語られる真実-3-

文字数 4,607文字

 クローヴァの後ろに立つダヴィドの一瞬の身じろぎに、ジーグが気づいた。

(例の件を聞きたい、か)

「カリート様。以前おっしゃっていた”アバテが流行り病と偽り、タウザーの者を毒殺した証拠”を、今なら教えていただけるでしょうか」
「っ!それは……」
 動揺するカリートに、ヴァーリが労わるまなざしを向ける。
「語りたくないのも無理はない。王妃の暗殺を許すなど、王が暗愚である証明だからな」
「陛下ほどご立派な方はいらっしゃいません!」
 バン!と卓に両手をついて立ち上がったカリートだが、ヴァーリを目があったとたんに顔色を失くしてまた腰を落とした。
「も、申し訳ございません。不敬な態度を」
「私をかばう言葉が何故(なにゆえ)不敬だ。真の忠臣ではないか」
「ありがたき、お言葉、です……。タウザーが至らなかったのです。重臣の皮をかぶった魔物を見抜けなかったと、おじい様も父上もお嘆きだった」
「タウザーに責はない」
「あります!臣下として、王家を守れなかった」
「ならば、その臣下を守れなかった責は王にある。カリート、私は自らの罪を免れるつもりはない。だが、正すための機会は欲しい」
 ヴァーリは辛抱強く待つが、カリートの顔はなかなか上がらない。
「……そうは思っても、独りでは何も成しえない。真実を共有する協力者を得たいのだ。それを秘めねばならぬ理由もなくなったことだしな」
「……ヴァーリ陛下……。かしこまりました」
 きゅっと唇を噛みしめて、カリートはダヴィドを振り返る。
「アバテが持ち込み禁止の植物を運ばせた話は、覚えている?」
「はい。スバクル国境で捕らえた商人が、白状したと」
「父上が持ち帰った”悪魔の爪”を見て、母上が言ったんだ。”セリアお姉さまの薬膳粥(やくぜんがゆ)に入っていた”って」

(セリア……)

 ジーグの問う目に、ヴァーリが淡々と口を開いた。
「セリアは最初の妻だ。幼いころよりの許嫁(いいなずけ)でな。カリートの母とは幼馴染みで、気立ての良い優しい女性だった。だが、クローヴァが二歳になる前に、突然」
「当時、クローヴァ様のご弟妹をお望みのセリア様に、”子を授かるのに良い薬膳(やくぜん)があります”と言って、アバテが(かゆ)を勧めたと母上が証言した。セリア様の亡くなり方。タウザー一族の死に方。照らし合わせてみれば、同じだったんだ」
「灼熱の火に焼かれるごとくの激しい痛みに、手足黒く朽ち果てる。……惨いことを」
「お嬢、それって」
 痛まし気に眉の根を寄せたアルテミシアを、ラシオンが見上げる。
「帝国では、麦角中毒は過去に何度も起きているからな。警告する伝承が残されている。粉にする際に、麦角菌を除く技術が確立されたのは最近だ」
「手足が黒くって、流行り病の特徴じゃないのか」
「ああ、スバクルの主食も芋だったか。では、馴染みはないな」
「だな。見たこともねぇ。……そこを狙われたのか」
「無知をアバテに利用されたと、おじい様はずっと悔いていた。……なにが、なにが”体力自慢のタウザー家の特徴”だっ」
 カリートの拳が激しく卓に叩きつけられた。
「アバテは白状したのですか」
「もちろん。闇商人を連れてアバテに乗り込み……、その、なかなか口を割らなかったから、

