翼持つ勇士たち-2-
文字数 2,752文字
「遅くなりました。申し訳ありません」
頭から旅装束 をかぶったその人が、穏やかな声で謝罪をしながら間仕切 り内に入ってくる。
頭巾 を外すと白い髪があらわれ、温厚そうな褐色の顔には深いしわが刻まれていた。
だが、研ぎ澄まされたように光る黒い瞳が、只者 ではないことを物語っている。
「遅くはありません、定刻です」
ジーグが立ち上がって席を示すのと同時に、少年たちが選んだ料理が運ばれてきた。
「やった!」
「うまそー!」
「よし、食べていいぞ。……うまいか?」
口いっぱい頬張って、少年たちはただ無言でうなずき返してくる。
皿にかぶりつく勢いの少年たちに、ジーグの口角が僅かに上がった。
◇
『来てくれたことに、まず感謝をする。話を受けてくれた、という認識でよいか』
声を落としたディアムド語で、ジーグが集めた面々に切り出した。
『割のいい仕事だからな。でも、まだ了承したわけじゃない。詳細は今日、教えてくれる約束だ』
『そうだったな。では、まず賢老 の自己紹介を。あなたの話が、この依頼の詳細につながります』
白髪の男は、卓を囲む三人に軽く頭を下げる。
『私は、アガラム王国テムラン大公ご息女であり、ヴァーリ国王の妃殿下、リーラ様の側付 きをしておりました、スライ・クルトと申します。妃殿下亡きあと、忘れ形見のレヴィア様にお会いできる日を、ここトレキバで、ずっと待ち望んでおりました』
「ヴァーリ国王ひでっ、いてっ!」
大声を出しかけたラシオンの脇腹に、リズワンの肘がグサリと刺さった。
「舌を切り落とすぞ」
「ぐぇ……、すんません」
わき腹を抑えたラシオンは、首をすくめて声を潜める。
『じゃあ、そのレヴィア様ってのは、トーラの王子ってこと?』
『そのとおりだ。幼少のころトレキバに移されて以来、その存在を公 にされてはこなかった、トーラ国第二王子、レヴィア・レーンヴェスト殿下。それが、これからお前たちに守ってもらいたい方』
『なぜ隠されてきた?母がアガラム国の者だからか?』
皆に合わせてディアムド語を使うリズワンが、不審そうにジーグを見上げた。
『確かに、トーラは今でも異国の民に対する偏見が強く残る。しかし、仮にも王子だろう』
『王宮内では、重臣たちの覇権争いが激しいのです。リーラ様は、それに巻き込まれて命を落とされた。私はそう思っております』
声を震わせて、スライはまぶたを閉じる。
『首都トゥクースの離宮で、リーラ様とレヴィア様は、ひっそりとお過ごしでした。陛下に慈 しまれ、それで十分と表舞台に立つこともなく。それなのに……』
『ああ、トゥクース市民による”離宮焼き討ち”だろ。十年ちょっとくらい前か。ちょうど、トーラで流行 り病が出始めたころだったよな。異国民が毒をまいたとか、荒唐無稽 なうわさ話が広まってさ。鵜吞みにした有象無象 が、離宮に火を放ったんだってな。少し脅 かすくらいの軽い気持ちだったんだろうが、折からの風に煽 られて大火 になった。離宮ですいぶん死んで、首都もだいぶ焼けたらしいじゃないか』
唇を歪 めて笑うラシオンに、スライが深くうなずいた。
その呼吸は細かく震えていて、込み上げてくる感情を押さえつけているのが、ありありとわかる。
『離宮に雪崩 れ込んだ市民たちは口ぐちに責めたて、迫り、手に持っていた松明 を敷地内に放ちました。まるで悪夢を見ているようだった……。侍女 たちも火に巻かれて命を落とし、レヴィア様を連れて逃げたリーラ様も、酷 い火傷 を負われて……。その後、陛下がここトレキバにお匿 いになられましたが、ご体調は戻らず、儚 くなられたのです。私はリーラ様にお仕えしたいと申し出たのですが、「騒動の元である外道 は帰れ」と命じられました。ですが、それには従わずに帰国を装い、この地でその日暮らしを続けておりました』
