翼持つ勇士たち-2-

文字数 2,752文字

「遅くなりました。申し訳ありません」
 頭から旅装束(たびしょうぞく)をかぶったその人が、穏やかな声で謝罪をしながら間仕切(まじき)り内に入ってくる。
 頭巾(ずきん)を外すと白い髪があらわれ、温厚そうな褐色の顔には深いしわが刻まれていた。
 だが、研ぎ澄まされたように光る黒い瞳が、只者(ただもの)ではないことを物語っている。
「遅くはありません、定刻です」
 ジーグが立ち上がって席を示すのと同時に、少年たちが選んだ料理が運ばれてきた。
「やった!」
「うまそー!」
「よし、食べていいぞ。……うまいか?」
 口いっぱい頬張って、少年たちはただ無言でうなずき返してくる。
 皿にかぶりつく勢いの少年たちに、ジーグの口角が僅かに上がった。


『来てくれたことに、まず感謝をする。話を受けてくれた、という認識でよいか』
 声を落としたディアムド語で、ジーグが集めた面々に切り出した。
『割のいい仕事だからな。でも、まだ了承したわけじゃない。詳細は今日、教えてくれる約束だ』
『そうだったな。では、まず賢老(けんろう)の自己紹介を。あなたの話が、この依頼の詳細につながります』
 白髪の男は、卓を囲む三人に軽く頭を下げる。
『私は、アガラム王国テムラン大公ご息女であり、ヴァーリ国王の妃殿下、リーラ様の側付(そばつ)きをしておりました、スライ・クルトと申します。妃殿下亡きあと、忘れ形見のレヴィア様にお会いできる日を、ここトレキバで、ずっと待ち望んでおりました』
「ヴァーリ国王ひでっ、いてっ!」
 大声を出しかけたラシオンの脇腹に、リズワンの肘がグサリと刺さった。
「舌を切り落とすぞ」
「ぐぇ……、すんません」
 わき腹を抑えたラシオンは、首をすくめて声を潜める。
『じゃあ、そのレヴィア様ってのは、トーラの王子ってこと?』
『そのとおりだ。幼少のころトレキバに移されて以来、その存在を(おおやけ)にされてはこなかった、トーラ国第二王子、レヴィア・レーンヴェスト殿下。それが、これからお前たちに守ってもらいたい方』
『なぜ隠されてきた?母がアガラム国の者だからか?』
 皆に合わせてディアムド語を使うリズワンが、不審そうにジーグを見上げた。
『確かに、トーラは今でも異国の民に対する偏見が強く残る。しかし、仮にも王子だろう』
『王宮内では、重臣たちの覇権争いが激しいのです。リーラ様は、それに巻き込まれて命を落とされた。私はそう思っております』
 声を震わせて、スライはまぶたを閉じる。
『首都トゥクースの離宮で、リーラ様とレヴィア様は、ひっそりとお過ごしでした。陛下に(いつく)しまれ、それで十分と表舞台に立つこともなく。それなのに……』
『ああ、トゥクース市民による”離宮焼き討ち”だろ。十年ちょっとくらい前か。ちょうど、トーラで流行(はや)り病が出始めたころだったよな。異国民が毒をまいたとか、荒唐無稽(こうとうむけい)なうわさ話が広まってさ。鵜吞みにした有象無象(うぞうむぞう)が、離宮に火を放ったんだってな。少し(おど)かすくらいの軽い気持ちだったんだろうが、折からの風に(あお)られて大火(たいか)になった。離宮ですいぶん死んで、首都もだいぶ焼けたらしいじゃないか』
 唇を(ゆが)めて笑うラシオンに、スライが深くうなずいた。
 その呼吸は細かく震えていて、込み上げてくる感情を押さえつけているのが、ありありとわかる。
