残党処理-反撃開始-
文字数 3,027文字
老貴族から目を離さず、ヴァーリが薄く笑う。
(内政に優秀な人材を輩出している名家の当主が、知らないはずがないものを)
「私は寛容な質 ではありませんよ、オライリ老公。よくご存じではないですか。我が息子の評価を、もう少し聞いていようかと思っていただけです。老公が知りたいことに関しては、息子たちが答えます。クローヴァは”二十歳を超えない”と言われていたらしいが、無事に二十三を迎えた」
第一王子軟禁の監視管理を、セディギアから任されていたモンターナが青ざめた。
「処刑の憂き目を免れたレヴィアも、多くの味方を得てトゥクースに戻ってきた」
かつてレヴィアの処刑を、セディギアとともに主張したビゲレイドの口が、への字に曲がる。
「さあ、改めてご紹介いたしましょうか、我が至宝たちを。……入れ」
ヴァーリの合図で扉が開かれ、王立軍軍服を着たクローヴァとレヴィアが議場へと足を踏み入れた。
「持ってきたか」
王子たちが両脇に立つのを待って、ヴァーリはレヴィアを仰ぎ見る。
「はい」
「ここへ」
促されたレヴィアは、淡い黄金色の液体が入った小瓶を腰袋から取り出し、ヴァーリの目の前に置いた。
「それ、は」
見開いても小魚程度のツァービンの目が、小瓶に注がれる。
「スバクルの名品だ。滅多に手に入るものではないから、飲んでみたいだろう。ほら」
ヴァーリは小瓶を掲げ、ツァービンを手招いた。
「い、いやその……」
――ひと舐めでも死に至る――
そうカーフが言っていたと聞いているツァービンの、垂れ下がった頬がふるりと揺れる。
「レヴィア、ネズミで試したか?」
ツァービンを見据えたまま、ヴァーリは尋ねた。
「……はい」
「何匹に飲ませた」
「ネズミ獲りに掛かった、五匹に」
「死んだか」
「はい」
「何匹」
「全部」
「死ぬまでの時間は」
「すぐに」
「そうか」
ヴァーリは貴族たちをぐるりと見回していく。
「しかし、ネズミではな。人に対しては毒ではないのかもしれない。お前ごときは信用ならないらしい。やはりここは、トーラの頭脳であり誇 りでもある、重臣方に飲んでいただくのが一番だな。……ツァービン公、こちらへ」
「いえ、あのっ、その」
「陛下、それは一度床に落ちたものでしょう。それを貴族である方に、犬のように飲めとおっしゃるのですかっ」
動揺するツァービンをかばうように、モンターナが憤 ってみせた。
「犬ならよいのか」
「っ!」
ヴァーリから冷たい瞳を向けられたモンターナが、口を閉じる。
「確か、お前は良い猟犬を多数飼っていたな。一匹連れて来い」
その有無を言わさぬ態度に、口を半開きにしたモンターナの息が荒くなっていった。
「犬に飲ませるなど可哀想でしょう」
あからさまに蔑 んだ目つきをして、ビゲレイドが口を挟む。
「殿下の赤毛の外道 騎士が、飲んでみせると息巻いておりましたな。あれを呼んで飲ませればよい」
勇敢な騎士の発言を逆手に取って、ビゲレイドが鼻で笑った。
「そ、そうですよ、それがいい!犬でも赤毛は丈夫ですからねぇ」
ビゲレイドの尻馬に乗ったモンターナが、下卑 た笑い声を立てる。
「それは」
議場に入ってから今まで、ずっと気後れする様子で目を伏せていたレヴィアの雰囲気が、ガラリと変わった。
「僕の騎士が、犬にも劣るということですか」
「いやあの、別に、そんな」
「僕のことを何と言おうと構わない。けれど、僕の騎士に、無礼は許しません。……彼女に飲ませないために、ネズミを犠牲にしたのに……。臣下の名誉を守るも、主 が役目」
レヴィアの手が、腰に佩 いた剣の柄にゆっくりと掛けられる。
「臣下に浴びせられた汚名、雪 がせてもらいます。剣を取って、表に出てください」
その迫力ある
「見事な息子だな、ヴァーリ。失礼、陛下」
オライリが笑みを深めて、レヴィアを眺めている。
「迷いのない良い目だ。その若さで、大切にすべきは何かも心得ている。レヴィア殿下」
老貴族の呼びかけに、レヴィアは剣の柄から手を離した。
「重臣たちの数々の無礼、この老人が代わりに謝りましょう。誠に、申し訳ありませんでした。……曇った我らの目を覚ますようなお話を、さあ、ヴァーリの子らよ」
――お前たちの力を見せてもらおうか――
隙 のない為政者の瞳にうなずき返すヴァーリの両隣で、ふたりの王子は姿勢を正した。
オライリ老公が頭を下げても、いまだ議場は、王子たちに友好的とは言えない空気に包まれている。
