出会いの日-2-
文字数 2,802文字
ヴァイノの謝罪を聞いたとたんに、 旅装束 から殺気が消え去った。
「よし、ちゃんと謝れたな。では、これからは出入り自由でいいぞ。……それでいいのか?レヴィ」
「うん、いいよ。ミ……」
アルテミシアの名前を皆の前で呼ぶなと、ジーグから釘 を刺されていたことを思い出したレヴィアは、息を吸い込むようにして口を閉じる。
「……きみが、許すなら」
「貴方 がそう言うのなら」
ひとつうなずいた旅装束 が腰に手を当て、斜交 いにジーグを見上げた。
「それで?ジーグ。この状況を説明してくれるか」
「人を集めると申し上げておいたでしょう。私が知るなかでも、群を抜く腕を持つ者たちです」
「まあ、確かに。……リズワン、久しぶり」
旅装束 の懐かしそうな声に、涼 やかなリズワンの笑みが返される。
「元気そうで何よりだ。ジグワルドから聞いているぞ。武芸の腕がまた上がったそうだな。……弓は、相変わらずらしいが……」
横を向いて笑いを堪 えるリズワンに、旅装束 の目が細くなった。
「ジーグ」
「私は、事実しか申しておりません」
「ああそうか。ふぅん。今日の食事当番は、私に任せてもらおうか」
ジーグは優雅な礼を取りながら、レヴィアに頭を下げる。
「殿下、どうか貴方 の下僕をお止めください。屋敷が吹き飛んでしまいます。奥庭の小屋では到底、この人数を収容しきれません」
「うん、そうだね。ちょっと狭いね」
レヴィアは肩を震わせて笑いながら、旅装束 の袖 を引っ張った。
「また一緒に、料理しようね。でも、今は夕食の仕度 をする暇なんて、ないでしょう?」
「……はぁ、それもそうだな……。ジーグ、話はまたあとで、
ジーグをひとにらみしてから歩きだそうとして、旅装束はふとレヴィアを見上げる。
痛々しい額の傷にそっと指を伸ばすその瞳が、心配を浮かべていた。
「大丈夫。もう、痛くないよ」
「本当に?」
旅装束 がぎゅっとレヴィアの指先を握る。
「うん、本当」
「我慢はするなよ」
「うん、しないよ」
「ならいい。また、あとでな」
レヴィアの腕をなぐさめるようになでてから、旅装束 は食堂を出ていった。
そんな親密そうなふたりを見守るスライの目に、また光るものが浮かんでいる。
そして、その口元には、セバスの店での悲壮さが嘘だったかのように、朗らかな笑みが浮かんでいた。
レヴィアがこの国の第二王子なのだとジーグから聞かされた少年たちは、さすがに畏 まって身を縮める。
とくにヴァイノは、傍 からわかるほどに青ざめきっていた。
「オレってばヤベェ、捕まる?」
「なら、とっくにジーグさんにぶった切られてるよ」
「怖いもの知らずも、ここまでくると、ただのバカだよね」
「馬鹿は前からだけど」
「んだとっ」
コソコソと言い争う少年たちをニコニコして眺めながら、レヴィアは申し訳なさそうに頭を下げる。
「えっと、こんな見た目だから、トーラの人には不快、かな。……ごめんね」
「ちがっ!フカイとか、そんな、別にっ」
思わず立ち上がったヴァイノは、オロオロしながら目を伏せる。
「……本気でオマエをどうこう思ったんじゃねぇよ。……外道 とか言って、石、投げて。……こっちこそ、ホントごめんな」
使用人が誰一人いない大きな屋敷。
こんな田舎にいる、ちっとも王子らしくない第二王子。
「異国人」の自分の容姿を謝るこの王子は、これまでどんな扱いをされてきたんだろう。
なんとなくそれが想像できてしまって、ヴァイノの胸が痛んだ。
浮浪児の自分たちは、はっきり言えば街の邪魔モノ。
それはわかっていた。
見ず知らずの大人に、いきなりツバを吐きかけられたこともある。
そのとき向けられた、蔑 んだ目つきを忘れることはできない。
同じトーラ人であるはずの、きちんとした身なりの大人から受けた、ゴミのような扱い。
「今までさ、オレたちに親切にするヤツなんて、いなかったからさ」
仲間の少年たちも居心地悪そうに押し黙っている。
「だから、なんか、だまされてんじゃねーかって、思って……」
「気にしてないよ、大丈夫。この姿は、母さまからいただいたものだから。大事にしようって、思ってるし。ねえ、ヴァイノ?」
