愚連隊-3-

文字数 1,926文字

 トレキバの市場広場も、まだ目覚めを迎える前の静かな朝。
 
 夜明けからやっている大衆食堂へ向かっていたジーグは、聞き覚えのある声に足を止めた。
「こんなモン捨てろ!」
「やだ!私が、もらった!」
 銀髪の少年が高く上げた手に持つ袋を、ぼろ布を巻いた小さな体が、飛び跳ねながら取り返そうとしている。

(ヴァイノとフロラ?)

「返して!」
「ホドコシなんか受けんじゃねぇっ」

(……ん?)

 ヴァイノの持っている袋に見覚えがあったジーグは、足早にふたりに近づいていった。

「お前たちが言い合いとは珍しいな」
「ジ、ジーグさん?!」
 振り返ったヴァイノの腕が思わず下がる。
「あ、このヤロっ!」
 すかさずその手から袋を奪い返したフロラは、さっとジーグの背中の影に隠れた。
「返せよっ、うわ、いってぇ!」
「女性に乱暴とは感心しないな」
 フロラにつかみかかろうとしたヴァイノの腕を、ジーグはひょいとひねり上げる。
「だって、……いててっ!わーかったよっ」
 ジーグの腕を振りほどくと、ヴァイノはむくれてそっぽを向いた。
 
 浮浪児集団のまとめ役であるヴァイノとジーグは、半年ほど前からの知り合いである。
 市場の商品をくすねることもあった連中で、店主たちから(ひど)く仕置きを受ける寸前だったところに、偶然ジーグが居合わせたのが、縁の始まり。
 
 そのころ、大道芸から顔を売ったジーグは、さまざまな市場の仕事を請け負うようになっていた。
 多くの店主から信頼厚いジーグの取り成しもあり、(から)くも少年たちは許されることとなったのだが。
 その後も何かともめ事をおこしては、そのたびにジーグが事態を収めて回った。
 それでも簡単な仕事を手伝わせて給金を渡したり、根気強く(さと)し続けたおかげか、だいぶ素行も良くなってきたというのに。
 
 ジーグは背中にぎゅっとしがみついているフロラを振り返る。
「その袋はどうした?」
「お屋敷の人に、もらった」
 空色の丸い瞳がジーグを見上げた。
「心配しないで、またおいでって。お薬も、くれた」
「ほぉ」

(レヴィアに会ったのか。だが……)

 

とはいえ、凄腕の護衛が目を光らせているはずだ。
 レヴィアの所有物を、ヴァイノと言えどもやすやすと手に入れられるはずがない。
「ヴァイノ、何をやった」
「え……」
 ヴァイノは上目遣いをしながら、後ろ頭をぽりぽりとかく。
「ちょっと、腹減ったから」
「肉屋の屋根を一緒に直しただろう。かなり給金を弾んでもらったはずだが」
「こないだフロラの誕生日だったじゃん?そんとき、全部使っちゃった」
「……そうか。フロラは十三になったか」
 ジーグは布に隠された小さな頭をぽんぽん、と優しくなでた。
 
 それぞれの事情で、ヴァイノと仲間たちには親がいない。
 ほかに頼るべき大人もなく、金を計画的に使うことも何もかも、教え導いてもらったことがないのだ。
 
「少し、街に出てくる()が空いたか。悪かったな。どこの店でやらかした」
「……ガーティんとこ……」
「わかった。あとで私からも話をつけてやろう。それで?」
「う……。えと……」
 もちろんヴァイノとて、これでごまかせるとは思っていないし、世話になっているジーグに不義理はできない。
「で、そのあとフロラの様子がおかしいから、後をつけてみたんだ。……そしたら、トカゲみてぇな目ぇしたヤツが出てきて」
 投石でレヴィアに怪我をさせたと聞くと、ジーグの顔つきがより険しくなった。
「お前、よく無事だったな。殴りかかってこなかったか」
「いや、きたよ?外道(げどう)が止めたんだ。え、ジーグさん、外道(げどう)とトカゲ目のヤツ、知ってんの?」
「人の外見を侮辱するような言葉を使うな」
 穏やかだが厳しいジーグの口調に、ヴァイノは、はっとして口を閉じる。
「かく言う私も異国人、外道(げどう)だぞ。しかし、よかったな。止めてもらわなかったら、お前の顔は変形していたぞ」
「うん……。すげぇ怖かったよ。知り合いなんだ?」
「まあな。それより、つまりは腹が減っているということか。わかった、仲間を集めろ。セバスの店で一緒に朝飯(あさめし)にしよう」
「え、いいの?!やった、ジーグさん、ありがと!フロラはジーグさんと先に行ってろ!」
 走りだしたかと思うと、あっという間に小さくなっていくヴァイノを見送って、ジーグはフロラの背中をそっと押して歩き出した。

「フロラ、お前にそれをくれた人は、レヴィアというんだ」
「……レヴィア……」
 小声で繰り返しながら、小さな手がぎゅっと袋を握りしめる。
「お前たちと少し事情は違うが、レヴィアも親のいない孤独を知っている。そんな彼を信じてみないか」

(あんなお屋敷で、独りで……?)
 
 ジーグの話はよくわからなかったが、レヴィアを信じろという言葉に、フロラは力強くうなずき返した。
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