黒い瞳をくわっと見開いて、スライが顔を上げた。
『やっと。やっとリーラ様とのお約束を果たせます。レヴィア様をお守りできる。ジーグ殿、是非、私 めをお雇い下さい。年は重ねましたが、まだまだ腕は衰えてはおりません』
『もちろんです』
『でも、一個隊作るつもりなんだろ?』
ラシオンが改めて食卓に座る面々を見回す。
『四人じゃいくらなんでも』
『レヴィア殿下はもちろんとして、もうひとりいる』
『お嬢は元気でやっているか?』
『お嬢?』
懐かしそうに笑うリズワンに、ラシオンの首が傾 いだ。
『ジグワルドの主 だ。ディアムド帝国騎竜軍の隊長。ア……』
わずかな身振りで止めたジーグに、リズワンは瞬 きで応える。
『”赤の惨劇 ”か』
『お前の耳に死角はないな』
『いや、老師からだ。……それにしても、本当によく生き延びた』
互いにしか聞き取れないほど声を落とすジーグとリズワンの隣で、ラシオンがうなった。
『ディアムド帝国の騎竜軍?隊長?!そりゃまた凄 いのがいるな』
『それでも六人、ですね』
思案顔をするスライに、ジーグは自信に満ちた目を向けた。
『加え、竜がいる』
「「「!」」」
のけ反 るように、目を剥 いて、納得して。
それぞれの勇士がジーグを凝視する。
『ホントに?トーラに?じゃあ、加わってくれってのは、騎竜隊にってこと?』
体を反らしたままのラシオンに、ジーグが小さく笑ってみせた。
『竜は二頭。ほかは騎馬で補う。帝国の混合部隊と同じ編制だ』
『ははぁん。それなら、俺らは騎馬兵か。……竜、とはな』
ラシオンは焦茶 の瞳をわずかに伏せて考え込む。
『リーラ妃殿下の命を奪った、そして、この国を食い荒らしている連中は、いまだ政 の中枢にはびこっている。陛下は寵妃 の忘れ形見を守るため、援助は惜しまないとのお申し出だ。助力する価値があるかどうか、まず、レヴィア本人に会ってやってくれないか。レヴィアはな……』
ジーグはふと、あごに指を当てた。
『うちのはねっ返りの言葉を借りると、”レヴィアは可愛い”』
ラシオンが体を斜めにして目を眇 める。
『可愛い?そのレヴィア殿下は、おいくつよ』
『十五になる。会えばわかる』
『まあ、報酬面での文句はないからな。了解した。レヴィア殿下とやらにお会いしよう。で?あの愚連隊 はどうするつもり?』
無言でかき込むように食事をしている少年たちを、ラシオンは親指でくいくいと示した。
『見たところ、救護院 を逃げ出した浮浪児たちだろう?』
『まあ、そのとおりなんだが……。それぞれに見どころはある子らだ。このまま連れていって、働いてもらおうと思っている』
『世話焼きなのは変わらないな』
呆れを混ぜながらも、リズワンは頬を緩める。
『えぇっ、大人しく働くような連中?』
『ずいぶん貸しもある。『借りた八分 を十分 で返す』。我が故郷の諺 を、まず学んでもらおう』
半信半疑のラシオンに、やれやれとため息をついてみせながらも、ジーグのまなざしは温かいものだった。
頭から
だが、研ぎ澄まされたように光る黒い瞳が、
「遅くはありません、定刻です」
ジーグが立ち上がって席を示すのと同時に、少年たちが選んだ料理が運ばれてきた。
「やった!」
「うまそー!」
「よし、食べていいぞ。……うまいか?」
口いっぱい頬張って、少年たちはただ無言でうなずき返してくる。
皿にかぶりつく勢いの少年たちに、ジーグの口角が僅かに上がった。
◇
『来てくれたことに、まず感謝をする。話を受けてくれた、という認識でよいか』
声を落としたディアムド語で、ジーグが集めた面々に切り出した。