のどやかな声にヴァイノが目を上げると、黒目がちの大きな瞳が、わくわくした様子で自分を見ていた。
「もし、嫌ではないのなら、ここを手伝ってくれないかな。フロラは、どう?」
「お仕事したら、もう、危ないこと、しなくていいね!隠れなくても、いいんだね!」
金髪の少女の、どこかほっとした笑顔に見上げられて、ヴァイノの眉毛が下がる。
「えっと、殿下!」
突然、麦わら色の髪をしたスヴァンが立ち上がり、見よう見まねの礼をとった。
「俺たちを雇ってください!俺、スヴァンっていいます!」
「あたしも働きます!メイリですっ」
「私はアスタと申します。何でもやります」
少女ふたりも次々と立ち上がり、同じように胸に手を当てる。
「ここで働くことに異議はないんだな」
ジーグが少年たちを見回した。
「それならば居所 を教えよう。……もう、わかっているだろうがな」
「ジーグさんって、殿下の家臣なんですか?さっき下僕って言ってたけど、あなたほどの人が?あ、僕はトーレです。よろしくお願いいたします」
勧められた椅子 にも座らず、立ったままでいる少年が冷静に頭を下げた。
仲間内では年長のようだが、それでも”少年”と言われる年だろうに。
トーレの青鈍色 の瞳には、やけに老成した陰がある。
「ジーグは、僕の師匠、だよ」
レヴィアが嬉しそうな微笑みをトーレに向けた。
「知識も剣術も、何でも教えてくれる、僕に世界を見せてくれる、大切な師匠なんだ」
「……なるほど。お嬢は正しいな。”レヴィアは可愛い”じゃないか」
「あのさ、お嬢って言うけどさ。それ、さっきの喧嘩 っ早そうな奴のことじゃねぇよな」
ラシオンはジレジレと迫るが、壁にもたれて腕を組むリズワンはニヤリと笑い返すばかり。
「で、お前はどうする。レヴィア殿下の隊に加わるのか」
「トーラの殿下、なぁ。……トーラ国のなぁ。ま、嫌な奴じゃあなさそうだし、報酬もいい。でも、まだ子供なんだな。いくつだっけ」
「十五になられます」
満面の笑みを浮かべているスライが、すかさず答えた。
「十五、か。……愚連隊連中と同じくらいか」
少年たちを見やるラシオンから、独り言のようなつぶやきが漏れる。
「よし、そうと決まれば」
ジーグが指を鳴らし、騒いでいる愚連隊の注目を自分に向けさせた。
「リズワン、女性陣を頼む。着替えや、そのほか日常生活に必要なものを調 えててやってくれ。ラシオンは男連中を頼んだ。私はその間、皆の部屋を用意しておこう」
「やった!」
もう逃げることもなく。
一日中、寝床を探して街中をさまようこともなく。
この屋敷で、仲間と一緒に暮らすことができる。
やっと実感できた愚連隊から、盛大な歓声が上がった。
「よし、ちゃんと謝れたな。では、これからは出入り自由でいいぞ。……それでいいのか?レヴィ」
「うん、いいよ。ミ……」
アルテミシアの名前を皆の前で呼ぶなと、ジーグから
「……きみが、許すなら」
「
ひとつうなずいた
「それで?ジーグ。この状況を説明してくれるか」
「人を集めると申し上げておいたでしょう。私が知るなかでも、群を抜く腕を持つ者たちです」
「まあ、確かに。……リズワン、久しぶり」
「元気そうで何よりだ。ジグワルドから聞いているぞ。武芸の腕がまた上がったそうだな。……弓は、相変わらずらしいが……」
横を向いて笑いを
「ジーグ」
「私は、事実しか申しておりません」
「ああそうか。ふぅん。今日の食事当番は、私に任せてもらおうか」
ジーグは優雅な礼を取りながら、レヴィアに頭を下げる。
「殿下、どうか
「うん、そうだね。ちょっと狭いね」
レヴィアは肩を震わせて笑いながら、
「また一緒に、料理しようね。でも、今は夕食の
「……はぁ、それもそうだな……。ジーグ、話はまたあとで、
ゆっくり
聞かせてもらうからな」ジーグをひとにらみしてから歩きだそうとして、旅装束はふとレヴィアを見上げる。
痛々しい額の傷にそっと指を伸ばすその瞳が、心配を浮かべていた。
「大丈夫。もう、痛くないよ」
「本当に?」
「うん、本当」
「我慢はするなよ」
「うん、しないよ」
「ならいい。また、あとでな」
レヴィアの腕をなぐさめるようになでてから、
