想い初める -2-

エピソード文字数 3,944文字

「アルティといるときだけだよね俺をちゃんと見てくれるのは、ぐぁっ!」
 帝国製の軍靴の(かかと)がグイドの顔面にめり込んだ。鼻と口から血を吹き出しながらグイドがのけぞる。
 指笛を吹き、周囲の防御をルベルに任せたディデリスは、地べたを()い回るグイドを追った。
「ぐっ!がはっ!」
 腹。背。尻。
 翡翠(ひすい)の瞳を凍らせながら、ディデリスはグイドの全身を蹴り飛ばす。
「ディデ兄はほんと、かわいそうな人だよね、ぐぁぁぁ!」
 一際(ひときわ)重い蹴りをグイドにめり込ませ、ディデリスは春淡いあの日を思い出し続けていた。

 ディデリスの腕の中で、従妹(いとこ)は困惑してうつむいていた。
「どうしよう。これでは広間に戻れない」
 ディデリスは安心させるようにその背中を叩くと、祝賀の献上品を積み上げた小部屋にそっと入った。
「確かアモリエの大伯父上がいいものを…」
 床にそっとアルテミシアを下ろすと、ディデリスは贈り物の山を物色し始める。
「ああ、これだ」
 ディデリスは淡い紅色(べにいろ)の肩掛けを手にしながら、アルテミシアの前で(ひざ)をついた。
「怪我はないか?」
 晴れ着の腰辺りに肩掛けを巻き付けながら、翡翠(ひすい)色の瞳が意地悪そうに従妹(いとこ)を見上げる。
「ないわ」
「木登りをして破いたのだろう?」
 破れ目からのぞいている、小さな(ひざ)をディデリスはくすぐった。
「ふふっ。くすぐったいったら。…意地悪」
 若葉色の瞳が()ねながら笑っている。
 下手な言い訳など、この賢い従兄(いとこ)は当然見破っているはずだ。
 ディデリスも朗らかな笑顔を見せ、アルテミシアに巻いた肩掛けを結び始めた。
「何をしているの?」
 アルテミシアは従兄(いとこ)の長い指先をのぞき込んだ。
「ちょっと待っていろ。この間、カイがやってみせてくれたんだ。あいつは手先が器用で、隊服の襟巻(えりまき)を結ぶときに…。ん?違ったか。反対か?」
 何度も(ほど)いては結び直しながら、やっとディデリスの手が肩掛けから離れた。
「わあ!」
 アルテミシアは歓声を上げる。
 大輪の薔薇のような結び目が晴れ着を飾っていた。
 破れ目を上手く隠した肩掛けは、晴れ着の意匠とも良く合い、初めからこういう服だったと言っても疑われないほどだ。
「ありがとう、ディデリス!…ふふふっ」
 目を輝かせて礼を言いながら笑い出した従妹(いとこ)を、不審げな翡翠(ひすい)色の瞳が見上げた。
「何が可笑しい?」
「だって…」
 アルテミシアの小さな手がディデリスの左手をすくい上げて握った。
「ディデリスは何でも上手なのに、手先は不器用なんだもの」
 幾重(いくえ)にも寄せられた布地で誤魔化されてはいるが、大輪の薔薇は少し(いびつ)な形をしている。
「何だと!」
 ディデリスは握られた小さな手を、少し強めにつねった。
「お前の料理よりはずっとましだろう。そうだアルティ。俺のいない間に、隊に差し入れをするな。あの後、隊員たちが寝込んだぞ」
「おかしいわねぇ」
 細い首が傾く。
乳母姉(うばねえ)に味見をしてもらったのよ?大丈夫って、言ってもらったのに」
「イレナ叔母上の舌と腹はおかしい。鵜呑(うの)みにするな。まったく。サラマリス三兄妹(さんきょうだい)の中で、一番の強者(つわもの)がお前の乳母役だからな」
 苦々しそうな顔をしながらも、自分がつねった小さな手をディデリスは柔らかく(さす)る。
「でも、もうすぐいなくなっちゃうの」
 アルテミシアが寂しそうに微笑んだ。
「アモリエとの婚姻が決まったんだったな」
 ディデリスは慰めるようにアルテミシアの背中を叩く。
 サラマリスの血筋は家族とのつながりが薄い。その分、ずっと身近にいた叔母がいなくなるのは寂しいのだろう。
金目(きんめ)の従者がいるじゃないか」
 その存在を口にするのは極めて(しゃく)だが、アルテミシアを励ますためには仕方がない。
「ジーグは厳しいのよ?」
「叔母上だって厳しいだろう」
「でも料理はさせてくれるのよ?」
「そこは止めないと駄目だろう」
 アルテミシアはふくれてむぅっと口を閉じる。
「俺もいる」
 ディデリスはそっとアルテミシアの体に腕を回した。
「でもディデリスは…」
 アルテミシアはディデリスの頭に額を寄せる。
「お役目があるもの」
 寂しさなど一切口にしないその背中を抱きしめる手に、ディデリスは力を込めた。
「なるべく会いに行く。約束する」
 嬉しそうに笑う若葉色の瞳が上がった。
「…ん。必ずね?約束ね?」
「ああ、約束する。今度、騎竜隊竜舎も案内しよう。遊びに来い」
「いいの!?」
 アルテミシアが跳ね上がって喜ぶ。
「叔父上に話をしておく。ああ、でも」
 花のような笑顔を浮かべている(ほほ)を、ディデリスの長い指が(つつ)いた。
「差し入れは持ってくるなよ」
「もお!」
 
