鎮魂の碑

エピソード文字数 2,559文字

 アルテミシアは新しい街の中を、ロシュとともに歩いた。
 稲妻模様の竜と竜騎士は、遠くからでも人目を引かずにはいられない。
 人々は道を譲り、感嘆の声で(ささや)き合う。
「あら、アルテミシア様よ。今日は雷竜(らいりゅう)とご一緒なのね」
「あれが我が国を救って下さった、竜と竜騎士だ」
 だが潜められた声の中身までは、残念ながらアルテミシアには届かなかった。
 竜を見上げて、竜騎士は苦笑いを浮かべる。
「仕方がないな、ロシュ。お前は”火の神”だしな」
 漆黒に輝く首をなでると、ロシュの冠羽が誇らしげに広がった。
 1人の職人風の若い男が、路地から大通りに走り出てくるなり、アルテミシアとロシュに気づいたらしい。転ぶほどの勢いで立ち止まると、深々とぴょこりと、男の頭が下げられた。
 その様子は、帝国での風景を思い起こさせるものだった。
 
 まだディデリス率いる、第二隊の竜騎士であったころだ。
 アルテミシアに家族が救われたといって、贈り物を持った青年が二隊兵舎を訪ねてきたことがあった。
 隊への進物(しんもつ)はよくある。だが個人を指名してとは珍しい。特に、普段戦場に出ないアルテミシアにとっては、初めてのことだった。
 (うるし)螺鈿細工(らでんざいく)の飾り(くし)を、隊長室の鏡の前で、アルテミシアはさっそく髪に挿してみる。
「逃げ遅れた家族を、お前が竜に乗せて避難させてやった、あれか」
 嬉しそうなその様子を、ディデリスは気のない様子で眺めていた。
「父親のほうが職人だと言っていたな。とても上質なものだ。だが仕舞っておけ。せっかくの贈り物だろう。…そういうものが好きなのか。今度、もっといいものを買ってやる」
「好きというか…」
 アルテミシアは、はにかんだ笑顔でディデリスを振り返った。
「私が身につけても、おかしくはないかしら。こういう華やかなものは持っていないから」
「…良く似合う」
 なでるような仕草で深紅の髪から抜き取り、ディデリスはアルテミシアの手の中に飾り(くし)を戻した。
「ただし、任務中は駄目だ」
「了解です!…帰りなら、いい?」
「構わない。そうだ、今日は俺も直帰できる。一緒に帰るか」
「本当?久しぶりね!」
 アルテミシアが笑顔でディデリスを見上げると、翡翠(ひすい)の瞳がふっと緩んだ。
 
 その帰り道。城下の小間物屋の前を通りかかったとき、贈り物を持ってきた青年が、店の中から飛び出してきた。
「リズィエ・アルテミシア!」
「あら。先ほどはありがとうございました」
 (くし)を挿した髪の結び目をアルテミシアが示すと、青年の顔が笑み崩れる。
「とてもよくお似合い、で…。あの…」
 どうしたのだろう。
 アルテミシアは目を見張る。
 青年は笑顔を凍りつかせて、慌てて深々と頭を下げた。
 戸惑っているアルテミシアの背後から、ディデリスが低く(うなが)す。
「…行くぞ」
「ええ、そうね…」
 ディデリスに背中を押され、アルテミシアは歩き出した。そしてもう一度だけ、頭を上げない青年を残念そうに振り返った。
「どうしたのかしら」
「…思い出したのではないか」
「思い出す?」
 早足で歩いていく従兄(いとこ)を、アルテミシアは小走りで追いかけた。
「お前が竜騎士であることを。…

、竜騎士であることを」
―その無慈悲なること嵐の如し その苛烈なること鬼神の如し―
 サラマリスの活躍が伝えらえるたび、人々から敬意と畏怖をもって(うた)われる「サラマリス詩歌」。
 アルテミシアの瞳は沈む。
「そう、ね。…やっぱり、恐ろしいわよね…」
 ディデリスは歩みを緩め、力なく落とされた従妹(いとこ)の肩を、優しく抱き寄せた。
「叔父上の帰りは今日だったろう。ご挨拶をしていくか。エンダルシア公との外交成果も聞きたい。夕食の人数が急に増えても、大丈夫だろうか」
「一緒に食べていく?」
 少し元気になった若葉色の瞳に、ディデリスは悪戯(いたずら)そうな笑みを返す。
「ラキスは怒るだろうがな」
「ふふっ。でも急だから、トリモチの(わな)は仕掛けられていないと思うわ。それに、フェティは喜ぶと思うの。ディデリスのことが大好きだから」
 笑いながら歩く竜騎士二人に、アマルド市民たちは道を譲った。
 ひそひそと言葉を交わす者もいたが、ディデリスがちらりと視線を向けると口をつぐみ、その場から姿を消していく。
 何度経験しても慣れることのない光景ではあったが、その日はもっと衝撃的な現場を目にすることとなり、寂しい気持ちはどこかへ吹き飛んでしまった。
 屋敷に帰り着くや否や、鍋一杯のどんぐりがディデリスを襲ったのだ。
 さすがにバシリウスに首根っこを押さえられたラキスは床に座らされ、それでも肩を震わせながら、ディデリスをにらんでいた。

「…そんなことも、あったな。…さて」
 街外れまでくると、アルテミシアはつぶやきとともに思い出を振り払い、勢いをつけてロシュに騎乗する。
「行こうか、ロシュ!」
 アルテミシアの掛け声と指笛を耳にして、稲妻模様の竜が疾走を始めた。
 目指すのは先の騒乱時、トーラ国が陣営を張った小高い丘だ。そこにある石碑を訪ねようと思った。 
 首を切り落とされた斑竜(まだらりゅう)と、毒竜から抜け落ちた羽。
 そしてグイド。
 帝国であれば灰になるまで焼かれ、川にでも流されるのが、せいぜいだろう。
 墓を作ることなど、許されるはずもない。
 だがラシオンは言ってくれたのだ。
「ここであったことを、決して忘れちゃなんねぇからな」
 そしてそれぞれの亡骸(なきがら)を埋葬し、石碑を建ててくれた。

 公式には墓とはされていない石碑の前までくると、アルテミシアはロシュから降り立った。
「流れた血は忘れない」
 碑に刻まれた言葉を、アルテミシアはつぶやく。
 ラキス、フェティ、グイド。そして自分が切り倒した数多(あまた)の戦士たち。
 地を離れ消えた魂に思いを寄せる。苦くドロリとした血が全身を巡るようだ。
 竜騎士は鎮魂の碑の前に(たたず)み続ける。
 その紅く長い巻き髪を、平原を渡る風がなびかせていた。
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