竜の卵

エピソード文字数 2,152文字

 レヴィアは言葉もなく、アルテミシアの耳につけられた「竜の卵」だというそれを見つめ続ける。 
「人の血で卵を満たして孵化(ふか)まで育てると、必ず竜化する(ひな)が生まれる。血餌(けつじ)もほとんど必要としないし、特別な能力を持つ仔も多い。これは“サラマリス家と皇帝陛下のみ”が知る秘密。このことは黒竜家も、サラマリス以外の赤竜家も知らない。“サラマリス家の竜舎(りゅうしゃ)には、時々能力の高い赤竜が育つ”という認識で通していた。…それがサラマリス家の“竜術”を特別視させてしまう原因にもなっているのだがな」
 皮肉な笑みとともに、アルテミシアは鮮緑(せんりょく)の瞳を伏せた。
「ただこのやり方は本当に注意が必要で、誰も彼もができるという(わざ)ではない。なかには相性が悪くて、人に影響が出る場合もある。…最悪死ぬからな。相性を見るのに手っ取り早いのは竜の血を飲むことだから、私も小さいときに何度か飲まされたよ」
 アルテミシアはさらっと恐ろしいことを言いながら、絶句しているレヴィアに意味有りげな笑顔を向けた。
「黒は強引な育成を行うことがあるから、絶対に知らせるなとも言われた」
「あの、でも、いつ?」
 レヴィアはアルテミシアの耳を見つめながら戸惑う。
 彼女の治療をするために、その長く豊かな髪を結い上げてもらったことは何度もある。
 だがその耳に何かがつけられていることなど、一度もなかったはずだ。
「ジーグがな」
 アルテミシアは従者と目配せをし合う。
「屋敷の害獣駆除が終わってから、少し長く仕事に出たのを覚えているか?」
 レヴィアはこくん、とうなずく。
 家令を始め使用人たちが屋敷を去ってからしばらく、ジーグが屋敷を離れたがことがあった。 
「アガラム国境付近で出会った貿易商が、ディアムズの(つが)いを二組、連れていたそうだ」
 レヴィアは大きく目を見開いてジーグを見上げる。
 聞きたいことは山のようにあるが言葉にならない、といった様子のレヴィアを見て、ジーグは笑顔を浮かべながら説明をした。
「帝国竜家では、野生のディアムズは良い値で買い取る。竜家でも繁殖は行っているが、野生種と交配させることで、強い個体が維持されるからな。野生種は警戒心が強い。傷つけずに生け捕るには技術がいる」
 アルテミシアも深くうなずく。
「しかも(つがい)いを二組だからな。よほど腕の良い猟師と知り合いだ。その商人は、しばらく遊んで暮らせるな」
「…そんなに?」
 見たこともない生物(いきもの)が、想像もつかない高値で売り買いされているらしい。
 レヴィアは目を白黒させるばかりだ。
「それで、そのディアムズが、卵を産んだの?」
「そう。それで商人はとても困っていた」
「困るの?卵を産んじゃうと?」
 売りもののディアムズが増えるのならば、商人は嬉しいはずではないか。
 不思議そうにしているレヴィアに、ジーグはにやりと笑った。
「ディアムズの抱卵(ほうらん)期間は長い。六十日はかかる。孵化(ふか)するまで動けないし、無事に(ひな)が生まれたとしても、無理な移動をさせれば親子ともに弱る。悪くすれば共に死んでしまうだろう。商人にとっては大損害だ。だから卵は私が買い取った。…もちろん、それなりの金額でな」
 アルテミシアは呆れた目つきをした。
「嘘をつけ。“この卵は全部無精卵だ”、とでも言ったろう。もしディアムズの有精卵なら、あんな金額では買えない」
「もちろん無精卵としての、

の金額ですよ」
 ジーグはあっさりと認める。
「第一、ディアムズの有精卵を購入した者がいたなどと知られたら、帝国に妙な警戒心を与えるかもしれません。無精卵ならば問題はない。アガラムでは燻製(くんせい)にして、貴重薬として流通しています」
「…へぇ…」
 レヴィアの口はぽかんと開いたまま(ふさ)がらない。
 ある種の動物の(きも)などを薬に用いることは、レヴィアの本にも記述がある。だがディアムズの卵のことは初めて知った。
 自分の耳から目を離さないレヴィアに、アルテミアがにやり、と笑う。
「卵は四個。そのうちの二個が有精卵だった、というわけだ。あとの二つは、ジーグが無事にアガラム商人に売りつけた。…(もう)けたな」
「はい。だいぶ」
 得意げな笑みを交わし合う主従の横で、レヴィアはただただ、感心している。
 鳥の親代わりに、人が身につけてその卵を育てている。
 何とも不思議な光景だ。
 だがアルテミシアは一転、悲しそうな表情になった。
「せっかくの縁で私のもとにきた仔たちだがな。ここは雪の時期が長い。孵化(ふか)しても、この寒さには耐えられないだろう。せめて夏だったらな…。帝国以外で竜は育たないという、命運なのかもしれないな」
 切なそうに卵に触れているアルテミシアに、おずおずとレヴィアは切り出した。
「あのね、ミーシャ。僕の(はと)は、温室で世話をしてるんだ」
 アルテミシアがレヴィアを凝視する。
「温室?…そうか、伝書鳩を飛ばしたな!」
「ごめんね。早く言わなくて。案内、する?」
「お願い!」
 アルテミシアがレヴィアの手を、両手でぎゅっと握りしめた。
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