『割のいい仕事だからな。でも、まだ了承したわけじゃない。詳細は今日、教えてくれる約束だ』
『そうだったな。では、まず
白髪の男は、卓を囲む三人に軽く頭を下げる。
『私は、アガラム王国テムラン大公ご息女であり、ヴァーリ国王の妃殿下、リーラ様の
「ヴァーリ国王ひでっ、いてっ!」
大声を出しかけたラシオンの脇腹に、リズワンの肘がグサリと刺さった。
「舌を切り落とすぞ」
「ぐぇ……、すんません」
わき腹を抑えたラシオンは、首をすくめて声を潜める。
『じゃあ、そのレヴィア様ってのは、トーラの王子ってこと?』
『そのとおりだ。幼少のころトレキバに移されて以来、その存在を
『なぜ隠されてきた?母がアガラム国の者だからか?』
皆に合わせてディアムド語を使うリズワンが、不審そうにジーグを見上げた。
『確かに、トーラは今でも異国の民に対する偏見が強く残る。しかし、仮にも王子だろう』
『王宮内では、重臣たちの覇権争いが激しいのです。リーラ様は、それに巻き込まれて命を落とされた。私はそう思っております』
声を震わせて、スライはまぶたを閉じる。
『首都トゥクースの離宮で、リーラ様とレヴィア様は、ひっそりとお過ごしでした。陛下に
『ああ、トゥクース市民による”離宮焼き討ち”だろ。十年ちょっとくらい前か。ちょうど、トーラで
唇を
その呼吸は細かく震えていて、込み上げてくる感情を押さえつけているのが、ありありとわかる。
『離宮に
黒い瞳をくわっと見開いて、スライが顔を上げた。
『やっと。やっとリーラ様とのお約束を果たせます。レヴィア様をお守りできる。ジーグ殿、是非、
『もちろんです』
『でも、一個隊作るつもりなんだろ?』
ラシオンが改めて食卓に座る面々を見回す。
『四人じゃいくらなんでも』
『レヴィア殿下はもちろんとして、もうひとりいる』
『お嬢は元気でやっているか?』
『お嬢?』
懐かしそうに笑うリズワンに、ラシオンの首が
『ジグワルドの
わずかな身振りで止めたジーグに、リズワンは
『”赤の
『お前の耳に死角はないな』
『いや、老師からだ。……それにしても、本当によく生き延びた』
互いにしか聞き取れないほど声を落とすジーグとリズワンの隣で、ラシオンがうなった。
『ディアムド帝国の騎竜軍?隊長?!そりゃまた
『それでも六人、ですね』
思案顔をするスライに、ジーグは自信に満ちた目を向けた。
『加え、竜がいる』
「「「!」」」
のけ
それぞれの勇士がジーグを凝視する。
『ホントに?トーラに?じゃあ、加わってくれってのは、騎竜隊にってこと?』
体を反らしたままのラシオンに、ジーグが小さく笑ってみせた。
『竜は二頭。ほかは騎馬で補う。帝国の混合部隊と同じ編制だ』
『ははぁん。それなら、俺らは騎馬兵か。……竜、とはな』
ラシオンは
『リーラ妃殿下の命を奪った、そして、この国を食い荒らしている連中は、いまだ
ジーグはふと、あごに指を当てた。
『うちのはねっ返りの言葉を借りると、”レヴィアは可愛い”』
ラシオンが体を斜めにして目を
『可愛い?そのレヴィア殿下は、おいくつよ』
『十五になる。会えばわかる』
『まあ、報酬面での文句はないからな。了解した。レヴィア殿下とやらにお会いしよう。で?あの
無言でかき込むように食事をしている少年たちを、ラシオンは親指でくいくいと示した。
『見たところ、
『まあ、そのとおりなんだが……。それぞれに見どころはある子らだ。このまま連れていって、働いてもらおうと思っている』
『世話焼きなのは変わらないな』
呆れを混ぜながらも、リズワンは頬を緩める。
『えぇっ、大人しく働くような連中?』
『ずいぶん貸しもある。『借りた
半信半疑のラシオンに、やれやれとため息をついてみせながらも、ジーグのまなざしは温かいものだった。