自覚の蕾(つぼみ)

エピソード文字数 3,239文字

 翌日、朝訓練を終えたアルテミシアは、一足先に出ると言って愚連隊を置いて帰ってしまった。
 メイリが疑いのまなざしをヴァイノに向ける。
「珍しいね?アルテミシア様、ヴァイノのこと一度も見なかったみたいだけど。ご機嫌悪くない?」
「いやいや、あれはですね」
 ヴァイノは得意気に胸を張った。
「オレのきょーいくのタマモノですよ」
「え、ヴァイノ~、何よけいなこと言ったわけ?」
 スヴァンの飴色(あめいろ)の瞳が細められる。
「せっかく、最近デンカとイイ感じなのに。これで(こじ)れたら、アスタ怒るぞ」
「ねーからねーから。もう帰ったら、デンカとあっつあつだから」
「これ以上公然といちゃつかれるのも困るけどね?それに」
 メイリがふっと考え込む。
「あんまり()かすのも、どうかなぁ」
「えぇ~。何で?」
 メイリは不満を浮かべる瑠璃(るり)色の瞳を、まじまじと見上げた。こうしてすぐ隣に立つと、ヴァイノはずいぶん背が伸びたなと、ふと思う。
「アルテミシア様って、色恋に関しては五歳児並みって感じでしょう?異性がいても、裸ん坊で水遊びしちゃう、みたいなところ、あるじゃない?」
 メイリの言葉に「湯殿事件」を思い出したヴァイノの顔が、真っ赤に燃え上がった。
「は、裸!…メイリぃ~」
 ヴァイノは手のひらで鼻を押えている。
 彼が何を思い出したのかを察したメイリは、吹き出しながらも続けた。
「ちっちゃい子に向かって、恋ってあーだよ、こーだよって教えても、心が受け止めきれないこともあるんじゃないかって」
「あー、そっか」
 ヴァイノは素直に反省する。
 昨夜(ゆうべ)はちょっと、ぐいぐい行き過ぎただろうか。
 アルテミシアの今日の態度は照れているのではなくて、混乱しているせいかもしれない。
 だが、やってしまったものは仕方がない。
「ま、んじゃちょっとこれで様子見だな」
「そうね。アスタの“お色気衣装作戦”も、いったん中止にしたみたいだしね」
「えー、何その“お色気”って」
「昨日、アスタがアルテミシア様に着せた服が、すんごかったのよ。胸なんか半分見えちゃう感じ。デンカなんて、一目見て固まってたよ」
「あのきょにゅーじゃあなぁ。デンカ鼻血出してなかった?」
「ヴァイノじゃあるまいし。また殴られるよ」
「俺が怪我人相手で大変だったってときに、そんな楽しそうなことを?!」
「夕方オレんとこ来たときは、軍服だったぜ」
「さすがに着替えてから行ったんだね。よっぽど

ヤだったんだ」
 愚連隊はにぎやかに帰路についた。
 
 レヴィアは夕方までにと言っていたが、少し早めにロシュを連れ出してやろう。
 そう思ったアルテミシアはカーヤイ領から帰ると、そのまま竜舎へと向かった。
 軍服を着ているアルテミシアを目にするなり、ロシュはまるで雛鳥(ひなどり)のころのように、甘え鳴きをして迎えた。
「いい子ね。アルバスのことは、後でレヴィが怒ってくれるわ。だから機嫌を直して」
 ディアムド語で話しかけながら、アルテミシアはロシュの(ほほ)を優しくなでる。
「随分待たせてしまったわね。ごめんなさい」
 ロシュの頑丈な首を、アルテミシアはぎゅっと抱きしめた。
「クルゥ、クルゥ」
 絶えず鳴きながら、ロシュはその(くちばし)をアルテミシアの頭に(こす)りつける。
「機嫌が直ったのなら、レヴィと遠乗りに行きましょう。どう?」
「クルルルーっ」
 巻き羽の冠羽を広げて、ロシュは嬉しそうに一声、大きく鳴いた。
 
