逆臣の竜騎士

エピソード文字数 5,235文字

 トーラ陣営へとロシュを帰還させるアルテミシアの隣に、ヴァイノが素早く黒馬を並べた。
「今日はホントにもういいの?いつもはもうちょっと、思い知らせてから帰るじゃん。“戦意喪失させたらこっちのもん”、なんでしょ?」
 葦毛(あしげ)に騎乗するレヴィアも首を傾げる。
「でも、レゲシュも撤退がずいぶん早かったね。戦う気がなかったみたい。なのに、何であんなに兵を出したんだろう」
「だから様子見だ」
 アルテミシアは弟子二人にうなずいた。
「あんな風に、さも追って下さいとばかりに逃げて行く奴らの尻にうかつに乗るな。何が仕掛けられているか、わかったもんじゃない。レゲシュだけが相手ならまだしも、裏にイハウがいるからな」 
 
 戦場でアルテミシアは常にレヴィアとヴァイノをそばに置き、その経験をあますところなく教えた。
「ヴァイノ、お前は良い将になる。レヴィアの右腕として活躍するだろう。私の隣から離れるな。危険は増すがついて来い」
 これほど認められたことのないヴァイノは張り切り、ときにジーグも(うな)るほどの目の良さを発揮し、竜騎士を補佐して戦った。
雷竜(らいりゅう)の隣には銀狼(ぎんろう)がいるー
 恐れを知らず、()みつくように向かってくるヴァイノをスバクルではそう呼び始めていたが、それはまだ本人は知らない。
「レヴィアは絶対前に出るな。今やるべきは、むやみに戦うことではなく、学ぶことだ」
 教えのとおり、レヴィアはアルテミシアの(すき)のない戦いぶり、兵の動かし方を目に焼きつけた。
 竜と竜騎士はときに先陣を切り、また後方支援に回り敵をかく乱させる。
 縦横無尽に戦場を駆け抜け、緩急自在に敵を翻弄(ほんろう)した。

「最近じゃロシュ見るとさっさと逃げっからな、スバクル連中は」
 得意げに言い放ったヴァイノは、隣にその頑健な竜の姿が見えなくなり振り返った。
「ふくちょ?」
 アルテミシアは再び平原を凝視している。
「ミーシャ?」
 見る間に緊張していくその視線の先をレヴィアも見つめた。
「ビゲレイド公!帰還は待て!」
 強張(こわば)ったアルテミシアの声が響く。
 そして少し離れた場所で、クローヴァ軍の一隊に指示を出していたジーグに向かって指笛を吹いた。
 ジーグが弾かれたように振り返る。
 アルテミシアの右腕が平原向こう、レゲシュ陣営を指して勢い良く伸びた。
 ジーグが緊迫した指笛を返す。
「ミーシャ?」
「ふくちょ?」
 アルテミシアは竜騎士の顔で二人をじっと見つめた。
「来たんだね。“真実の敵”が。…イハウ?」
 レヴィアの手綱(たづな)を握る手に力が入る。
「いや、竜の気配がする。“赤”につながるモノか…」
 アルテミシアは険しい目つきになるとひとつ、大きく息を吸う。
「レヴィア殿下、スバクル隊に合流を。これまでと同様、先陣を切ってはなりません。ビゲレイド公の指示に従ってください。ヴァイノ、お前はフリーダ隊長の下に付け。ビゲレイド公!」
 アルテミシアは剛毅の将の元へとロシュを走らせる。
「レヴィア殿下を頼む!手筈(てはず)どおり、一兵として扱ってくれ!レヴィア!ヴァイノ!行け!」
「レヴィア殿下!こちらへ!」
 ビゲレイドが太い声でレヴィアを招いた。
 大きな身振りで、ジーグがヴァイノを呼んでいる。
 表情を引き締めた若い騎士二人は、左右へと別れて馬を走らせた。 

