語られる真実-1-

エピソード文字数 3,369文字

 怒涛(どとう)の凱旋会の後、主に国賓(こくひん)をもてなすための、通称「翔鷹(しょうよう)の間」に晩餐(ばんさん)が用意された。
「わあ、オレ、高級料理って初めて!はぁ~、ハラへった!」
 感激したヴァイノが、目の前の豪華な料理に早速手を出そうとしている。
「馬鹿っ!陛下が召し上がる前だぞ。礼儀知らずだな」
 隣の席のカリートがヴァイノの手を叩く。
「いてっ!んだよ。カリートへってねぇの?」
「…空いた…」
 ため息とともに、思わずカリートの本音が()れた。
 凱旋会での大役を任されていた少年たちは、朝から食事どころではなかったのだ。
「はは!」
 少年たちの会話を聞きつけたヴァーリが短く笑う。
「皆、本当に素晴らしい活躍であった。無礼講だ。好きに食べてくれ」
「…陛下は今日、本当によく笑う…」
 今日ばかりともに席に着けと王から命じられ、後ろには控えず末席に座るギードは小声でつぶいた。
「ラシオン、お前スバクルで、絶対私のことを何か言ったろう」
 鮮緑(せんりょく)の瞳が疑い深くラシオンを見上げている。
「まっさかぁ。敬愛するお嬢に対して、そんなそんな」
 軽い調子でラシオンは否定したのだが。
「曹長は、“ふるいつきたくなるような可愛娘(かわいこ)ちゃん”って、言ってましたよー!」
 別卓に座るサージャが得意気に叫んで寄こした。
「あ、馬鹿っお前っ!」
 ラシオンが慌てた身振りで黙れ、と伝える。
「へぇ…。表へ出るか、ラシオン」
 アルテミシアはくい、と(あご)で外を示した。
「いやいや、もー、ほんと喧嘩(けんか)っ早いなぁ、可愛い顏してぇ。いや、あの、ごめんなさい」
 眼光が鋭くなる一方のアルテミシアにラシオンが頭を下げる。
 その前にどん、と鈍い音を立てて茶碗が置かれた。
「長旅、お疲れさま。食前にどうぞ」
 レヴィアが無表情でラシオンを見下ろしている。
「あの、ほんとごめんなさいって。…殿下、これ何か入ってない?」
「ただのお茶。…どうぞ。飲んで」
 冷えた黒い瞳は、飲まなければ許してもらえない雰囲気を(かも)し出していた。
「はい、いただきます。…ぶっ」
 口に含んだ途端(とたん)に吐き出しそうになったラシオンだが、同じ場にいる国王の姿が目に入ると目を白黒させながら、やっとの思いで飲み込んだ。
「に、にがぁ…!殿下、茶葉の量って、これ合ってんの?」
()れてる間に、手が滑った、気がする。何だか嫌な言葉が聞こえて。でも、疲れが取れます。あと、余計なことを、言わなくなります」
 アルテミシアが吹き出して笑う。
「それはいいな!ラシオン、ありがたく全部飲め。レヴィア殿下手ずからの薬茶だぞ」
「全部なんて飲めねぇよっ!舌が(しび)れるほど苦い。お嬢、飲んでみ?」
大袈裟(おおげさ)だな。そんなにか?」
 アルテミシアが味見をしようと、ラシオンが口を付けた茶碗に手を伸ばした。
「…駄目」
 レヴィアがアルテミシアの手を止め、さっさと茶碗を片付ける。
「飲みたいの?ミーシャのぶん、新しくちゃんと()れるよ?」
「…やっぱり俺のはちゃんとしてねぇじゃねぇか…」
 ラシオンがぶつくさとつぶやく。
 じっと見つめてくる大きな黒い瞳をしばらく見つめ、アルテミシアは目をそらした。
「いや。わざわざ王子の手を(わずら)わせてはいけない。ほら、王族方がお待ちだ。席に着け」
 ヴァーリ王を始め、クローヴァやメテラの座る上席を示して、アルテミシアはわずかに微笑んだ。
「うん。…でも…」
 だがレヴィアはアルテミシアのそばを離れようとはしなかった。その顔は、叱られる前の子どものようだ。
「どうした」
 ジーグが穏やかに声を掛けた。
「僕の食事の仕方、大丈夫、かな」
 仲間たちとは毎日食卓をともにしている。しかしこのような「王族」として見られる場所で、正式な食事をする機会は初めてだ。
 カーフの「家畜以下」と吐き捨てた声と、(いや)しめたまなざしが脳裏から離れない。
 不安に瞳を揺らすレヴィアの両手をアルテミシアは包み込んだ。
