茨姫の傷-友-
文字数 1,818文字
クローヴァの部屋から慌てて兵舎休憩室にやってきたレヴィアは、腫れ上がったアルテミシアの頬を見て目を丸くした。
何があったのか。どこが痛むのか。
レヴィアはあれこれ尋ねるが、返されるのは「ん」という、肯定なのか否定なのかもわからないものばかり。
治療後、短く礼を言ってアルテミシアが自室に下がったあと、付き添っていたヴァイノにレヴィアは迫った。
「ね、何があったの?」
「え?ああ、すっごかったんだぜぇ!」
歯を食い縛りながら治療に耐えるアルテミシアを、本人よりも痛そうな顔をして見守っていたヴァイノの目に、わくわくとした光が宿った。
「リズワンとふくちょがさぁ……」
壮絶なふたりの「ケンカ」(ヴァイノ談)の描写を黙って聞いていたレヴィアだが、そのうち焦れたように、何度もうなずいて話を止める。
「うん、うん。すごいのは、わかった。うん、うん。そうじゃなくて、どうして”ケンカ”になったの?」
「え?」
アルテミシアの蹴りとリズワンの拳 が入ったところを、身振りを交えて熱く語っていたヴァイノが、ふと首をひねった。
「そういや、どうしてだったかな?なんか、ふくちょが急に怒り出してさ。えーと、”リズワン、うるさい”って」
「うるさい?何が?」
「えーと、なんだったかなぁ……」
「休憩室で、どんな話をしていたの?」
「ん?ああ、おまえの縁談話だよ」
「僕の?」
「それで、ふくちょがデンカに好きにしていいって言ったって言って、それで……。あれ?なんでだ?」
改めて聞かれると、どうしてあのふたりが”ケンカ”したのか、ヴァイノにはさっぱりわからない。
「もう、ヴァイノは。あてにならないな」
自分が原因で”ケンカ”になったというのなら、心穏やかではいられない。
何がアルテミシアをそんなに怒らせたのだろう。
不安から文句を言うレヴィアに、ヴァイノがふくれっ面になった。
「んだよ。なら、デンカが直接ふくちょに聞きゃいいじゃん」
「あれ、教えてくれると思う?」
声も出さずに治療の痛みに耐え抜き、硬い態度のまま、言葉少なに出ていってしまったアルテミシア。
その様子を思い出した少年ふたりから、同じようなため息が漏れる。
「そうだなあ。ふくちょ、みょーに頑固なとこあるからなぁ。……でもさ、デンカにはちょっと違うから、やっぱ聞いてみたら?」
「そんなことないと思う、けど」
潔く、誰にでも表裏なく接するアルテミシアだ。
自分だけに態度を変えたりしないだろう。
レヴィアは、しゅんと肩を落とした。
「え、自覚ねぇの?ひいき、とかじゃねぇけどさ、なんつーか、ほら、ふくちょよく言うじゃん。”レヴィアが言うのなら”」
ヴァイノはアルテミシアの口真似をしながら、きりっとした目でレヴィアを見つめる。
「ふふっ、ヴァイノ、物まねうまいね。……主 、だからかな?」
「えぇぇ!」
ヴァイノが大げさなほど体をそらせて、目をむいた。
「多分ふくちょ、デンカのこと主 だなんて思ってねぇよ。言ってるだけだよ」
「え……」
不服そうなレヴィアに、ヴァイノが慌てる。
「あぁ、違ぇよ?ウソついてるとか、バカにしてるとかじゃなくてさ。なんつーの?主 ってか、守ってやんなきゃなんねぇ、んー、大切な弟?」
「……え」
「弟じゃ不満?だよなぁ。オレもアニキって言われんのヤだもんな」
「……弟、なのかな。弟……」
それほど親しく思ってもらえるなら嬉しいはずだが、何か納得がいかなかった。
「聞いてみりゃいいじゃん」
ヴァイノは軽く促すが、レヴィアの表情は冴えない。
「そうだよって、言われそう……」
「そりゃしょーがねぇよ。ちょーぜつ強ぇからな、ふくちょは。弟がイヤなら男に見てもらえるようにさ、頑張るしかねーじゃん」
「男?僕、ずっと男だよ?」
「だぁー、もぉー!だから違ぇよ!おまえ、ラシオン呼んでくんぞ!」
「ラ、ラシオンは、いい!」
頭を抱えて怒鳴るヴァイノに、レヴィアが小さな悲鳴を上げる。
「ラシオンの話は、……過激、だから……」
「……あぁ~」
ラシオンの”女性の扱い方講座”を思い出した少年たちは、顔を真っ赤にして目をそらし合った。
「ま、まあ、とにかく」
ゴホンと咳払いをして、ヴァイノはレヴィアの背中をバン!と叩く。
