語られる真実-1-

文字数 3,028文字

 怒涛(どとう)の凱旋会ののち、主に国賓をもてなすための「翔鷹(しょうよう)の間」にフリーダ隊と少年たち、そして、ラシオンが率いてきた者たちが集められた。
「わあ~!オレ、高級料理って初めて!はぁ~、ハラへった!」
「馬鹿!陛下が召し上がる前だぞ。礼儀知らずだな」
 さっそく伸ばした手をカリートに叩かれて、ヴァイノの眉間にしわが寄る。
「いてっ。……んだよ。カリートってば、ハラへってねぇの?」
「……すいた……」
「だろ?朝メシなんか入んなかったもん。お互い、がんばったよなぁ~」
「そうだな」
 思わず本音を漏らしたカリートを、ヴァイノは(ひじ)(つつ)いた。
「はは!」
 ふたりの会話を聞きつけたヴァーリが、短く笑う。
「皆、本当に素晴らしい活躍であった。無礼講だ。好きに食べてくれ」
「……陛下は今日、本当によく笑う」
 今回ばかりはともに席に着けと王から命じられ、後ろには控えず、末席に座るギードが小声でつぶいた。

「ラシオン、お前スバクルで、絶対私を馬鹿にしただろう」
 主だった騎士が集う卓では、鮮緑(せんりょく)の瞳が疑い深くラシオンを見上げている。
「まっさかぁ。敬愛するお嬢に対して、そんなそんな」
 軽い調子でラシオンは否定したのだが。
「ばかになんてしてませんよー!曹長は”ふるいつきたくなるような可愛娘(かわいこ)ちゃん”って、ホメてましたよー!」
「あ、馬鹿!お前なっ」
 別卓に座るサージャの得意気な報告に、ラシオンが慌てた身振りで「黙れ!」と伝える。
 だが、良いことしたつもりのサージャは、きょとんとするばかりだ。
「え?だって、”プルプルした唇でケツの穴”」
「黙れぇ~!」
「へぇ。……表へ出ようか、ラシオン」
「いやいや、もー、ほんと喧嘩(けんか)っ早いなぁ、可愛い顏してぇ。いや、あの、ごめんなさいって。ほら、このとーり」
 頭を下げたラシオンの目の前に、どん!と鈍い音を立てて茶碗が置かれる。
「長旅、お疲れさま。食前にどうぞ」
 ラシオンが恐る恐る目を上げると、無表情のレヴィアがすぐ脇に立っていた。
「あの、ほんとごめんなさいって。……殿下、これ何か入ってない?」
「ただのお茶。……どうぞ、飲んで」
「えー、飲んだら許してもらえんの?……いや、なんかすげぇ色してんぞ」
 ためらいつつ一口、ラシオンが茶を口に含む。
「ぐぅ!に、にがぁ……。殿下、茶葉の量って、これ合ってんの?」
()れてるうちに、手が滑った、気がする。でも、疲れが取れます。あと、余計なことを、言わなくなります」
「口封じのお茶か!」
 アルテミシアが吹き出した。
「それはいいな!ラシオン、ありがたく全部飲め。レヴィア殿下、手ずからの薬茶だぞ」
「全部なんて飲めねぇよっ。舌が(しび)れるほど苦い。お嬢、飲んでみ?」
「おおげさな。そんなにか?」
 アルテミシアが茶碗を手に取ろうとするが、シビレ薬茶はレヴィアによって、さっさと片付けられてしまう。
「これはダメ。飲みたいなら、ミーシャのぶん、新しくちゃんと()れるよ?」
「……やっぱり、俺のは

してねぇじゃねぇか……」
 ラシオンがぶつくさと文句を言う隣で、アルテミシアはレヴィアから目をそらした。
「いや。わざわざ王子の手を(わずら)わすことはない。ほら、王族方がお待ちだ。席に着け」
「うん、でも……」
 叱られる前の子供のような表情をしているレヴィアに気づいて、ジーグがその背に手を添える。
「どうした」
「……僕の食事の仕方、大丈夫、かな」
 
 仲間たちとは毎日食卓をともにしている。
 しかし、「王族」という、身分を明示された立場で食事をする機会は初めてだ。
 「家畜以下」と吐き捨てたカーフの声と、(いや)しめたまなざし。
 それが脳裏から離れない。
 