『離宮に雪崩(なだ)れ込んだ市民たちは口ぐちに責めたて、迫り、手に持っていた松明(たいまつ)を敷地内に放ちました。まるで悪夢を見ているようだった……。侍女(じじょ)たちも火に巻かれて命を落とし、レヴィア様を連れて逃げたリーラ様も、(ひど)火傷(やけど)を負われて……。その後、陛下がここトレキバにお(かくま)いになられましたが、ご体調は戻らず、(はかな)くなられたのです。私はリーラ様にお仕えしたいと申し出たのですが、「騒動の元である外道(げどう)は帰れ」と命じられました。ですが、それには従わずに帰国を装い、この地でその日暮らしを続けておりました』
 黒い瞳をくわっと見開いて、スライが顔を上げた。
『やっと。やっとリーラ様とのお約束を果たせます。レヴィア様をお守りできる。ジーグ殿、是非、(わたくし)めをお雇い下さい。年は重ねましたが、まだまだ腕は衰えてはおりません』
『もちろんです』
『でも、一個隊作るつもりなんだろ?』
 ラシオンが改めて食卓に座る面々を見回す。
『四人じゃいくらなんでも』
『レヴィア殿下はもちろんとして、もうひとりいる』
『お嬢は元気でやっているか?』
『お嬢?』
 懐かしそうに笑うリズワンに、ラシオンの首が(かし)いだ。
『ジグワルドの(あるじ)だ。ディアムド帝国騎竜軍の隊長。ア……』
 わずかな身振りで止めたジーグに、リズワンは(またた)きで応える。
『”赤の惨劇(さんげき)”か』
『お前の耳に死角はないな』
『いや、老師からだ。……それにしても、本当によく生き延びた』
 互いにしか聞き取れないほど声を落とすジーグとリズワンの隣で、ラシオンがうなった。
『ディアムド帝国の騎竜軍?隊長?!そりゃまた(すご)いのがいるな』
『それでも六人、ですね』
 思案顔をするスライに、ジーグは自信に満ちた目を向けた。
『加え、竜がいる』
「「「!」」」
 のけ()るように、目を()いて、納得して。
 それぞれの勇士がジーグを凝視する。
『ホントに?トーラに?じゃあ、加わってくれってのは、騎竜隊にってこと?』
 体を反らしたままのラシオンに、ジーグが小さく笑ってみせた。
『竜は二頭。ほかは騎馬で補う。帝国の混合部隊と同じ編制だ』
『ははぁん。それなら、俺らは騎馬兵か。……竜、とはな』
 ラシオンは焦茶(こげちゃ)の瞳をわずかに伏せて考え込む。
『リーラ妃殿下の命を奪った、そして、この国を食い荒らしている連中は、いまだ(まつりごと)の中枢にはびこっている。陛下は寵妃(ちょうひ)の忘れ形見を守るため、援助は惜しまないとのお申し出だ。助力する価値があるかどうか、まず、レヴィア本人に会ってやってくれないか。レヴィアはな……』
 ジーグはふと、あごに指を当てた。
『うちのはねっ返りの言葉を借りると、”レヴィアは可愛い”』
 ラシオンが体を斜めにして目を(すが)める。
『可愛い?そのレヴィア殿下は、おいくつよ』
『十五になる。会えばわかる』
『まあ、報酬面での文句はないからな。了解した。レヴィア殿下とやらにお会いしよう。で?あの愚連隊(ぐれんたい)はどうするつもり?』
 無言でかき込むように食事をしている少年たちを、ラシオンは親指でくいくいと示した。
『見たところ、救護院(きゅうごいん)を逃げ出した浮浪児たちだろう?』
『まあ、そのとおりなんだが……。それぞれに見どころはある子らだ。このまま連れていって、働いてもらおうと思っている』
『世話焼きなのは変わらないな』
 呆れを混ぜながらも、リズワンは頬を緩める。
『えぇっ、大人しく働くような連中?』
『ずいぶん貸しもある。『借りた八分(はちぶ)十分(じゅうぶ)で返す』。我が故郷の(ことわざ)を、まず学んでもらおう』
 半信半疑のラシオンに、やれやれとため息をついてみせながらも、ジーグのまなざしは温かいものだった。
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