追及もしたようだけれど……」
「確かに。あれは手こずったな」
 途中で黙り込んだカリートのあとを、顔色ひとつ変えずにヴァーリが引き取る。
「そして、アバテを召し抱えていたセディギアを追及しようとした矢先、スバクルが休戦協定を打診してきた。当時、スバクルは内外にもめごとを(かか)え、我が国では、休戦反対派のセディギアの態度が軟化していた。長い紛争に終止符を打つ好機だと判断したのだが……。今思えば、図ったような時期だったな。当時より、スバクル勢とセディギアが通じていたというのなら、すべてが納得できる」
「ああ、そういえば、ですけど。……くくっ」
 その場の重くるしい空気に似つかわしくないほど陽気な声を上げて、ラシオンが笑いだした。
「おい、ラシオン。今の話に笑うところがあったか」
 さすがにファイズも「ヤメロ」と合図を送るが、ラシオンは意にも介さない。
「くくくっ。両国紛争の初期、陛下は一時ご退却されてますよね」
 ヴァーリは特別その態度を責めもせずに、うなずいた。
「ああ。手練(てだ)れの剣士に手こずってな。そうだ、確か、サイレル家の猛者(もさ)だったと記憶している」
「それは、我がサイレル家の宗主(そうしゅ)です」
 ファイズが背筋を伸ばして、胸を張る。
「陛下のことを”どれほどの傷を負っても、顔色ひとつ変えずに向かってくる。(まこと)冷徹の(たか)。敵ながら天晴だ”と称賛しておりました」
「あれほどの者にそう言われるとは、名誉と思う。あの剣豪はどうしている」
「先の政争の際に、処刑されました」
 顔色をわずかに変えたヴァーリが身を乗り出した。
「なんの罪で」
「同朋に略奪行為をしたと」
「あの傑物が、そんなことをするはずがないだろうに。……惜しいことを」
「……痛み入ります……。我がサイレル家は武門一族だったためか、真っ先に処罰の対象となりました。辛うじて刑を免れた者は、どこかへ身を隠したとは思いますが……」
「アガラムに逃れているかもしれないぞ。大公に聞いてみるといい。見どころがある者はつい、かばい立てしたくなると、我が面倒な義父(ちち)上が言っていたからな。……当時はまだ、義父(ちち)ではなかったが」
 そこでまた、ラシオンがニヤニヤと笑う。
「大怪我を負った陛下は、アガラムに(かくま)われていたのでしょう?」
「上手くまいたつもりだったが、気づかれていたか」
「いーえ?陛下の行方は全然で、死亡説も流れましたよ。そんで油断したところを、またやられちゃったんですよねぇ。ほんとに食えない、じゃなくて!」
 ギードとダヴィドから殺気を向けられたラシオンが、慌てて声を張り上げた。
「だから!レヴィアを見て、ピンときちゃったんですよ。そこで出会われたのではないのですか?えーとスライ、なんだっけ。”その髪は夜のように流れ、瞳は星を浮かべ輝き”?」
「やめろラシオン、気持ちの悪い。気取り過ぎだ」
「私がリーラに贈った言葉だ」
「えっ」
 ファイズの首がぎこちなくヴァーリに向けられる。
「そ、それはとんだご無礼を。……ん?陛下が?冷徹の(たか)、ヴァーリ王が?!」
「ほらな」
 それ見たことかと、ラシオンはスライを見遣った。
「スバクルの者は信じないだろ?」
「美しい人を前にすれば、美しい言葉が出てくる。……リーラは本当に(うるわ)しい女性(ひと)だった」
「そのご寵妃(ちょうひ)の忘れ形見を、なぜあのような冷たい境遇に?カーフが家令に?」
 気色ばむアルテミシアにヴァーリが目を伏せる。
「……それしか、方法がなかった……。レヴィアを処刑させないためには」
「処刑……。レヴィアを?!」
「重臣会議で、ジェライン・セディギアが言い出したのだ」
 ヴァーリが吐き出したため息が、静まり返る部屋に響いた。
「首都大火の原因となった異国の血を引く者など、国へ返すか処刑するかしろ。国難が続くのは、トーラの血を汚したからだと。……当時、流行り病が首都で猛威を振い始めていた。そんな状況下、セディギアに同調する重臣も、ひとりやふたりではなかった」
 苦悶を浮かべたヴァーリの瞳が遠くを見つめる。
「そのなかには、家族を病で亡くした者もいた。誰かを、何かを責めずにいられない気持ちは、わからなくもない。