 ドスン!バリン!
「ぎゃああああ!」
「…ひっ、ひぃ~…たすけ、ぐぅぁっ」
 狭い小屋の中で男たちが逃げ惑っている。
 血の匂いが充満する室内から一刻も早く出ようと、すでに動かなくなってしまった仲間を踏み越え急ぐ。
「ギィィィィィィ!ギュルゥゥゥゥ!」
 耳障(みみざわ)りな鳴き声が小屋に響き渡った。
 扉に手を掛けた男の背に鋭い爪が突き刺さる。
「ぐあぁはっ」
 血を吹き出した男がのけぞり、目をむいたまま倒れ動かなくなった。
 赤土色の髪をした青年が、その様子を小屋の隅から冷えたまなざしで見ている。
「…眠り草を使うと、どうしてもね…」
 引き千切られ、血を滴らせている片腕が(くちばし)の端からはみ出ていた。
 黒にも緑にも見える凶悪な目玉がぎょろりと動き、青年の姿をとらえる。
「っ!グイド、様…」
 隣に立つ男の、(なまり)色の瞳が(ひる)んだ色を浮かべた。
「こっちには来ないと思うけど」
 グイドは(ふところ)から布を取り出すと、軽い動作で振ってみせる。
 狂暴な視線がそらされた。
 カーフレイがあからさまにほっとした表情になる。
「それは?」
「竜が先天的に嫌う植物があるんだ。その匂いを染み込ませてある。この匂いがするモノは食べない。…閉じた空間か、極間近でしか効果はないけどね」
「何という植物で?」
「教えてもらえると思ってるんだ?」
 グイドは呆れたように笑う。
「この布ならくれてやるよ。調べてみたらいい。何種類もの植物成分を染み込ませてある。その中でどれが効くのか試してるうちに、竜の餌食(えじき)になるだろうけどね」
「…さすがは竜家。ところで、いい加減この惨状を収めてはいただけませんか。こちらの兵がいなくなってしまいます」
 小屋の出入り口付近で、逃げきれなかった二、三人の兵士がうずくまり震えている。 
「目が覚めたときに見た奴全部喰えば、とりあえず落ち着くけど」
 心中の驚愕は押し殺して、カーフレイは丁寧な礼を取った。
「そうおっしゃらずに」
―帝国では人命は竜より軽い―
 イハウの密偵から聞いた言葉は本当だったようだ。
 イハウから紹介された竜騎士は、この目を(おお)いたくなるような血染めの小屋に平然と(たたず)み、竜が落ち着くのを待っている。
 経験のない薄気味悪さをカーフレイは味わっていた。
「簡単に言うけど、契約外の竜を鎮めるには“悪魔の雫”を使うしかない。長く使うと影響も大きい。戦場に出る以外では使いたくないんだよなぁ」
 生き残っている兵士の一人に、凶悪な影がゆっくりと近づいていく。震え(おのの)く兵士は、あまりの恐怖に嘔吐を繰り返していた。
「…トーラ竜騎士の処遇は、グイド様にお任せいたします」
 その一言に、グイドは初めて隣に立つ陰気な男を直視した。
「アルテミシアを、俺に?」
 ああ、そんな名だったか。
 カーフレイは頭を下げながら思い出す。
 赤竜一族でも、サラマリス家は特別だと密偵も言っていた。
 赤の惨劇で逃れたサラマリス家リズィエの生存は、帝国皇帝も腰を上げる一大事だという。
(あの忌々しい小娘に、そんな価値があるのか)
 帝国から逃れたという、あの二人が混じり者王子と出会いさえしなければ。
 こんな窮地(きゅうち)に立たされなかったはずだ。もっと上首尾に事を運べた。
 ただ殺すだけなど生温い。
 捕えた(あかつき)には、切り札として利用し尽くすつもりでいる。
 この場を収める方便で提案したに過ぎないが、これほど食いついてくるとは。
 カーフレイは内心ほくそ笑む。
 どうせこの竜騎士はここでその命を散らす。後はこちらの計画どおりだ。
「ディデ兄も連れ帰れなかった彼女を…。ふふ、ふふふふ」
 肩を揺らしてグイドが笑う。
「とうとう俺のモノにできるんだ。いいよ。やろうか」
 小屋の壁にもたれていた体をグイドは起こし、高い指笛を鳴らした。
 震える兵士の首に今にも食いつこうとしている、赤と黒の(まだら)の羽根を持つ竜が振り返る。濁った黒緑色の瞳がグイドをにらんだ。
 カーフレイは(かしこ)まって、帝国竜騎士に小瓶を差し出した。
「どうぞ、お使い下さい」
「それは何?」
 冷暗なとび色の目が小瓶を一瞥(いちべつ)する。
「“悪魔の雫”でございます。ご入り用かと思い、準備させていただきました」
 グイドはいったんその小瓶を受け取り、ふたを開けて中身をひと嗅ぎすると床に投げ捨てた。
「上級品だね。ずいぶん値の張るものを準備してくれたんだ。でもさ」
 グイドは床に転がった小瓶を踏みにじった。