 不安に瞳を揺らすレヴィアの両手を、アルテミシアがぎゅっと握りしめる。
「大丈夫に決まっている。作法の師匠は誰だった?」
「……ミーシャ」
「師匠を信用できないのか?」
貴女(あなた)を信用できないのなら、ほかの誰も信用できないよ。でもね、ミーシャ。でも、本当に、僕が食事するとき、料理がぐしゃぐしゃになって……」
「申し訳ございませんでした!殿下の料理に手を加えたのは、私です!」
 突然、大声を出して立ち上がったギードに、皆の注目が集まった。
「殿下のお側を離れた後も、陛下の命で、何度かご様子を伺いに参りました。そのときに見たのです。作法の時間、殿下に(きょう)される料理に、カーフが何かを混ぜるのを」
 ギードは悔しさをにじませた顏をうつむける。
「絶えたはずのアバテを名乗る、あの男が王宮へ出入りするようになってから、クローヴァ殿下のご体調が悪くなられた。ですから、私はレヴィア殿下の口に、疑わしい物が入らなくて済むよう工作をいたしました。もちろん!野生動物を放つなど、様々工夫を()らしたのです。けれど、カーフは原因など関係なく、殿下に酷い折檻を……。あのとき、あのとき殿下は、たった九つでいらした。小さく細いお体が、蹴られて壁にぶつかって……」
 鉄面皮と言われ、それを誇りにしてきた男が、必死に涙を(こら)えていた。

(父さん……)

 ダヴィドは初めて耳にした父親の涙声に、そのなされようの(むご)さと、見守ることしかできなかった父の無念を思う。
「あのとき、クローヴァ殿下が人質にされてなければっ。この手で、この手で切り捨ててやりたかったっ」
「……最初からギードは、言っていたものね。屋敷で出された物を、食べてはいけないって」
 

を遠く思い出しながら、レヴィアは独り言のようにつぶやいた。
「滞在が許される限り、あらゆる画策いたしました。ですが、あいつは理由を作っては殿下をっ」
「そう、だったんだ。ギード、ありがとう」
「……は?」
 その礼の意味がわからず、ギードは涙に潤んだ瞳を上げる。
「だって、僕を守ってくれた」
「ですが、」
「殴られたりするのはね、そのうち、慣れたから。酷いときもあったけど、ギードから教わったとおりに、ちゃんと逃げれるようにもなったし」

――酷いときもあった――

(我慢強いレヴィアがそう表現するなんて……。よほどの仕打ちがなされたのだわ)

 アルテミシアは知らず唇を()みしめ、その隣では、ジーグの眉間に深いシワが刻まれていた。
「それに、隠れる方法も、料理も教えてもらってた。今、命があるのは、ギードのおかげだよ。ありがとう」
「殿下……。いったん、御前を失礼いたしますっ」
 流れ落ちた涙を隠しながら。
 ギードは足早に翔鷹(しょうよう)の間を出ていった。

(カーフ・アバテ……。あの高慢な男を「兄上」と呼んでいたのなら、アバテの血を引くセディギアの庶子かしら。ヴァーリ王にお伺いしてみたいわ)

 疑問は山のようにある。
 しかし、王家の秘部にも関わる問題を、この場で問い(ただ)すことはできない。

 そう判断したアルテミシアは立ち上がり、レヴィアに向かって優雅に頭を下げた。
「レヴィア殿下の作法は私が教授し、合格点をさしあげました。私は、半端な指導はしなかったつもりですよ」
 久しぶりに向けられたアルテミシアの微笑みに、レヴィアもつられて笑顔になる。
「うん!……頑張る」
「頑張る必要などない。いつもどおりのレヴィアで充分だ」
 満月の笑顔を見せる肩を優しく小突(こづ)いて、アルテミシアはレヴィアを王族の席へと送り出した。

 そうして食事をし始めれば、レヴィアの作法は文句のつけようのないもので。
 しかも、その所作は微笑ましいほどアルテミシアと似通っている。
 教えてもらっていたときの親密な光景を想像できたヴァーリとクローヴァは、目を見交わし、こっそりと笑い合った。
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