だが、気にする様子もないクローヴァが、「戦の火蓋 が切られる寸前である」と伝えると、コザバイ当主が声を荒らげた。
「討って出ましょう。セディギア公、いやジェライン・セディギアは、今やただの謀反人 ですっ」
「しかしですねぇ、向こうの出方を見ないうちはですねぇ……」
ぶつぶつ小声で異を唱えるモンターナに、ビゲレイドがうなずく。
「確かに。状況を見極める材料が、もう少し欲しいところだ。何を仕掛けてくるつもりなのか。間諜 を出して情報を集め、そのうえで、先制の一撃を素早く与えよう」
「状況の見極めは大切ですが、こちらから口火を切ることは、どうでしょう」
「は?」
ビゲレイドが不愉快そうにクローヴァを見上げた。
「スバクルが攻撃してくるまで、のんびりと待てというのですか!」
「そんなことは一言も言っていませんよ。ですが、どちらが先に武力を用いたか。これは、のちの和平交渉時に影響します」
「和平交渉?そんなものを端 から念頭に置くとは!はは、生温 いことをおっしゃる。降伏させるまで攻め込めばいい」
「降伏をさせるほど有利な戦況にあったことが……、ありましたか?」
考えるふりをするクローヴァの問いかけに、吼 えていたビゲレイドが黙り込む。
休戦を結んだ当時は、両国ともに諸事情を抱 え、互いに疲弊 しきっていた。
ビゲレイドは最後まで交戦継続を主張したが、彼以外の重臣たちが休戦を受け入れたとあれば、振り上げた拳 も下げざるを得ない。
無念ではあったが、しぶしぶ休戦を飲んだのだ。
「スバクルは、何かしらの行動を起こしてくるでしょう。それを真正面からは受けず、けれど、トーラが有利な立場で交渉できる状況にしようと思います」
「……まさか。そんな」
贅肉 がないところがない体を揺らしながら、ツァービンが頭を振る。
「そんな都合よくいくわけないでしょう。絶対に無理ですよ」
「では、どういった方法が?」
「いやあの、圧倒的な軍事力でスバクルを制圧して?スバクルの権益をこちらに……?」
目の色を変えるのは、旨味のある話に関わるときだけ。
政策や軍務については門外漢であり、他人任せにしてきた重臣の曖昧 な物言いに、クローヴァは軽いため息をついた。
「我が国が、スバクルを圧倒する戦力を保持する根拠はありますか?休戦前においても、両国の力は拮抗していました。ここしばらく、国内で面倒ごとの多かったトーラが、スバクルを凌駕 する軍事力を有しているでしょうか」
明晰 なクローヴァの弁に、肉厚の唇がもごもごと閉じられる。
「なるほどなるほど、兄上様のお考えはよくわかりました。では、レヴィア殿下」
クローヴァを相手にするのは不利とみたモンターナが、レヴィアに矛先 を向けた。
「せっかくですから、弟君のお考えも聞いておきましょうか。まあ、あるのならば、ですが」
――田舎に押し込められていた、無学の混じり者の子――
セディギアからそう聞かされているモンターナの、つぶらな瞳が底意地悪く光った。
(内政に優秀な人材を輩出している名家の当主が、知らないはずがないものを)
「私は寛容な
第一王子軟禁の監視管理を、セディギアから任されていたモンターナが青ざめた。
「処刑の憂き目を免れたレヴィアも、多くの味方を得てトゥクースに戻ってきた」
かつてレヴィアの処刑を、セディギアとともに主張したビゲレイドの口が、への字に曲がる。
「さあ、改めてご紹介いたしましょうか、我が至宝たちを。……入れ」
ヴァーリの合図で扉が開かれ、王立軍軍服を着たクローヴァとレヴィアが議場へと足を踏み入れた。
「持ってきたか」
王子たちが両脇に立つのを待って、ヴァーリはレヴィアを仰ぎ見る。
「はい」
「ここへ」
促されたレヴィアは、淡い黄金色の液体が入った小瓶を腰袋から取り出し、ヴァーリの目の前に置いた。
「それ、は」
見開いても小魚程度のツァービンの目が、小瓶に注がれる。
「スバクルの名品だ。滅多に手に入るものではないから、飲んでみたいだろう。ほら」
ヴァーリは小瓶を掲げ、ツァービンを手招いた。
「い、いやその……」
――ひと舐めでも死に至る――
そうカーフが言っていたと聞いているツァービンの、垂れ下がった頬がふるりと揺れる。
「レヴィア、ネズミで試したか?」
ツァービンを見据えたまま、ヴァーリは尋ねた。
「……はい」
「何匹に飲ませた」
「ネズミ獲りに掛かった、五匹に」
「死んだか」
「はい」
「何匹」
「全部」
