茨姫の傷-友-

エピソード文字数 1,999文字

 クローヴァの部屋から呼ばれ、慌てて休憩室にやってきたレヴィアは、腫れ上がったアルテミシアの(ほほ)を見て目を丸くした。
 何があったのか。どこが痛むのか。
 レヴィアはあれこれ尋ねるが、アルテミシアは何を聞いても「ん」としか言わない。
 短く礼を言ってアルテミシアが自室に下がった後、休憩室に残ったヴァイノにレヴィアは迫った。
 「ね、何があったの?」
 歯を食い縛りながら治療に耐えるアルテミシアを、本人よりも痛そうな顔をして見守っていたヴァイノの目に、わくわくとした光が宿った。
「え?ああ、すっごかったんだぜぇ!リズワンも、ふくちょも!」
 壮絶な二人の「ケンカ」(ヴァイノ談)の描写を始めたヴァイノを、レヴィアはじれったそうに(さえぎ)る。
「うん、凄いのは、わかった。そうじゃなくて、どうして“ケンカ”になったの?」
「え?」
 アルテミシアの蹴りとリズワンの(こぶし)が入ったところを、身振りを(まじ)えて熱く語っていたヴァイノが動きを止め、首をひねった。
「そういや、どうしてだったかな?何か、ふくちょが急に怒り出してさ。えーと、“リズワン、うるさい”って」
「うるさい?」
 レヴィアは怪訝(けげん)な顔をする。
「何が?」
「えーと、何だったかなぁ…」
「休憩室で、どんな話をしていたの?」
「え?ああ、おまえの縁談話だよ」
「僕の?」
 レヴィアは微かに嫌な顔をした。
「それで、ふくちょがデンカに好きにしていいって言ったって言って、それで、それで…。あれ?何だったかなぁ」
 改めて聞かれると、どうしてあの二人が「ケンカ」に発展してしまったのか、ヴァイノにはさっぱりわからなかった。
「もう、ヴァイノは。あてにならないな」
 自分が原因で二人が「ケンカ」をしたというのなら、心穏やかではいられない。何がそれほどアルテミシアを怒らせたのだろう。
 不安から文句を言うレヴィアに、ヴァイノの瑠璃(るり)色の瞳が不満を浮かべた。
「んだよ。ならデンカが直接ふくちょに聞きゃいいじゃん」
「あれ、教えてくれると思う?」
 声も出さずに治療の痛みに耐え抜き、硬い態度のまま、言葉少なに出て行ってしまったアルテミシア。
 その様子を思い出し、二人は嘆息(たんそく)する。
「そうだなあ。ふくちょ、みょーに頑固なとこあるからなぁ」
 すっかり参ったという顔をしているヴァイノに、さきほど否応なく鍛錬(たんれん)に引っ張り出された兄の表情が重なった。
「でもさ、おまえにはそうじゃねぇから、やっぱ聞いてみたら?」
「そんなこと、ないでしょう?」
 レヴィアの首が(かたむ)く。
 潔く平等なアルテミシアは、人によって態度を変えたりはしない。
「え、自覚ねぇの?ひいき、とかじゃねぇけどさ、なんつーか、ほら、ふくちょよく言うじゃん。“レヴィアが言うのなら”」
 ヴァイノはアルテミシアの口真似をしながら、きっぱりとした目でレヴィアを見つめる。その雰囲気はとてもよく似ていて、レヴィアから小さな笑みがこぼれた。
(あるじ)、だからかな?」
「えぇぇ!」
 ヴァイノが大げさなほど体を反らせた。
「多分ふくちょ、デンカのこと(あるじ)だなんて思ってねぇよ。言ってるだけだよ」
「え…」
 不安で不服そうなレヴィアに、ヴァイノは慌てて言葉を続ける。
「あぁ、違ぇよ?ウソついてるとか、バカにしてるとかじゃなくてさ。なんつーの?(あるじ)ってか、守ってやんなきゃなんねぇ、んー、大切な、弟?」
「…え」
「弟じゃ不満?だよなぁ。オレもアニキって言われんの、嫌だもんな」
「…弟、なのかな…。弟…」
 弟ほど親しく思ってもらえているなら嬉しいはずだが、何か納得がいかなかった。
「聞いてみりゃいいじゃん」
 ヴァイノは軽く(うなが)すが、レヴィアの表情は曇ったまま冴えない。
「そうだよ、って、言われそう…」
「そりゃしょーがねーよ。ちょーぜつ強ぇからな、ふくちょは。頑張って弟じゃなくて、男に見てもらえるようになるしかねぇじゃん」
「男?僕、ずっと男だよ?」
 またこれか。
「だぁー、もぉー!だから違ぇよ!おまえ、ラシオン呼んでくんぞ!」
 ヴァイノが頭を(かか)える。
「ラ、ラシオンは、いい!」
 レヴィアは慌てて断った。
「ラシオンの話は、…過激、だから…」
「…あぁ~…」
 ラシオンの「女性の扱い方講座」を思い出したレヴィアとヴァイノは、二人して赤くなってうつむいた。
「ま、まあ、とにかく」
 気を取り直して顔を上げたヴァイノは、レヴィアの肩を親しげに(こぶし)で小突く。
「ほんとに聞いてみろよ。デンカだけになら話すんじゃね?どんなふうに、かはわかんねぇけど、おまえはふくちょの特別だと思うぜ」
 「特別」という言葉に目を輝かせ、レヴィアは小さくうなずいた。 
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