動き出す心-湯殿事件-
文字数 1,723文字
「ばかー!」
「クズっ、カスっ、スケベ!!」
バゴンっ!
強烈な音を立てて、ヴァイノの頭に木桶 が叩きつけられた。
レヴィアとラシオンがやっと追いついてみれば、湯殿入り口に立つヴァイノの首が、不自然な方向に曲がっている。
「え?」
状況が飲み込めないラシオンの首も曲がったところで、湯殿 の扉が乱暴に閉められた。
「……てぇ~」
横あごを押えながら、足元に転がった桶 を拾おうとヴァイノが体をかがめた、そのとき。
がちゃりと音を立てて、再び扉が開く。
「アルテミシア様っ」
悲鳴のようなアスタの声にヴァイノが顔を上げれば、そこに立っていたのはアルテミシアだ。
「ちょうどよかった」
「はえっ?!」
うねうねと動くナニカを手に持つアルテミシアに、ヴァイノは絶句するしかない。
髪をほどいたアルテミシアは、いつもよりちょっとだけ幼く見えた。
腰の辺りまでありそうな、豊かな紅色 の巻き髪が、体全体を覆 っている。
一瞬、全裸なのかと焦るが、さすがに肩から薄布をかぶっているようだ。
だが、その下はどうやら一糸まとわぬ姿らしい。
意外にメリハリのある体だ。
巻き髪と布が隠しきれずに、こぼれのぞいている胸の双丘がなまめかしい。
銀髪の少年の顏が、瞬く間に火を吹き出すように赤く染まった。
うろたえたて視線を落とせば、形の良い臍 が目に入ってくる。
「うぁっ」
「さっきからどうした、百面相をして。はい、これ」
手渡してきたものを思わず受け取りながら、そのなよやかな肢体 を直接目に入れないように、ヴァイノは努力して目をそらした。
「逃がしてやって」
あまりにあっけらかんとしたその態度に、ヴァイノは頭を抱 えたくなる。
「アスタとメイリは蛇は怖いらしい。可愛いのにな。頼んだぞ」
「ダメですよぉ。何やってるんですかぁ~」
閉められた扉の向こうから、たしなめるメイリの声が聞こえてきた。
「ダメ?なんで?」
「!!」
理解不能な一言に、ヴァイノは大きく口を開けて固まる。
なんでって、なんで?!ナニ言ってんの、あのヒト!
「子犬のような」自分相手だから、やらかしたんだと思ったけれど、そうじゃないのか?
ならば、たとえば相手がラシオンだったとしても、あの恰好で出てきたというのか!
「わっ?!」
急に後ろから肩をつかまれ、動揺しきっていたヴァイノが、たたらを踏んだ。
振り向けば、洞穴のような瞳が自分を見下 ろしている。
「……忘れて」
「む、ムリっ!」
小刻みに首を横に振るヴァイノの鼻から、つっと一筋、血が流れ出した。
「やべっ」
手で鼻を拭 おうとして、握っていた蛇と目が合う。
「うわぁ!へ、ヘビっ!」
放り投げられた蛇が、弓なりに飛んで茂みへと消えていった。
「ヴァイノ、鼻血って……。なに、そんなに刺激的だった?」
必死に笑いを堪 えるラシオンの肩が震えている。
「だって……」
「え、見ちゃった?」
「ちゃ、ちゃんとは、見えてねぇ、けど、そのほうがなんかヤラシ、ぐぇっ!」
なお頬を染めるヴァイノの襟元 をつかみ、レヴィアは静かに拳 を振り上げた。
「殴ったら、忘れるかな」
「なわけあるか!デンカおまえ、ふくちょに、殴るなって、言って、くれた、の……に……」
「いや、デンカ、デンカ。首締まってる。ヴァイノが死ぬ」
慌てて止めに入ったラシオンが、レヴィアの腕をつかむ。
「今のはどっちかってぇと、やらかしたのはお嬢だろう」
「そうだけど……。でも……」
「ヴァイノ、もう忘れたよな?ほら、忘れろ忘れろ」
「うんうんうんうん」
レヴィアから解放されたヴァイノが、からくり人形のように首を振った。
「ぷはっ、ははははは!レヴィア、今の気持ち。それが”ヤキモチ”ってやつだよ。ほら、俺がお嬢と組手して、ふざけたときがあったろ。あんときも、今みたいな気持ちで、俺にマジ蹴 り入れたんじゃねぇか?」
「……あ」
ふざけているだけだとわかっていた。
それでも心に湧き出て消せなかった、あの不安で不快な、ざらついた気持ち。
「今、ヴァイノを殴りたいのと一緒だろ?……よし、問題もねぇみてぇだし、ノゾキの容疑をかけられる前に退散しようぜ」
黙り込んでしまったレヴィアとおろおろするヴァイノの背を軽く押して、ラシオンはその場からの移動を促 した。
「クズっ、カスっ、スケベ!!」
バゴンっ!