「大丈夫に決まっている。ディアムド宮廷で、皇帝の宴席に呼ばれたとしても、何も問題ないと言っただろう?」
 若草色の瞳が励ますように見上げている。
「作法の師匠は誰?」
「…ミーシャ」
「師匠を信用できないのか?」
貴女(あなた)を信用できないのなら、他の誰も信用できないよ。でもね、ミーシャ。でも、本当に、僕が食事するとき、料理がぐしゃぐしゃになって…」
「申し訳ありません!」
 突然、ギードが勢いをつけて立ち上った。
「私です!殿下の料理に手を加えたのはっ!」
 レヴィアの丸い目がギードを見つめる。
 ギードは悔しさをにじませた顏をうつむけた。
「園丁として殿下のおそばにいられなくなった後も、陛下の命で、ご様子をうかがいにトレキバを何度か訪れました。そのときに見たのです。作法の時間、殿下に(きょう)される料理に、カーフが何かを混ぜる素振(そぶ)りをしているのを」
 賑やかに食事をしていた皆が口を閉ざしていく。
 翔鷹(しょうよう)の間が静まり返った。
「絶えたはずのアバテを名乗るあの男が王宮へ出入りするようになってから、クローヴァ殿下のご体調が崩れ始めた。最初から怪しくてならない人物でした。ですから私はトレキバの屋敷を訪ねるたび、レヴィア殿下の口に疑わしい物が入らなくて済むよう工作をいたしました。もちろん!野生動物を放つなど、様々工夫を()らしたのです。けれどカーフはそんなことは歯牙にもかけず、殿下をそれは酷く蹴り飛ばした。あのとき、あのとき殿下は、たった九つでいらした。…お小さい体が、壁に飛んでぶつかった…っ。あの男は卑怯にも、常に服で隠れる場所に暴力を振るった。外からは痕跡が見えないところにっ」
 鉄面皮と言われ、それを誇りにしている男が必死に涙を(こら)えている。
 ダヴィドは初めて耳にした父親の涙声に、そのなされようの(むご)さと、見守ることしかできなかった父の無念を思った。
「あのとき、どれほど奴を切り捨ててやりたかったかっ」
「うん…」
 レヴィアは呆然と、トレキバでの日々を思い出していた。
「最初からギードは、言っていたものね。…屋敷で出された物を、食べてはいけないって」
 ギードはうなずく。
「滞在が許される限り、屋敷の食事を口になさらぬよう画策いたしました。ですが作法の指導が行われるたびにあいつはっ」
「そう、だったんだ。ギード、ありがとう」
「…は?」
 その礼の意味がわからず、ギードは涙に潤んだ瞳を上げる。
「だって、僕を守ってくれた」
「ですが…」
「殴られたりするのはね、そのうち、慣れたから。酷いときもあったけど、ギードに教わったとおり、ちゃんと逃げることもできたし」
―酷いときもあった―
 我慢強いレヴィアがそう表現するならば、よほどの仕打ちがなされたに違いない。
 アルテミシアは我知らず唇を()みしめ、(こぶし)を握りしめた。
「それに、隠れる方法も、料理も教えてもらってた。生き延びることができたのは、ギードのおかげだよ。ありがとう」
「…殿下っ。…御前を、失礼致しますっ」
 涙を隠しながら、ギードは足早に翔鷹(しょうよう)の間を出て行った。
「カーフ・アバテ。いや、あの高慢ちきを“兄上”と呼んでいた。あれはセディギアの者なのか…」
 アルテミシアは低くつぶやく。
 ヴァーリ国王に尋ねたいことは山ほどある。しかし今は、新たにレヴィア隊に志願した者たちも同席している。事は王家の秘部にも関わるだろう。
 アルテミシアは立ち上がった。
「レヴィア殿下の作法は私が教授し、合格点を差し上げました。それがどれほどのものか。どうぞご披露下さい」
 優雅にトーラの礼を取るアルテミシアに、レヴィアは力強くうなずいた。
 その後王族の席で食事をするレヴィアの作法は優雅であり完璧であり、見比べてみれば、アルテミシアの所作(しょさ)をそのまま(なら)ったものであった。
 それは彼女がどのように教えたのかがわかるようで、見ている者の心を(なご)ませた。
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