「こんな濃度じゃ、すぐに死ぬじゃないか。俺が死んだらここを収められないばかりか、戦場にも出られないだろう?それでいいわけ?捨て駒だって使いようだろうに」
 この男はすべてを理解してここにいるのだ。
 カーフレイの腹に、あの薄気味悪さが再び湧き上がった。
 赤竜末家のただの竜騎士。
 イハウ連合国グリアーノ公よりそう聞いている。
 しかし、これが「ただの」というのならば、竜騎士の水準の高さは異常だ。
 感情の読めない竜騎士の陰に、大陸の覇者たる帝国の姿が透けて見える。
 カーフレイの背に冷たい汗が流れた。
 グイドが(ふところ)から小瓶を二つ取り出す。
「それに“悪魔の雫”には使い方があるんだよ。…ほら、おいで」
 指笛に呼ばれた(まだら)竜が、ゆっくりとグイドに近づいてくる。
 本能的に、カーフレイはじりっと後ずさりをした。
「怖かったら逃げなよ。見ててもいいけど、竜騎士でもない人間にできる技じゃないからね。…くっ!」
 間近まで迫った竜はいきなり首を振り立て、鋭い(くちばし)を開けてグイドに襲いかかった。
 グイドは紙一重で竜を()けると同時に小刀を抜き、羽の薄いまぶたの下に小さな傷をつける。
「ギィ!」
 鋭く鳴いて竜が顏をそらす(すき)に素早く小瓶のふたを弾き、グイドは流れ落ちる竜の血をすくい取った。一滴(ひとしずく)血が流れ入ると親指で瓶の口を押さえ、二、三度中身を振って一気に飲み干す。
「…はぁっ…」
 荒い息がグイドの口からもれた。
 竜の太い足が、グイドを蹴り飛ばそうと勢いよく振られる。
 それをかわしながら、今度はもう一瓶のふたを開け、大きく開いた竜の口の中に瓶ごと放り込んだ。
 小瓶が舌に触れた瞬間、竜は反射的に口を閉じる。
「ギ、しゃぁぁぁぁっ…。…ギ、ギィィー!」
 顔を反らせて叫ぶように鳴く斑竜(まだらりゅう)を見上げながら、グイドは小刀で自分の左手首に浅い傷をつけた。
 カーフレイの目が限度一杯に見張られる。
 あれほど手のつけられなかった凶悪な生き物が、グイドの腕にそっと顔を寄せて、流れ出る血をゆっくりとなめ取っている。
「よしよし、これで今日一日俺とお前は相棒だ、付け焼刃だけどアルティを手に入れるまではよろしく頼むよ、お前だって会いたいだろう、なぁ」
 グイドの瞳孔は急速に縮まり、妙な早口になりながら竜の(くちばし)をなでた。
「ほら収まったよ、早く馬鹿どもを外に出してやれよ、ゲロ吐いてる奴なんかこっちも見ていたくないし、それでもう戦場に出ていいんだよね早くアルティを迎えに行かないといけないし」
 カーフレイは無言で小屋の扉を開ける。
 外で待機していた兵士が中を一目見るなり、そのあまりの惨状に口と鼻を片手で押えた。
「カーフレイ、様…」
「生きてる者を早く外に出してやれ。それでどうだ、釣れたのか」
「ぐぇ…、いえ、追ってもきません。…うぐぅっ…向こうは引き上げる、様子」
 惨状などいくらでも見慣れているはずの現役の兵士が、吐き気を(こら)えながら報告をする。
「用心深い」
 カーフレイの眉間(みけん)が縦じわを刻む。
 どうもおかしい。
 イハウ連合国の情報どおりに準備したのに、何ひとつ通じない。こちらの損害ばかりが広がる。
 あの小娘の能力は確かに高い。しかし、それにしても。
 竜の扱いも指示に従ったはずだ。なのにこの体たらく。
 竜に慣れていないといえばそのとおりだ。しかし、それにしても。
 イハウから寄こされた竜とこの竜騎士を利用することが、最善の策なのか。
 開戦直前に、トーラ国が帝国と行ったという会談の内容も気にかかる。
 トーラの竜を確認しただけらしいとイハウは言って寄こしたが、それを証明するものなど何もない。
 判断のつかない札ばかりを持たされ、勝負を強いられている。
 胸に湧き上がる焦燥を抑え込み、カーフレイは指示を出した。
「再度出る。先陣は竜に任せる。竜を見て、あの小娘が放って置くはずがない。まずあの忌々しい竜騎士を捕らえろ。あれさえいなければ、本陣で隠れている王子たちの首など容易(たやす)い」
 血の匂いが充満する小屋の中で、上機嫌で竜に(くら)を乗せている竜騎士をカーフレイは振り返る。
 あの暴れようが嘘のように、竜も大人しくされるままになっていた。
「さあ行こうか会いたいだろう君も大好きだったものね、俺たちのリズィエに会いに行こう誰のモノにもならないあの()を手に入れよう」
 息継ぎもしていないかのように言葉をほとばしらせながら、グイドが斑竜(まだらりゅう)に飛び乗った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み