん、幸せだよ。……ヴァイノのおかげだよね」
「は?」
「”きょーいく”、してくれたんでしょ?」
「お、やっとオレの価値わかっちゃった感じ?」
「なんのことだ?」
「え?!」
「な、なんでもねぇって!」
 アルテミシアからのぞき込まれたヴァイノは、慌てて距離を取って愛想笑いを浮かべる。
「いやぁ、ふくちょのホロホロ鳥、うまいなーって」
「……怪しい。正直に言え」
「いや、ホントホント」
「明日手合わせ、」
「ミ、ミーシャ。明日はほら、僕の焼き菓子教室だよ。……一緒にお菓子、作ってくれないの?」
「う……。作る、けど」
「うへぇ~」
 頬を染めるアルテミシアに向かって、ヴァイノが舌を出した。
「明日の菓子、砂糖いらないじゃん。甘ったるいったらねぇよ」
銀狼(ぎんろう)も早くコイビト見つけなよ!」
「あー、はいはい、そーしますそーします。ほら、次焼けたぞ。食いたいヤツは並べー」
「わあ!」
「食べる食べる!」
「だから、群がるなっつうの。並べー!」

 誰からの助けも期待せず、空っぽの胃袋を抱えて。
 仲間と身を寄せ合うことしかできなかった、あのころは遠く。
 
 孤独を孤独とも思わず、ただひたすら命をつなぐだけだった日々は昔。

 戦いに明け暮れ、心の在りかなど問うたこともなかった過去を乗り越えて。

(明日も晴れるな。……願わくば)

 篝火(かがりび)に照らされたジーグが、上空を見上げて目を細める。

 その祈りを知る満天の星空が、若い命たちを(いだ)くようにきらめいていた。

                                <了>
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