そんな親密そうなふたりを見守るスライの目に、また光るものが浮かんでいる。
そして、その口元には、セバスの店での悲壮さが嘘だったかのように、朗らかな笑みが浮かんでいた。
レヴィアがこの国の第二王子なのだとジーグから聞かされた少年たちは、さすがに
とくにヴァイノは、
「オレってばヤベェ、捕まる?」
「なら、とっくにジーグさんにぶった切られてるよ」
「怖いもの知らずも、ここまでくると、ただのバカだよね」
「馬鹿は前からだけど」
「んだとっ」
コソコソと言い争う少年たちをニコニコして眺めながら、レヴィアは申し訳なさそうに頭を下げる。
「えっと、こんな見た目だから、トーラの人には不快、かな。……ごめんね」
「ちがっ!フカイとか、そんな、別にっ」
思わず立ち上がったヴァイノは、オロオロしながら目を伏せる。
「……本気でオマエをどうこう思ったんじゃねぇよ。……
使用人が誰一人いない大きな屋敷。
こんな田舎にいる、ちっとも王子らしくない第二王子。
「異国人」の自分の容姿を謝るこの王子は、これまでどんな扱いをされてきたんだろう。
なんとなくそれが想像できてしまって、ヴァイノの胸が痛んだ。
浮浪児の自分たちは、はっきり言えば街の邪魔モノ。
それはわかっていた。
見ず知らずの大人に、いきなりツバを吐きかけられたこともある。
そのとき向けられた、
同じトーラ人であるはずの、きちんとした身なりの大人から受けた、ゴミのような扱い。
「今までさ、オレたちに親切にするヤツなんて、いなかったからさ」
仲間の少年たちも居心地悪そうに押し黙っている。
「だから、なんか、だまされてんじゃねーかって、思って……」
「気にしてないよ、大丈夫。この姿は、母さまからいただいたものだから。大事にしようって、思ってるし。ねえ、ヴァイノ?」
のどやかな声にヴァイノが目を上げると、黒目がちの大きな瞳が、わくわくした様子で自分を見ていた。
「もし、嫌ではないのなら、ここを手伝ってくれないかな。フロラは、どう?」
「お仕事したら、もう、危ないこと、しなくていいね!隠れなくても、いいんだね!」
金髪の少女の、どこかほっとした笑顔に見上げられて、ヴァイノの眉毛が下がる。
「えっと、殿下!」
突然、麦わら色の髪をしたスヴァンが立ち上がり、見よう見まねの礼をとった。
「俺たちを雇ってください!俺、スヴァンっていいます!」
「あたしも働きます!メイリですっ」
「私はアスタと申します。何でもやります」
少女ふたりも次々と立ち上がり、同じように胸に手を当てる。
「ここで働くことに異議はないんだな」
ジーグが少年たちを見回した。
「それならば
条件
が整った。私の「ジーグさんって、殿下の家臣なんですか?さっき下僕って言ってたけど、あなたほどの人が?あ、僕はトーレです。よろしくお願いいたします」
勧められた
仲間内では年長のようだが、それでも”少年”と言われる年だろうに。
トーレの
「ジーグは、僕の師匠、だよ」
レヴィアが嬉しそうな微笑みをトーレに向けた。
「知識も剣術も、何でも教えてくれる、僕に世界を見せてくれる、大切な師匠なんだ」
「……なるほど。お嬢は正しいな。”レヴィアは可愛い”じゃないか」
「あのさ、お嬢って言うけどさ。それ、さっきの
ラシオンはジレジレと迫るが、壁にもたれて腕を組むリズワンはニヤリと笑い返すばかり。
「で、お前はどうする。レヴィア殿下の隊に加わるのか」
「トーラの殿下、なぁ。……トーラ国のなぁ。ま、嫌な奴じゃあなさそうだし、報酬もいい。でも、まだ子供なんだな。いくつだっけ」
「十五になられます」
満面の笑みを浮かべているスライが、すかさず答えた。
「十五、か。……愚連隊連中と同じくらいか」
少年たちを見やるラシオンから、独り言のようなつぶやきが漏れる。
「よし、そうと決まれば」
ジーグが指を鳴らし、騒いでいる愚連隊の注目を自分に向けさせた。
「リズワン、女性陣を頼む。着替えや、そのほか日常生活に必要なものを
「やった!」
もう逃げることもなく。
一日中、寝床を探して街中をさまようこともなく。
この屋敷で、仲間と一緒に暮らすことができる。
やっと実感できた愚連隊から、盛大な歓声が上がった。