子犬による会心の一撃

エピソード文字数 4,341文字

 アルテミシアは国王に呼ばれ、離宮客間を訪れていた。
 そこへジーグが「緊急だ」と言って、ヴァイノたちを伴い入ってくる。
「またお前なのか、ヴァイノ」
 ジーグの「緊急」の用件を聞き、アルテミシアがヴァイノをきつくにらんだ。
 ヴァイノは震え上がり、思わずジーグの背に隠れた。
「ヴァイノだけの責任ではありません。そもそも、こうなることは予想できたはずです」
 ジーグが一歩、アルテミシアに詰め寄った。
 アルテミシアの鮮緑の瞳が冷たくジーグを見据(みす)える。
「二度は無いと言いましたよ。ジグワルド・フリーダ」
 発せられるディアムド語は、まなざしと同じように凍りつくようだ。
(かしこ)まっております。ですがどれだけの重荷をメイリに背負わせるのですか。もう少しで仲間を傷つけるところだっだのですよ。メイリは騎士としての訓練を何ひとつ受けてはおりません。できる範囲で周知すべきです」
 ジーグのディアムド語での返答を聞き、しばらく黙って考え込んでいたアルテミシアは客間を見回し、つぶやいた。
「数が多いわね。…これも命運、なのかしら」
 国王と王子二人。そして愚連隊。
 アルテミシアは泣きそうな顔をしているメイリに近づくと、その(ほほ)を両手で包み込んだ。
「すまないな、メイリ。本来なら、お前に担わせることは間違っている」
 久しぶりに向けられる柔らかい瞳と親しげなトーラ語に、メイリは激しく(かぶり)を振った。
「頼って下さって、嬉しいです。ロシュは素敵な竜だから。でも、あれじゃまるで…」
 それ以上言わせないかのように、涙声のメイリをアルテミシアは軽く抱き寄せ、その耳に口を寄せて(ささや)いた。
「ありがとう。万が一のときは、よろしくな」
 
 メイリに軽く笑いかけるアルテミシアを見ながら、レヴィアは唐突に理解してしまった。
 この胸の奥をかき回されるようなざわつき。
 ラシオンやヴァイノに感じたのと同じ、強烈に渦巻く負の感情をメイリに向けている。
 これが、「嫉妬」なのだと。
 理由は思い当たらないが、最近アルテミシアから()けられている。
 それは嫌というほどわかっていた。
 セディギアの逆心が表面化してからは慌ただしさも増し、言葉を交わす機会も少なくなった。
 フリーダ隊からラシオンたちが抜けてからは滅多に顏さえ見ることもなく、たまに会うことがあっても、(あるじ)と従者の線引きを崩してはくれない。
 だが竜がいる限り、自分はアルテミシアの「特別」なのだと言い聞かせてきた。
 それなのにその頼みの綱さえ、目の前の光景が引きちぎっていく。
 うつむくメイリを慰めている背中が遠い。
 どうしてアルテミシアの腕の中にいるのは自分ではないのか。彼女が頼るのは自分ではないのか。
 二人の少女の姿を、レヴィアは必死に無表情を保ちながら眺めている。
 
 アルテミシアがメイリの明るい褐色の髪をひとなでして、客間にいる皆を振り返った。
「メイリには暗示を掛けてあります。こんなに早く知られるとはな。ヴァイノ、お前は私の疫病神なんじゃないのか?…消しておくか」
 戸口に立ち尽くす愚連隊に客間の席に着くよう(うなが)し、アルテミシアは呆れた風情で首を傾ける。
「えぇ~、ふくちょ、勘弁して…」
 そのまなざししは厳しいが、久しぶりに騎士の顏をしていないアルテミシアだ。
 その冗談とも本気ともつかない言葉に震えながらも、嬉しそうにヴァイノは示された椅子(いす)に座った。
「フリーダ隊長もお座り下さい」
 アルテミシアが自分のすぐ前の椅子(いす)を引き、ジーグがうなずく。
「ご指示に従い、できる範囲で話をいたします」
 おどけた敬礼をするアルテミシアに、ジーグの目尻が少しだけ緩んだ。
 アルテミシアは改まった顔をして、その場にいる皆を見回す。
「暗示と聞いて、何か思い当たることはありませんか?」
 上座に座るヴァーリが足を組み替えた。
「ジェラインとモンターナか」
「さすが陛下。ご慧眼(けいがん)でいらっしゃいます。あの高慢ちきの“手が震えた”のも、小粒が“故郷で隠居生活をする”ことを選んだのも、暗示の一種です」
 レヴィアの目が見開かれる。
 思い返せば確かに。
 ジェラインの手は、アルテミシアから「震えている」と指摘された後に震えだした。
「どう、やって…?」
 思わずこぼれたレヴィアの疑問に、アルテミシアは静かに微笑んだ。
「内緒。教えたら防御されて効かなくなる。ひとつ言える条件としては、ディアムド語を理解できること」
「内緒ということは、僕たちにも使う気かな?」
 クローヴァが軽い様子で尋ねた。
「ご想像にお任せいたします」
 いつの間にか、アルテミシアはまた素っ気ない騎士に戻っている。
「メイリには竜に関する秘伝を記した封書を渡し、暗示を掛けました。私が示した条件に当てはまった場合にのみ、開いて読むこと。他の者が奪おうとした場合、攻撃すること。読んだ後は、燃やし尽くすこと。この三つ」
 アルテミシアは顔の横に、スラリとした指を三本立てる。
「あ、だからオレ、斬りかかられたんだ」
 ヴァイノが納得した。
「そう。本当にお前は鼻が利くな」
 アルテミシアの厳しい顏がたちまち崩れ、ほとほと困惑した表情が浮かんだ。
「とにかく、メイリに託したものをむやみに知ろうとしないで欲しいのです。条件が整えば、仔細(しさい)はわからなくても大よそ見当がつくでしょう。整わなければ、無かったことになる」
「…何を、託したの」
 レヴィアは小さな声で尋ねてみる。返される答えは、わかっているけれど。
「内緒」
 レヴィアをちらりとも見ないアルテミシアから、予想通りの答えが返された。

