ドルカの背信 -クラディウスの告白 1-

文字数 2,922文字

――

を知っている、ニェベス家の男がいるらしい――

 そんな話をクラディウスが聞かされたのは、ドルカ家の討議会の席であった。

「なんだと?」
 幾分、声が大きくなってしまったのは、仕方のないことだろう。
 
 なにしろ、耳を疑うような話だ。
 ディアムズの竜化方は、竜族の領袖(りょうしゅう)家のみが扱える秘儀なのだから。
 黒竜領袖(りょうしゅう)家マレーバの直系どころか、傍系の血筋の者ですらないゴロツキ集団。
 それがニェベス家であり、そこに拾われたにすぎない人間が知るはずもないのだ。
 
 あからさまに疑う顔をしていたのだろう。
 その話をもたらした竜騎士のグイドが、慌てた様子で立ち上がった。
「単なる風の(うわさ)にすぎません。妙なお話をお聞かせして、申し訳ありませんでした、クラディウス伯父上。では、俺は隊に戻り、」
「待て、グイド。……縁談について話があるから、私の部屋に寄っていけ」 
「おや、さすがうちの期待の星だ。もう次の縁談か。サラマリスが良い返事をしなくても、痛くも(かゆ)くもないな」
 からかう長老のひとりに返事もせずに、グイドはとび色の目を伏せる。

(惜しいな。せっかくの竜騎士だというのに)

 サラマリス家ほど鮮やかな者はいないが、我がドルカ家にも緑目は多いのだが。
「本日はここでお開きにしよう。……グイド、ついて来い」
「いえ、仕事が」
「緊急の案件か」
「……いえ」
 自分で言い出したくせに、煮え切らない態度を取るグイドをひとにらみして、当主の部屋へと()かした。

 グイドを先に部屋に入れてから、厳重に扉の鍵を閉める。
「先ほどの話は、どこで、誰に聞いた」
「……その……」
「ニェベス家の者がそう言ったのか」
「……あの……」
 竜騎士としての能力の高さは、バシリウスでさえ認めていると聞くのに。
 この青年ときたら、肝心なときに気後れするような態度を取る。

(御前試合のときもそうだ。ルドヴィクの息子に簡単に負けて。ドルカの名を上げる、良い機会だったというのに)

 イライラと眺めていると、やっとグイドの顔が上がった。
「……ワケアリだと言うニェベスと、偶然知り合いまして。ああ、でも、素性の怪しい男の言うことです。お耳汚しをして、申し訳ありませんでした」
 散々迷って匂わせた挙句、グイドは部屋を出ていこうとする。
「まあ、待て。……座れ」
 目で脅かし続けて、ようやく座らせてみれば。
「なんだとっ……」
 グイドから聞き出した話は、ドルカ家の宿願を叶えるための、天からの啓示だった。


 首都アマルド挙げての「帝国建国祭」に合わせて、サラマリス家は歴戦の功労者たちを(ねぎら)うための宴席を設けた。
 ドルカ家とは雲泥の差がある財力と権力を見せつけられても、今回ばかりは腹も立たない。
 多くの人間が訪れる会場では、やすやすと人目を盗むことができるから。
 
 そこでの首尾は上々で、正直、グイドがこれほど使える人間だとは思わなかった。
 眠り草入りの菓子を疑いもせずに口にして、コテンと寝入った双子を子供部屋へと運ぶ姿は、頼もしい限りである。
 バシリウスの長女とルドヴィクの長男がいなかったことも、天のお導きに違いない。
 あの娘っ子が、皇帝陛下からの褒賞を受けるのは面白くはない。
 だが、日ごろ生意気な竜騎士の若造が、療養所から出られない状態とは愉快だ。
 騎竜隊の隊長職など、早く辞めてしまえばいい。

(大体、サラマリス家に軍の要職が集まりすぎなのだ)