「ホントに聞いてみろよ。デンカだけになら話すんじゃね?どんなふうに、かはわかんねぇけど、おまえはふくちょの特別だと思うぜ」
「特別」という言葉に目を輝かせるレヴィアに、ヴァイノの口角がにっと上がった。
何があったのか。どこが痛むのか。
レヴィアはあれこれ尋ねるが、返されるのは「ん」という、肯定なのか否定なのかもわからないものばかり。
治療後、短く礼を言ってアルテミシアが自室に下がったあと、付き添っていたヴァイノにレヴィアは迫った。
「ね、何があったの?」
「え?ああ、すっごかったんだぜぇ!」
歯を食い縛りながら治療に耐えるアルテミシアを、本人よりも痛そうな顔をして見守っていたヴァイノの目に、わくわくとした光が宿った。
「リズワンとふくちょがさぁ……」
壮絶なふたりの「ケンカ」(ヴァイノ談)の描写を黙って聞いていたレヴィアだが、そのうち焦れたように、何度もうなずいて話を止める。
「うん、うん。すごいのは、わかった。うん、うん。そうじゃなくて、どうして”ケンカ”になったの?」
「え?」
アルテミシアの蹴りとリズワンの
「そういや、どうしてだったかな?なんか、ふくちょが急に怒り出してさ。えーと、”リズワン、うるさい”って」
「うるさい?何が?」
「えーと、なんだったかなぁ……」
「休憩室で、どんな話をしていたの?」
「ん?ああ、おまえの縁談話だよ」
「僕の?」
「それで、ふくちょがデンカに好きにしていいって言ったって言って、それで……。あれ?なんでだ?」
改めて聞かれると、どうしてあのふたりが”ケンカ”したのか、ヴァイノにはさっぱりわからない。
「もう、ヴァイノは。あてにならないな」
自分が原因で”ケンカ”になったというのなら、心穏やかではいられない。
何がアルテミシアをそんなに怒らせたのだろう。
不安から文句を言うレヴィアに、ヴァイノがふくれっ面になった。
「んだよ。なら、デンカが直接ふくちょに聞きゃいいじゃん」
「あれ、教えてくれると思う?」
声も出さずに治療の痛みに耐え抜き、硬い態度のまま、言葉少なに出ていってしまったアルテミシア。
その様子を思い出した少年ふたりから、同じようなため息が漏れる。
「そうだなあ。ふくちょ、みょーに頑固なとこあるからなぁ。……でもさ、デンカにはちょっと違うから、やっぱ聞いてみたら?」
「そんなことないと思う、けど」
潔く、誰にでも表裏なく接するアルテミシアだ。
自分だけに態度を変えたりしないだろう。
レヴィアは、しゅんと肩を落とした。
「え、自覚ねぇの?ひいき、とかじゃねぇけどさ、なんつーか、ほら、ふくちょよく言うじゃん。”レヴィアが言うのなら”」
ヴァイノはアルテミシアの口真似をしながら、きりっとした目でレヴィアを見つめる。
「ふふっ、ヴァイノ、物まねうまいね。……
「えぇぇ!」
ヴァイノが大げさなほど体をそらせて、目をむいた。
「多分ふくちょ、デンカのこと
「え……」
不服そうなレヴィアに、ヴァイノが慌てる。
「あぁ、違ぇよ?ウソついてるとか、バカにしてるとかじゃなくてさ。なんつーの?
「……え」
「弟じゃ不満?だよなぁ。オレもアニキって言われんのヤだもんな」
「……弟、なのかな。弟……」
それほど親しく思ってもらえるなら嬉しいはずだが、何か納得がいかなかった。
「聞いてみりゃいいじゃん」
ヴァイノは軽く促すが、レヴィアの表情は冴えない。
「そうだよって、言われそう……」
「そりゃしょーがねぇよ。ちょーぜつ強ぇからな、ふくちょは。弟がイヤなら男に見てもらえるようにさ、頑張るしかねーじゃん」
「男?僕、ずっと男だよ?」
「だぁー、もぉー!だから違ぇよ!おまえ、ラシオン呼んでくんぞ!」
「ラ、ラシオンは、いい!」
頭を抱えて怒鳴るヴァイノに、レヴィアが小さな悲鳴を上げる。
「ラシオンの話は、……過激、だから……」
「……あぁ~」
ラシオンの”女性の扱い方講座”を思い出した少年たちは、顔を真っ赤にして目をそらし合った。
「ま、まあ、とにかく」
ゴホンと咳払いをして、ヴァイノはレヴィアの背中をバン!と叩く。
「ホントに聞いてみろよ。デンカだけになら話すんじゃね?どんなふうに、かはわかんねぇけど、おまえはふくちょの特別だと思うぜ」
「特別」という言葉に目を輝かせるレヴィアに、ヴァイノの口角がにっと上がった。