ドルカの背信 -クラディウスの告白 1-

エピソード文字数 2,505文字

 

を知っているニェベス家の男がいる、らしい。
 そんな話を聞かされたのは、ドルカ家定例の茶会の席であった。
「なんだと?」
 さすがに耳を疑う。
 竜化方は、領袖(りょうしゅう)家のみが扱える秘儀だ。ゴロツキ集団と陰口を叩かれる、ニェベス家の人間が知るはずもない。
「いえ、単なる風の(うわさ)です」
 あからさまに疑う顔をしていたのだろう。竜騎士のグイドが、慌てて席を立った。
「妙なお話をお聞かせして申し訳ありません。忘れて下さい。では、俺は隊にもどり、」
「待て。…グイド」
 帰ろうとした竜騎士を慌てて引き留める。
「縁談について話がある。私の部屋に来い」 
「おや、さすがうちの期待の星だ。縁談話がつきないな。サラマリスが良い返事をしなくても、痛くもかゆくもないところを見せてやらないとな」
 ドルカ長老組の男が、気合を入れるようにグイドの尻を叩いた。
 とび色の瞳がちらり、とこちらに向けられる。
(惜しいな。せっかく竜騎士だというのに)
 サラマリス家ほど鮮やかな者はいないが、我がドルカ家にも、緑目は多いというのに。
 グイドについて来るよう合図を送り、客間を後にした。

 当主の部屋に入るなり、グイドに向き直った。竜騎士の青年は、びくりと一歩後ずさる。
「先ほどの話は、どこで、誰に聞いた」
「…その…」
 グイドの瞳が泳ぐ。
「ニェベス家の者がそう言ったのか」
「…あの…」
 ため息が出る。
 この青年はいつもこうだ。
 竜騎士としての能力の高さは、バシリウスでさえ認めている。なのに肝心なときに、一歩引くような行動を取る。
(御前試合で、わざとルドヴィクの息子に負けたりして。ドルカの名を上げる良い機会だったというのに)
「…ワケアリだと言うニェベスと、偶然知り合いまして…。ああ、でも素性の知れない男の言うことです。お耳汚しをして、申し訳ありませんでした」
 散々迷って匂わせた挙句、グイドは部屋を出ていこうとした。
「まあ、待て。…座れ」
 グイドが客用の椅子(いす)に腰掛けるまで、目で脅し続ける。
 そうして無理やり座らせたグイドから聞き出した話は、ドルカ家の宿願を叶えるための、天からの啓示だった。

 アマルド挙げての「戦勝祝祭」に合わせ、サラマリス家は大々的な宴席を設けた。
 そこで事は上首尾に運んだ。
 やはりグイドは使える。
 特に怪しまれることなく、眠り草入りの菓子を、バシリウスの双子に食べさせていた。
 ルドヴィクの長男がいないことも幸いだ。
 あの生意気で気に食わない若造がいたのなら、眠る双子の世話を、ドルカごときに任せてもらえかどうか。
 激務の毎日だったとはいえ、実家の用事で首都に戻ったその日に賊に襲われ大怪我をするなど、第二隊長に相応(ふさわ)しくないのではないか。大体サラマリス家の人間は…。
「伯父上、準備が整いました」
 急にグイドに声を掛けられ、物思いは断ち切られた。
 瀉血(しゃけつ)用具が並べられ、グイドが握る針が光っている。
「任せるぞ。慣れているんだろう?」
「そういうわけではありませんが」
 謙遜(けんそん)はするが、グイドの手つきは鮮やかだ。
 手早くラキスの腕を縛り、青く浮き出た血管に針を刺す。
「戦場での応急処置は、士官学校で一通り習います」
 針につながった管から、「サラマリスの血」が流れ出した。
 白い陶器に、(あか)(あか)い液体が流れ込み、()まっていく。
 この紅色(べにいろ)は赤竜の羽の色。
 私の望みを叶えるモノが、もうすぐこの手の中に。
 
 虫に刺されほどの(あと)も残さず、血の採取は終わった。
「一足先に戻る。…アルテミシアはまだ帰らないか」
 双子の血を入れた容器を慎重に革鞄(かわかばん)に入れながら尋ねると、グイドの視線が下がる。
 縁談を断られた相手だ。当然の反応だろう。だが、こういうところがダメなのだ。
「もう少しすれば、ドルカも優秀な竜の所有ができる。サラマリスと同等の立場になる。そのころ、もう一度縁談を申し入れよう」
 励ますつもりで言ったのだが、グイドはなぜか不愉快そうな顔をしている。よっぽどアルテミシアが欲しかったのか。
「陛下謁見式典は、あと二刻(ふたこく)ほどかかると聞いています。しばらく彼女は帰らないでしょう。双子が目を覚ますまで、俺はここにいますよ。医薬師を呼ばれても困るでしょう」
「そうだな。では、あとはお前に任せる」
 うなずくグイドを残して、サラマリス邸を後にした。

 ある夜。角灯を片手に小屋を訪れると、暗がりの中から、小さな鳴き声が聞こえた。
 同時にグイドの声もする
「ご無沙汰しております。伯父上。大きくなったでしょう」
 灯りを掲げると、ほのかな光の中に二頭の…。二羽の…。
「グイド、この状態はディアムズなのか、竜仔なのか」
 クルクルと鳴く生き物は、図体こそ大きいが、どうも竜ではない。
 それでも一頭は、見慣れた竜に近い姿をしている。だが羽は黒い。
「赤竜には、なりそうもないか」
「もともと黒竜族のディアムズですからね」
「能力さえ高ければ問題ない。申し開きは十分考えてある。だが、こっちのほうは…」
 正羽すら生えそろわず、雛鳥(ひなどり)のまま大きくなったディアムズは、見ていて気持ちが悪いくらいだ。
「ニェベスに聞いてみたか」
 暗がりでグイドが二頭の…、二匹の気持ち悪い頭をなでている。
 よく、そんなことができるものだ。竜騎士の感覚はわからない。
「血が足りないんだろ、と言っていました」
「やはり…、そうか」
「春礼祭で、もう一度採取しますか?」
「それでは遅い。三月(みつき)以上先ではないか。竜化する時期を逃してしまう」
 成長時期を過ぎるとディアムスは竜にはならず、何の役にもたたない「不完全体」として処分される運命だ。
「五日以内に、もう一度バシリウス邸に行く。アルテミシアを何とかしろ」
 油が切れそうなのか、角灯の炎が大きく揺らめき、グイドの横顔に陰気な影を作っていた。
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