「死ぬまでの時間は」
「すぐに」
「そうか」
ヴァーリは貴族たちをぐるりと見回していく。
「しかし、ネズミではな。人に対しては毒ではないのかもしれない。お前ごときは信用ならないらしい。やはりここは、トーラの頭脳であり
「いえ、あのっ、その」
「陛下、それは一度床に落ちたものでしょう。それを貴族である方に、犬のように飲めとおっしゃるのですかっ」
動揺するツァービンをかばうように、モンターナが
「犬ならよいのか」
「っ!」
ヴァーリから冷たい瞳を向けられたモンターナが、口を閉じる。
「確か、お前は良い猟犬を多数飼っていたな。一匹連れて来い」
その有無を言わさぬ態度に、口を半開きにしたモンターナの息が荒くなっていった。
「犬に飲ませるなど可哀想でしょう」
あからさまに
「殿下の赤毛の
勇敢な騎士の発言を逆手に取って、ビゲレイドが鼻で笑った。
「そ、そうですよ、それがいい!犬でも赤毛は丈夫ですからねぇ」
ビゲレイドの尻馬に乗ったモンターナが、
「それは」
議場に入ってから今まで、ずっと気後れする様子で目を伏せていたレヴィアの雰囲気が、ガラリと変わった。
「僕の騎士が、犬にも劣るということですか」
「いやあの、別に、そんな」
「僕のことを何と言おうと構わない。けれど、僕の騎士に、無礼は許しません。……彼女に飲ませないために、ネズミを犠牲にしたのに……。臣下の名誉を守るも、
レヴィアの手が、腰に
「臣下に浴びせられた汚名、
その迫力ある
お願い
に、モンターナの喉がヒュ!と鳴った。「見事な息子だな、ヴァーリ。失礼、陛下」
オライリが笑みを深めて、レヴィアを眺めている。
「迷いのない良い目だ。その若さで、大切にすべきは何かも心得ている。レヴィア殿下」
老貴族の呼びかけに、レヴィアは剣の柄から手を離した。
「重臣たちの数々の無礼、この老人が代わりに謝りましょう。誠に、申し訳ありませんでした。……曇った我らの目を覚ますようなお話を、さあ、ヴァーリの子らよ」
――お前たちの力を見せてもらおうか――
オライリ老公が頭を下げても、いまだ議場は、王子たちに友好的とは言えない空気に包まれている。
だが、気にする様子もないクローヴァが、「戦の
「討って出ましょう。セディギア公、いやジェライン・セディギアは、今やただの
「しかしですねぇ、向こうの出方を見ないうちはですねぇ……」
ぶつぶつ小声で異を唱えるモンターナに、ビゲレイドがうなずく。
「確かに。状況を見極める材料が、もう少し欲しいところだ。何を仕掛けてくるつもりなのか。
「状況の見極めは大切ですが、こちらから口火を切ることは、どうでしょう」
「は?」
ビゲレイドが不愉快そうにクローヴァを見上げた。
「スバクルが攻撃してくるまで、のんびりと待てというのですか!」
「そんなことは一言も言っていませんよ。ですが、どちらが先に武力を用いたか。これは、のちの和平交渉時に影響します」
「和平交渉?そんなものを
「降伏をさせるほど有利な戦況にあったことが……、ありましたか?」
考えるふりをするクローヴァの問いかけに、
休戦を結んだ当時は、両国ともに諸事情を
ビゲレイドは最後まで交戦継続を主張したが、彼以外の重臣たちが休戦を受け入れたとあれば、振り上げた
無念ではあったが、しぶしぶ休戦を飲んだのだ。
「スバクルは、何かしらの行動を起こしてくるでしょう。それを真正面からは受けず、けれど、トーラが有利な立場で交渉できる状況にしようと思います」
「……まさか。そんな」
「そんな都合よくいくわけないでしょう。絶対に無理ですよ」
「では、どういった方法が?」
「いやあの、圧倒的な軍事力でスバクルを制圧して?スバクルの権益をこちらに……?」
目の色を変えるのは、旨味のある話に関わるときだけ。
政策や軍務については門外漢であり、他人任せにしてきた重臣の
「我が国が、スバクルを圧倒する戦力を保持する根拠はありますか?休戦前においても、両国の力は拮抗していました。ここしばらく、国内で面倒ごとの多かったトーラが、スバクルを
「なるほどなるほど、兄上様のお考えはよくわかりました。では、レヴィア殿下」
クローヴァを相手にするのは不利とみたモンターナが、レヴィアに
「せっかくですから、弟君のお考えも聞いておきましょうか。まあ、あるのならば、ですが」
――田舎に押し込められていた、無学の混じり者の子――
セディギアからそう聞かされているモンターナの、つぶらな瞳が底意地悪く光った。