窮鼠(きゅうそ)

エピソード文字数 3,538文字

 貴族屋敷が集まる城下街の一角。
 歴史ある落ち着いた建物が並ぶ中、悪趣味なほど豪華な屋敷が一邸(いってい)、ひときわ目を引いている。
 その敷地内の庭園に作られた小高い丘には、これでもかというほど装飾が施された東屋(あずまや)が存在感を放っていた。
 そこから一望できる城下の景色は、ここの主人の自慢のひとつでもあった。
 ごてごてした東屋(あずまや)から大通りを眺めていた男が、激昂(げっこう)して立ち上がる。
「話が違うではないかっ…。カーフっ!」
 近くに控えていた、鉛色(なまりいろ)の目をした男が頭を下げた。
外道共(げどうども)では役に立たないっ。仕方がない。我が部隊を出せ!まず”混じり者王子”と”死にかけ王子”を殺せ。口実はお前が考えろっ」
「かしこまりました」
 ねっとりとした声で返事をして、カーフが音も無く姿を消していく。
「…ヴァーリと老いぼれ外道(げどう)はどこへ行ったんだ」
 上品な顔を(ゆが)ませつぶいた直後、背後で声がした。
「ここにいるぞ」
 振り返った黄褐色(おうかっしょく)の瞳が驚愕(きょうがく)に見開かれる。
「…なっ!」
「何だ、バリエス・アッスグレン。お前が私を呼んだくせに。何をそう驚く」
 青磁(せいじ)色の瞳が冷然と、呆気(あっけ)に取られて固まった男を見ていた。
 そんなはずはない。ここに王がいるはずがない。
 黄褐色(おうかっしょく)の瞳がうろうろと揺れる。
 第一…。
「警備兵っ!」
 バリエスの怒鳴り声が辺りに響き渡った。
 屋敷の門番と警備兵には、今日は誰一人屋敷に入れないよう、厳しく命じてある。
「アッスグレン家の兵士たちなら、先ほど王宮へ招いておいたぞ」
 ヴァーリが口の端だけを上げた笑顔を作った。
「あまりに優秀なのでな。私の顔を見て、いきなり偽王(にせおう)呼ばわりをして剣を抜いてきた。愚かなほど勇敢(ゆうかん)だ。…(あるじ)によく似ているではないか」
 アッスグレンが屋敷のほうへ目を向けると、庭園の植え込みのそこここに、黒い軍服姿が見え隠れしている。
 その一人の襟元に、王立軍章が見えた。
 王の姿を確認したため、意図的に姿を見せたのだろう。今さっき来た様子ではない。
 いつから潜んでいたのだ。どこから聞かれていたのだ。
 バリエスの背中に嫌な汗が流れる。
 ヴァーリの後方から、威厳ある声が迫ってきた。
「お前は家臣から呼び捨てにされているのか。大した王だな」
 常緑樹の生垣(いけがき)の影からゆっくりと姿を現したのは、アガラム伝統の長衣(ながごろも)をまとう、老いてなお筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)とした風格のある老大人だ。
「嫌味をおっしゃるのは止めて下さい。家臣ではないと、今はっきりしました。…捕えろ!」
 東屋(あずまや)脇の植え込みから、黒の襟巻(えりまき)で顔を隠した軍服姿の男が二人、影のように進み出る。
 こんな近くにも(ひそ)んでいたのか。
 バリエスの(ひざ)が震えた。
「牢につないでおけ。バリエス、お前も王宮へ招待しよう」
 反射的にバリエスは逃げようと体を反転させるが、一歩も踏み出せないうちに、王立兵によって拘束されてしまった。
 屈強な兵士に羽交(はが)()めにされながら、黄褐色(おうかっしょく)の目が憎々しげにヴァーリを見上げる。
「腰抜け王っ!売国奴(ばいこくど)!あまつさえ貴族の権益を庶民に解放しようなどっ。下賤(げせん)王!」
怒涛(どとう)罵詈雑言(ばりぞうごん)だな」
 風格ある老人の顏に苦笑いが浮かぶ。
「さすがにお前が気の毒になるぞ」
貴方(あなた)に気の毒がっていただけるのなら、罵倒(ばとう)くらい、いくらでも受けましょう」
 ヴァーリも同じように口の端を(ゆが)ませながら、バリエスを冷ややかに見下ろした。
「しかし、金で異国兵を雇い、使い捨てにする者に言われたくはないな」
「何だとっ!ではあの混じり者王子の部隊は何だ!外道(げどう)部隊じゃないか!…ぐふっ!」
 ヴァーリが素早く一歩踏み()で、その(こぶし)を上品な顔面にめり込ませる。
「レヴィアに流れるテムランの血は尊い。外道(げどう)部隊だと?ディアムド帝国の騎竜隊を率いるほどの血筋に、お前が勝てるとでも?」
「帝国?!…騎竜っ?!」
 口と鼻から血を流しながら、バリエス・アッスグレンは絶句した。
 その情けない男を引っ立てていこうとする王立兵を、威厳ある声が止める。
「牢に連れて行くのは待て。見ていろバリエス。我が息子たちが得た縁を」
 (しば)られ、ひざまずかされたバリエス・アッスグレンの耳に指笛の音が届く。
 そして城下で繰り広げられる驚異の戦闘を、バリエスは震えながら見守る羽目となった。