「伯父上、準備が整いました」
 落ち着き払ったグイドの声に、物思いが絶たれた。
 瀉血(しゃけつ)用具を並べた机の前に立つグイドの手が、キラリと光る針を握っている。
「おお、手慣れているな」
「士官卒なら、誰でもできますよ」
 謙遜(けんそん)するが、グイドは鮮やかな手つきで、眠るラキスの腕を幅広の布で縛って、青く浮き出た血管に針を刺した。
 それにしても、竜化に人の血を使うとは。
 確かに非難されかねない方法で、秘匿とされるのもむべなるかな。
 だが、それをドルカ家も握ったと思えば、愉快でたまらない。
 針につながった管から、「サラマリスの血」が流れ出してくる。
 白い陶器に、(あか)(あか)い液体が流れ込み、()まっていく。
 この紅色(べにいろ)は赤竜の羽の色。
 私の望みを叶えるモノが、もうすぐこの手に。
 そうして、虫刺されほどの(あと)も残さず、グイドは血の採取を終えた。
「では、一足先に戻る。……アルテミシアはまだ帰らないだろうな。鉢合わせしては適わない」
 双子の血を入れた容器を革鞄(かわかばん)に入れながら尋ねると、グイドの視線が揺れる。
 縁談を断られた相手だから、気まずくて当然かもしれないが。
 だが、こういうところがダメなのだ。
「竜化方を扱う家だと知れれば、向こうからもらってくださいと頭を下げてくる。それともなんだ、ほかに(めと)りたい者でもできたか」
「いや、しばらくそういう話はいいですよ」
 「放っておいてください」と聞こえたが、気のせいだろう。
 こんな押しの弱い人間では、自分で伴侶をつかまえられるわけがない。
「平民はやめておけ。そうだな、ドルカ家と釣り合うのならば」
「彼女はもうしばらく帰らないでしょう。皇帝陛下の謁見式典へ呼ばれているんですから」
「おい、人の話を、」
血餌(けつじ)は新しいほうがいいらしいですよ。お急ぎになったほうが」
「そ、そうか。わかった」
「俺はこの子たちが目を覚ますまで、ここにいます。医薬師でも呼ばれてしまうと、バレるかもしれませんし」
「そうだな。では、あとは任せたぞ」
 眠る双子に寄り添うグイドを残して、サラマリス邸をそそくさと退去することにした。


 血餌(けつじ)を与えて、しばらく経った、ある夜。
 
 角灯を片手に、ドルカ当主邸敷地の片隅に建てた小屋を訪れると、暗がりの向こうから、小さな鳴き声が聞こえてきた。
「ご無沙汰しております。伯父上。大きくなったでしょう」
 グイドの声がした方向へ灯りを掲げると、ほのかな光に照らされた二頭の……、二羽の……。
「グイド、この状態はディアムズなのか、竜仔なのか」
 クルクルと鳴いている生き物は、図体こそ大きいが、どうも竜ではない。
 それでも一頭は、見慣れた竜に近い姿をしている。
 が、羽は黒い。
「赤竜にはなりそうもないか」
「もともと、黒竜族のディアムズですからね」
「竜になりさえすれば問題ない。申し開きは十分考えてある。だが、こっちのほうは……」
 正羽すら生えそろわず、雛鳥(ひなどり)のまま大きくなったディアムズは、見ていて気持ちが悪いくらいだ。
「ニェベスに聞いてみたか」
 角灯が微かに届く薄闇のなか、グイドが二頭の……、二匹の気持ち悪い頭をなでている。
 とてもではないが、まともな感性を持った人間にできる業ではない。
 竜騎士とは妙なものだ。
「”血が足りないんだろ”と言っていました」
「やはりそうか。もう一度、採取する必要があるな」
「次に一族が集まる機会となると……。春礼祭ですね」
「それでは遅い。三月(みつき)以上先ではないか」
 血餌(けつじ)を与える時期を過ぎるとディアムズは竜化せず、「不完全体」として処分するしかなくなる、と聞いている。
「五日以内に、もう一度バシリウス邸に行く。アルテミシアを何とかしろ」
 油が切れそうなのか、角灯の炎が大きく揺らめいて、返事もしないグイドの横顔に、陰気な影を作っていた。
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