強烈な音を立てて、ヴァイノの頭に
レヴィアとラシオンがやっと追いついてみれば、湯殿入り口に立つヴァイノの首が、不自然な方向に曲がっている。
「え?」
状況が飲み込めないラシオンの首も曲がったところで、
「……てぇ~」
横あごを押えながら、足元に転がった
がちゃりと音を立てて、再び扉が開く。
「アルテミシア様っ」
悲鳴のようなアスタの声にヴァイノが顔を上げれば、そこに立っていたのはアルテミシアだ。
「ちょうどよかった」
「はえっ?!」
うねうねと動くナニカを手に持つアルテミシアに、ヴァイノは絶句するしかない。
髪をほどいたアルテミシアは、いつもよりちょっとだけ幼く見えた。
腰の辺りまでありそうな、豊かな
一瞬、全裸なのかと焦るが、さすがに肩から薄布をかぶっているようだ。
だが、その下はどうやら一糸まとわぬ姿らしい。
意外にメリハリのある体だ。
巻き髪と布が隠しきれずに、こぼれのぞいている胸の双丘がなまめかしい。
銀髪の少年の顏が、瞬く間に火を吹き出すように赤く染まった。
うろたえたて視線を落とせば、形の良い
「うぁっ」
「さっきからどうした、百面相をして。はい、これ」
手渡してきたものを思わず受け取りながら、そのなよやかな
「逃がしてやって」
あまりにあっけらかんとしたその態度に、ヴァイノは頭を
「アスタとメイリは蛇は怖いらしい。可愛いのにな。頼んだぞ」
「ダメですよぉ。何やってるんですかぁ~」
閉められた扉の向こうから、たしなめるメイリの声が聞こえてきた。
「ダメ?なんで?」
「!!」
理解不能な一言に、ヴァイノは大きく口を開けて固まる。
なんでって、なんで?!ナニ言ってんの、あのヒト!
「子犬のような」自分相手だから、やらかしたんだと思ったけれど、そうじゃないのか?
ならば、たとえば相手がラシオンだったとしても、あの恰好で出てきたというのか!
「わっ?!」
急に後ろから肩をつかまれ、動揺しきっていたヴァイノが、たたらを踏んだ。
振り向けば、洞穴のような瞳が自分を
「……忘れて」
「む、ムリっ!」
小刻みに首を横に振るヴァイノの鼻から、つっと一筋、血が流れ出した。
「やべっ」
手で鼻を
「うわぁ!へ、ヘビっ!」
放り投げられた蛇が、弓なりに飛んで茂みへと消えていった。
「ヴァイノ、鼻血って……。なに、そんなに刺激的だった?」
必死に笑いを
「だって……」
「え、見ちゃった?」
「ちゃ、ちゃんとは、見えてねぇ、けど、そのほうがなんかヤラシ、ぐぇっ!」
なお頬を染めるヴァイノの
「殴ったら、忘れるかな」
「なわけあるか!デンカおまえ、ふくちょに、殴るなって、言って、くれた、の……に……」
「いや、デンカ、デンカ。首締まってる。ヴァイノが死ぬ」
慌てて止めに入ったラシオンが、レヴィアの腕をつかむ。
「今のはどっちかってぇと、やらかしたのはお嬢だろう」
「そうだけど……。でも……」
「ヴァイノ、もう忘れたよな?ほら、忘れろ忘れろ」
「うんうんうんうん」
レヴィアから解放されたヴァイノが、からくり人形のように首を振った。
「ぷはっ、ははははは!レヴィア、今の気持ち。それが”ヤキモチ”ってやつだよ。ほら、俺がお嬢と組手して、ふざけたときがあったろ。あんときも、今みたいな気持ちで、俺にマジ
「……あ」
ふざけているだけだとわかっていた。
それでも心に湧き出て消せなかった、あの不安で不快な、ざらついた気持ち。
「今、ヴァイノを殴りたいのと一緒だろ?……よし、問題もねぇみてぇだし、ノゾキの容疑をかけられる前に退散しようぜ」
黙り込んでしまったレヴィアとおろおろするヴァイノの背を軽く押して、ラシオンはその場からの移動を