者に対してならば、非道の主張にも罪悪感は生じにくい」
「ですが!」
 ギードが思わず大声を上げた。
「動物駆除薬の流通を、わざと滞らせたのはセディギアです。なのに、王家にばかり批判が集まって……」
 クローヴァの後ろに控えるダヴィドも悔しげに顔をしかめている。
「セディギアが握る権益を開放し、駆除剤や消毒薬の販売を拡充させるための法が、制定間近だったと伺っております」
「僕が士官学校で倒れたのも同じころだね。目が覚めたときには、北棟で寝かされていた」
 それぞれの話を聞きながら、ジーグはあごに手を添えた。
「利益の独占を失いたくないセディギアが、クローヴァ殿下のお命を握った状態で、レヴィア殿下の処刑を言い出した、ということですか」
 王の間に集う、皆の視線がジーグに集中する。
「レヴィア殿下をアガラムへ帰国させたとしても、アネルマ様と同様、途中で亡き者にする魂胆なのは明白。王子たちのお命を守るため、王は内政改革どころではなくなると見込んだのでしょう。的外れな民からの批判と、重臣たちの無理解。流行り病の鎮静化も図らなければならない。その状況下、よくぞ殿下方のお命をお守りになられました」
「クローヴァは王家への脅迫材料として、生かしておくだろう踏んだ」
 ヴァーリは薄く笑っている。
「レヴィアに関しては勝算があった。ジェラインは自尊心が天よりも高い。”片田舎に押し込めた、

血を引く子供ひとりに何を恐れる。それとも、やはり脅威なのか。半分流れるレーンヴェストの血が”と重臣会議で言ってやって以降、処刑を主張しなくなった。しかし、そこで出してきた条件が、カーフによる監視だ。メテラの様子から、あれが幼子に対しても容赦ない仕打ちをするとわかっていた。だが、頼みのタウザー家に不幸が降りかかり、動かせる手数(てかず)にも制限があった。側近たちは優秀だが、通常の軍務もある。中立の重臣に協力を仰げるほど明確な証拠も得らないまま、……救い出すことができず……」
 長い指を眉間(みけん)に当て、ヴァーリは顔を伏せた。
「カーフを排除しようとすれば、クローヴァの扱いが酷くなった。もちろん、子供たちに真実危機が迫れば、内戦状態になろうとも、奪い返す算段もつけてはいたが」
「申し訳ございません」
 ギードが深く頭を下げる。
「私かダヴィドが、殿下方に供された毒物を入手できていれば……」
「クローヴァ殿下のお食事は、本当に厳しい監視下でなされておりました。お残しになられた料理の欠片(かけら)さえ、残らず回収していった。……腹立たしい」
 歯噛みする勢いでダヴィドがうなった。
「お前たちがいなければ、我が息子たちの命はなかった。カーフのやり方は実に巧妙だ。あれは、ただの家令などではあるまい」
「アバテ家にカーフという者はおりませんでした。念のため、地方に移り住んだ”元アバテ”たちにも聞いて回りましたが、あの風体(ふうてい)の男は知らないと」
 ダヴィドの報告に、ヴァーリが顔を曇らせる。
「アッスグレンの家令になる前の経歴が一切わからない。まるで魍魎(もうりょう)のような男だ。……ジェラインを”兄”と呼んでいたが、あれには庶子も含め、姉妹しかいなかったはずだ」
「逃げ出した魍魎(もうりょう)は、後ほどきっちり

をつけるとして」
 重い沈黙を破るように、アルテミシアが明るい声を上げた。
「トーラ国内には、まだ害虫がはびこっているようですから。この際さっぱりと駆除いたしましょう。竜の炎は、害虫退治には最適です。クローヴァ殿下、レヴィア殿下。どうかご存分に、私をお使いください」
 あまりにいつもどおりのアルテミシアに、レヴィアは思わず笑顔になる。
「虫退治は、皆で一緒にしよう?貴女(あなた)だけに背負わせないって、言っているのに。ミーシャはかっこいいけど、本当に頑固だね。だから、料理も上達しにくいんだよ?人の言うこと、あんまり聞かないから」
「もお、レヴィっ」
「だって、ホロホロ鳥のときも……」
「カリート!レヴィの口をふさげっ」
「え、嫌ですよ、そんな不敬な」
 深刻であったその場は束の間、笑いに包まれた。
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