-レヴィに竜の秘密を知ってもらえて嬉しい-
 かつてそう言って、晴れやかに笑ってくれたのに。
 今、アルテミシアが笑顔を向けるのはメイリだ。竜の秘密を共有しようとするのもメイリだ。
 自分ではない。
 愚連隊がいなければ、アルテミシアは自分を頼ってくれるだろうか。笑いかけてくれるだろうか。
 ならばいらない。誰もいらない。
 レヴィアはうつむく。
 力の入る(こぶし)が目に入った。
 そんなことを思っては駄目だとわかっている。初めて得た仲間だ。待ってくれていた人たちだ。
 わかっている。
 けれど、独りではない喜びを教えてくれた人の笑顔がないと不安になる。自分をすべて肯定してくれる、あのまなざしがないと立ちすくんでしまう。
 トレキバでの日々が背後に迫り、あのころに引きずり戻されてしまいそうだ。
 時間をやり過ごすことだけを考えていた、あの空っぽだったころに。
―僕は、ここに、居ていいの―
 心細いあの気持ちが足元から()い登ってくる。

「でもさぁ、ふくちょさぁ。何でメイリに預けんの?」
 ヴァイノのあっけらかんとした声に、思わずレヴィアは顔を上げた。
 ヴァイノは話された内容の重さなど、気にも留めていないようだ。
「ふくちょが知ってりゃいいんでしょ?メイリに教えることないじゃん」
 アルテミシアは小さく口を開け、黙ってヴァイノを眺める。そしてしばらくぶりに声を上げて笑い出した。
「はは!そうだな!そうなんだけどな!」
 アルテミシアはヴァイノに歩み寄り、その肩を小突いた。
「お前は頭が良いのか悪いのかわからないな。(いくさ)なんだぞ。私がロシュに乗れなくなるかもしれないだろう」
 その状況を察した客間の空気が硬くなる。
「え、何で?」
 ヴァイノだけが、本当に見事なまでにいつもどおりだった。
「ふくちょ強ぇじゃん。そんなことにはなんねぇよ。オレたちだって戦うし」
「そのとおりだ。でもな、ヴァイノ」
 アルテミシアの手がヴァイノの肩に軽く置かれる。
「私は皆を必ず守る。そのためにはすべてを懸ける。竜と竜騎士は、そういう役割だ」
 静かな決意がこもる鮮やかな緑の瞳を、ヴァイノが呆れて見上げた。
「ばっかじゃねぇの、ふくちょ」
 アルテミシアが硬直する。
 何を言われたのか一瞬理解が追いつかず、思わず聞き返してしまう。
「は…?え…?ばか…?」
 サラマリスに面と向かって「馬鹿」と言う者がディアムド帝国にいるだろうか。アルテミシア自身、今まで言われた覚えはない。
「あのさぁ、ふくちょさぁ」
 ヴァイノが立ち上った。
 少し背が伸び、アルテミシアと変わらぬ背丈になった少年が向き合ってくる。
「オレらのケンカってさぁ、一人だけ強くってもダメなんだよ。一人に頼るばっかになってさ、そいつがいなくなったら、残された仲間は、あとどうすんの?」
 ヴァイノの(こぶし)がアルテミシアの肩を小突く。
「ケンカと(いくさ)は違ぇだろうし、オレは(いくさ)そのものは知らねぇ。けど、結局同じだろ。仲間はさ、みんなで守り合うもんだよ。オレたちだってそれぞれ役目があって、それで何とかやってきたんだぜ?見張り、かっぱらい、おとり…」
 かつての悪行を、王族の前で悪びれもなくヴァイノは披露(ひろう)した。
 トーレが慌てて立ち上がりその口を(ふさ)ぐ。
「馬鹿はお前だっヴァイノ!黙れっ!」
 ヴァイノはじたばたと暴れる。
「んがっ!んだよ、トーレ。…わかったよ」
 そして呆気にとられているアルテミシアに、再度向き直った。
「オレさ、ふくちょにも隊長にもデンカにも。すっげぇ恩感じてる。仲間にしてもらえて、すっげぇ嬉しい。まだ力足んねぇだろうけど、やるだけやってやるって決めてるんだぜ。仲間なんだからぜってぇ守る。ふくちょは違ぇの?オレは、ふくちょの仲間じゃねぇの?」
 茫然とヴァイノを見つめるアルテミシアの瞳の中には、もう騎士はいない。
 そして怒っているような苛立っているような、泣き出しそうな顔になったと思った途端(とたん)、思い切りヴァイノの肩を殴りつけた。
「いてっ!」
「仲間じゃないっ!お前なんか子犬だっ!」
 アルテミシアはそう叫ぶと、顔を伏せながら足早に部屋を出て行ってしまった。
「こ、子犬っ!?人ですらねぇの?!」
 ヴァイノが大声で尋ねる。
 ともにアルテミシアを見送りながら、ヴァイノの隣に立つトーレがつぶいた。
「僕、生まれて初めてヴァイノを見直したよ」
「俺も」
 ジーグの隣に座るスヴァンもうなずく。
「ちょっと、かっこよかったね」
 アスタが(ささや)いた。
「ちょっとね」
 メイリが(ささや)き返す。
「ちょっとだけ、だけど、ね」
 フロラが深くうなずいた。
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