 手綱(たづな)をとってロシュと歩きながら、途中アルバスの竜房の前で、アルテミシアは足を止めた。
「アルバス」
「クるっ」
 アルバスは()ねた鳴き声を上げ、その美しい首をふいと背ける。
「レヴィの手が空かないのは、アルバスが地上に縛られているのは、私のせいだわ。ごめんなさいね。お前に命を助けてもらったというのに」
 アルバスが顔を戻し、済まなそうに、アルテミシアの前に首を垂れた。 
 青藍の美しい竜の頭に、アルテミシアがそっと手を置く。
「飛べなくてつまらなかったわね。でも、それをロシュに当たるのは、いけないことよ。飛ぶアルバスは素晴らしい。火を噴くロシュも素晴らしい。あなたたちは、私の自慢の仔よ」
 アルバスがロシュに向かって、そろそろと首を伸ばした。
 ロシュの緑目がぱちぱちと瞬き、その頑丈な(くちばし)が、アルバスの(くちばし)にカツン、と軽くぶつけられる。
「クるぅっ」
「クルル」
 二頭が短く鳴き合う。
 アルテミシアはその様子に表情を和らげ、うなずいた。
「ロシュもアルバスもいい子ね。ではアルバス、今日お前はお留守番よ。ロシュに意地悪を言ったお仕置き」
「くるるるるる…」
 しおたれる青竜の(くちばし)を両手で(はさ)み、アルテミシアは額を寄せる。
「でも次は必ずよ。一緒に遠乗りに行きましょうね、美しいアルバス。争いのない空を、レヴィと一緒に飛びましょう」
 アルバスの頬羽を二、三度指で()き、アルテミシアは竜舎を後にした。

 もうすぐ公道に出て、療養所の入り口が見えてくるという場所で、アルテミシアは歩みを止めた。
 向かう先が何やら騒がしい。
 華やかににぎわう、ご令嬢方の姿が見えた。
 相当な数の少女たちが、背の高い少年の周りを何重にも取り囲んでいる。
 それぞれ気合の入ったその装いは、アスタが選んでくれた衣装の比ではなかった。
「レヴィア様!これは私の領地で採れる薬草です。スバクルの固有種で、大変珍しいものなんですよ。でもレヴィア様ほど優れた医薬師の方になら、ぜひ使っていただきたいと父が」
「この間処方していただいた薬茶が、とても良く効きました。お礼にもなりませんが、これを」
 風に乗って届く黄色い声は口々にレヴィアに感謝を捧げ、()(たた)えている。
 
 その光景を見ているうちに、まだ寝床から出られないころに聞いた、嬉しそうなジーグの報告を思い出した。
「レヴィアの医薬術の腕は、やはり大したものです。アガラム医薬師とともに調合した薬が、スバクルの風土病に良く効くとか。レヴィアに診てもらいたいと、人々の列ができるほどですよ」
 それを聞いたときには、本当に嬉しかった。
 レヴィアの実力を皆が認めてくれた。たくさんの人々が、レヴィアを必要としてくれている。
 あの(おび)え震えていた、小さな可愛い子はもういない。
 国と国をつなぎ、その要として信を集める、立派な王子となったのだ。とても喜ばしく誇らしい、…はずだ。
 それなのに。

「レヴィア様!先日は我が領地へのご訪問、ありがとうございました」
 艶やかな黒髪を美しく結った少女が、レヴィアに小さな花束を差し出した。レヴィアが微笑みながら挨拶を返し、その花束を受け取っている。
 アルテミシアの胸がずきん、と痛んだ。
(…何だ、これ…)
 アルテミシアは軍服の胸の辺りを握り締める。
 ご令嬢の領地へレヴィアが行ったからといって、何だというのだ。ただの仕事だ。自分だって先日、ベイツェナの惣領(そうりょう)息子に誘われたではないか。レヴィアの許可さえ出ていたら、行っていたかもしれない。それと同じだ。
「えぇ、ずるいぃ!レヴィア様、次は私の屋敷に、ぜひおいで下さい」
 可愛らしい顔立ちをした少女が、レヴィアの(そで)を引っ張っている。
「私はレヴィア様の竜を拝見したいです!それは美しい青竜だと伺っております」
 別の少女がレヴィアにねだった途端(とたん)
「私も見たいです!」
「竜で空を飛ぶお姿をぜひ!」
「素敵!」
 レヴィアを取り囲んでいた少女たちが、口々にはしゃぎ始めた。
「…竜は、見世物じゃないぞ…」
 アルテミシアはトーラ語でつぶやき、華やかにさざめく少女たちに背中を向けた。
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