 愛らしく憤慨する従妹(いとこ)を連れて広間に戻った。
 駆け寄った娘の晴れ着の変化を、バシリウス叔父と従者が問い(ただ)している。
 アルテミシアが身振りを交えて、一生懸命説明をしているようだ。
 うなずき話を聞きながら、叔父と従者が(そろ)ってディデリスに対して帝国正式の礼を取る。
 同じように礼を返しながらも、ディデリスは見逃さなかった。
 金目(きんめ)の従者が自分と決して目を合わせないことを。そして恐る恐る広間に戻ってきたグイドに、鋭い視線が投げつけられたことを。
  
 元の形がわからないほど腫れた顔を上げて、ふらふらとグイドが立ち上った。
 右腕を縛った(さらし)からぽたり、ぽたりと血が垂れている。
「殺さないの」
「それは俺の役目ではないから、なっ!」
 体を起こしきる前にディデリスの蹴りを受け、再びグイドの体が倒れ地を滑っていく。
 仰向(あおむ)けになった体を(よじ)りながら見上げるグイドの瞳に、ゆっくりと近づいてくる、美しい男の姿が映る。
 それはまるで、獲物に狙いを定めた(ひょう)のようだ。
「殺してもくれないんだやっぱりあの()がいるんだあの()を手に入れないと…ちくしょおっあいつが男ならっ!女じゃなきゃっ!」
「性別に何の関係がある」
 起き上がろうとしたグイドの背中をディデリスが踏みつけた。
「え、だって男だったら…」
 グイドの声が狼狽している。
「男だったら、ともに飲み行けたな。金目(きんめ)の監視もあれほど(うるさ)くはなかっただろう。男だったら、か」
 男だったら、あの事件は起きなかったのかもしれない。
 アルテミシアを誰にも触れさせまいと、二度と誰にも傷つけさせまいと誓ったあの日。自分の甘さと(おご)りを思い知ったあの日。
 なのに成長した彼女に次々舞い込む縁談に()れて、結局自分が傷つけてしまった。
 アルテミシアが男だったら。
「それでも可愛いだろう。そのほうがよかったかもしれない」
 思わずディデリスはつぶやく。
「男でも愛した?」
 足元から聞こえた声に、ディデリスは冷たい視線を向ける。
 見上げているグイドの瞳は、「悪魔の雫」を服用しているとは思えないほど()いでいた。
「サラマリスは情を(かか)えない」
 にべもないディデリスの言葉に、グイドが凶悪顔に戻る。
「はぁ~ん?この期に及んでっ!まだそんなことっ!嘘つきっ嘘つきっうっそつきぃ~!」
 金切声を上げて叫ぶグイドの襟首(えりくび)をつかみ上げ、変形した顔にさらに重い(こぶし)をディデリスはめり込ませた。
 「悪魔の雫」の効力で、痛みもそれほど感じないのだろう。
 殴られ続けながらも、グイドは明瞭に叫び続ける。
「女として愛してるって言えよっ!欲しくて気が狂いそうだってっ!」
「女として?だから性別に何の関係がある」
 力の限り(こぶし)を振いながら、ディデリスは息も乱さない。
「男でも愛したのかよっ!」
「性別など些末(さまつ)なことだ」
 グイドは息を飲み、震える左手でディデリスの胸に(すが)りついた。
「性別は、関係ない?…男でも、愛した…?」
 手首の無い右腕と震える左手の指先が、ディデリスの体をなでるように滑り落ちる。
「…ディデ兄…俺を、殺して…」
 涙が一滴、グイドの(ふく)れ上がったまぶたから零れ落ちた。
 ディデリスが口付けするほどに近く顔を寄せる。
「“惨劇”の夜、アルテミシアを斬ったのはお前だな」
 腫れて糸のようになったグイドの目をディデリスはじっと見つめた。
「そうだよ俺だよ」
 とび色の瞳がうっとりとした色を浮かべる。
「毒息で皆倒れたのにバシリウス様とあの()だけは平気でさ、でもよろよろのバシリウス様を伯父貴が殺してまだ息のあったマイヤ様もついでに殺して遅れて帰ったあの()を俺が刺したんだ」
「アルテミシアも殺すつもりだったのか」
 冷たい翡翠(ひすい)の瞳にグイドは微笑み返す。
「殺したりしないよちょっと動けなくなってもらおうと思っただけだよ全部失くして目が覚めたとき初めて目にした奴にあの()は簡単に落ちるでしょ俺のモノになるでしょ」
 軽薄な笑みをグイドは浮かべる。
「大切に大切に手の中に囲い込んで誰の悪意も好意も寄せつけなかったディデ兄のおかげであの()は人の情にすぐ(ほだ)される小便臭いガキのまんま大きくなったからねっ!」
 翡翠(ひすい)の瞳に殺意を宿らせ、ディデリスは思い切りグイドの腹を蹴り飛ばした。

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