 王宮では急きょ、「選定七重臣」が王の間に集められた。
 上席に座るエグムンド・アッスグレンは、他の重臣たちから無遠慮に向けられる視線を涼しい顏で受け流している。
「さて」
 玉座(ぎょくざ)に座るヴァーリが肘掛けに頬杖をつき、重臣たちを見回した。
「今朝の騒ぎは聞き及んでいよう、アッスグレン公。貴公の弟による騒動の説明を」
「弟は何と申しておりますか」
 黄褐色(おうかっしょく)の瞳がちらり、とヴァーリに向けられる。
「今、ご招待している最中(さいちゅう)だ。何だ、エグムンド。お前は弟の口を借りないと話せないのか」
 冷淡な王の口調に、他の重臣たちの間から、(ひそ)やかなさざめきが生まれた。
「いえ、愚弟(ぐてい)が勝手に仕出かした事件に関して、どう申し開きをしているか、と思いまして」
「勝手に、か。貴公は預かり知らぬと」
「もちろんです。常日頃、あの野心に満ちた弟には手を焼いておりました。しかし国王陛下」
 エグムンドが薄い嘲笑(ちょうしょう)をその目に浮かばせる。
「まだ休戦でしかない関係のスバクルに対し、融和政策(ゆうわせいさく)などを取った末の争乱ではないのですか?愚弟(ぐてい)とスバクルが、こうも簡単に結託(けったく)するなど(すき)があるにも、」
「時にエグムンド。アッスグレン家は最近、富に栄達(えいたつ)目覚ましいが、当主は誰であったか」
 ヴァーリの凍てついた声がエグムンドを(さえぎ)った。
「は?当主?…私、ですが…?」
 わかりきったことを聞かれ、エグムンドは警戒を(ただよ)わせて答える。
「ふむ。当主は家臣を束ねるものだな」
「…はい」
 エグムンドの瞳が、ますます疑心を深めた。
「家臣が当主の知らぬところで悪事を働いた場合、(あるじ)が無能なのか、家臣の性質(たち)が悪いのか。どちらだと思う」
「弟は家臣ではありません。愚か者とはいえ、身分は私と同等の貴族です」
「お前の家令はどこにいる」
「家令?…カーフ・アバテ、ですか…」
 エグムンドが言葉を濁す。
「アッスグレン軍に王子たちを殺せとの(めい)を下したのは、お前の弟バリエス。そして実際動かしたのはカーフだ。貴公は家令の所業(しょぎょう)も知らぬというか。お前は蚊帳(かや)の外か。何のための当主だ」
「…その証拠はお有りで?」
 エグムンドの態度は、今や反感を隠しもしていない。
 その反感すら凍りつかせるほどの冷たいまなざしが、エグムンドに突き刺さった。
「そこにいたからな。私自身が」
 エグムンドが蒼白(そうはく)となっていく。
「知らなかったというのなら、そのような無能、当主の器ではない。知っていたというのなら、弟同様、逆賊だ。…捕え牢に入れろっ」
「は!」
 玉座の後ろから、黒の襟巻(えりまき)で顔を隠したギードが滑るように進み出て、もはや抵抗する気力も無いエグムンドを引っ立て上げた。
 残された六人の重臣は、その光景を声も無く見守る。
「さて」
 ヴァーリは残りの重臣たちに流し目を送る。
「王襲撃に関し、察知していたのが我が息子の部隊だけだったとは。トーラの頭脳は、もう冬眠に入ったのであろうか。それとも知っていて、傍観(ぼうかん)を決め込んでいたのだろうか。よく考えてみて欲しい。聡明なる七重臣よ。ああ、今、一人減ったか」
 ヴァーリは一言も発しない重臣たちに静かな、また底知れない笑みを向けた。
「アッスグレンの魂胆(こんたん)露呈(ろてい)していたという、この事実を」
 王の間に続く控室の扉が細く開いている。
 その隙間(すきま)からのぞく琥珀(こはく)の瞳は、ヴァーリ王の最後の一言に顔色を変え、また身じろぐ者たちの姿を、逃さずに(とら)えていた。
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