おいしいということ

文字数 1,599文字

 少しずつ、レヴィアはふたりと過ごすことに慣れていった。
 心配していた食事の作法も、ゆっくりと食べさせてみれば、食器類の細かい使い方を知らない以外は、何の問題もない。
「帝国宮廷の饗宴(きょうえん)に招かれても心配ないぞ。レヴィを家畜呼ばわりしたヤツの目は節穴だな。そんな目は必要ないから私がつぶしてやろう」
 そんな乱暴で物騒な励ましかたをするアルテミシアだが、その所作(しょさ)は実に品がある。

「この川魚、串に香木を使っているんだな」
「え、うん。そう、だね」
 魚を串から外す動作でさえ優美で、見とれていたレヴィアは思わず視線をさまよわせた。
「塩加減も絶妙だし、本当においしい」
「おいしい?」
 アルテミシアの笑顔にしばし見入ったあと、レヴィアは自分で焼いた魚をまじまじと見つめた。
「……そう、か。そうだね」
 ひとりで食べていたときと同じ魚、同じ調理法。
 それなのに、「おいしい」とはこういうことだったんだと、レヴィアは初めて実感した。
 そして、ふと気づけば、いつにない量を平らげていて。
「あの、えと。僕、ふたりの分まで食べちゃった?明日、狩りに行ってこようかな……」
「壁に掛けてある弓矢は、やはりお前のものか。かなり使い込まれているが、習っていたのか」
「武芸は、いろいろやらされた、から」
「剣もやっていたのか?」
 ジーグから重ねて尋ねられたレヴィアから、表情がすぅっと消えた。
「向いてないって、言われたけど」
「向いていない?どんな剣を使っていたんだ」
「軍で使うのと、同じだって」
「軍人用?なんだ、それは。まったくダメだな」
 呆れかえるようなアルテミシアの口調に、レヴィアはしゅんとうなだれる。
「……うん……」
「レヴィのことを全然考えてない、最低なヤツのやることだ」
「あ……」
 レヴィアの目の端にアルテミシアの両手が映り込んだかと思うと、見る間に伸びてきて、レヴィアの右手を包み込んだ。

 他人の手を怖がるレヴィアに、アルテミシアとジーグは細心の注意を払って接した。
人馴(ひとな)れしていない猫を懐かせるように。慎重にですよ」
 ジーグの助言どおりにしても、なおレヴィアの体は知らず震えて、そのたびにアルテミシアの胸は痛む。
 それでも、毎日少しずつふたりの手に慣れていくレヴィアの様子は、本当に(おび)えていた子猫が懐いてくるようだった。
 初めて何も恐れることなく、アルテミシアの指をその(ほほ)に受けてくれたときの嬉しさといったら!
 そのまま、なで回したいくらいだったが、きっとレヴィアは嫌がるだろうからと、アルテミシアは我慢したのだ。

「レヴィの手はまだ小さい。軍人用なら両手剣だろう?バカじゃないのか、そいつは。ジーグ、私の剣を出してくれ」
 アルテミシアの指示にいったん居室に下がったジーグが、一本の短剣を持って戻ってきた。
「まず、これを使ってみたらいい」
 アルテミシアはジーグから剣を受け取ると、レヴィアの手を包むようにして、その柄を握らせる。  
 それは湾曲した幅広の片刃の短剣で、見た目より軽く、柄は作業用の小刀に似てレヴィアの手になじんだ。
「……これ?」
大剣(たいけん)振り回すだけが剣術ではないからな。適性も考えない剣を教えるなんて、ダメもいいところだ。私はこれで、ジーグにだって勝つぞ」
「ミーシャ、剣士なの?」
 驚くレヴィアに、アルテミシアは得意げに鼻を鳴らす。
「ふふん、“リズィエ”だからな」
「弓は味方も殺す勢いですけれどね」
「余計なことを」
 鮮緑(せんりょく)の瞳が機嫌の悪い猫のように細くなった。
「おお、怖い怖い。失礼いたしました」
「失礼だなんて思ってもないくせに。まったく、なんて従者だ。……レヴィ」
 ひとしきり文句を言ったあとに、優しい声で呼ばれたレヴィアが、短剣から目を上げる。
「完治したら、私が教えてあげる。それまでレヴィアに預けておくから」
 短剣の柄をぎゅっと両手で握り締めたレヴィアは、アルテミシアをまっすぐに見つめて、こくりとうなずいた。
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