開かれる扉‐1‐

文字数 1,476文字

 長い冬も半ば。
 外は昼も夜も、間断(かんだん)なく雪が降りしきっている。
 小屋も畑もすっぽりと雪に覆われ、北限都市トレキバは、一年中で今が一番厳しい季節だ。
 
 相変わらず、レヴィアはアルテミシアたちと小屋で寝起きをともにしている。
「僕、使用人とか、いらないし」
「王子たる方がですか?」
 ジーグから仰々しい礼をとられたレヴィアが、むっと唇に力を入れた。
「ジーグは、師匠。そういうのなしって、お願いしたよ?」
「王子の仰せのままに」
 同じような礼をとるアルテミシアに、レヴィアは半眼になる。
「ふぅん?ミーシャは、コケモモの焼き菓子、いらないんだね」
「ええっ、ごめん、レヴィ。いる、いるったら!」
 慌てて袖を引っ張られたレヴィアは、思わず小さく吹き出した。
「ふふっ。なら、お茶にしようか。いい?ジーグ」
「まあ、頃合いか。少し休憩にしよう」
 本を閉じて、作業机を片付け始めたジーグが、じろりとアルテミシアをにらむ。
「リズィエ、手伝いは禁止ですよ」
「大丈夫、もう学んだから。茶葉は少なくていいんだな」
「えっと、あの、座って待ってて?ミーシャ」
 レヴィアは慌ててフルフルと首を横に振った。

 朝食後のこと。
「お茶を()れるんだよな。手伝う」
「リズィエ」
「えと、ジーグ、お湯は、僕が沸かすから。ミーシャは、茶葉を量ってくれる?」 
 そのくらいなら大丈夫だろうと、アルテミシアをかばったレヴィアだったが。
「ミーシャ、そんなに盛ったら、(はかり)からこぼれ、」
「え?わぁ!」
 雑に傾けられた容器から大量の茶葉があふれ、床に降り積もる大惨事となったのだ。

「し、師匠は、休んでいてください」 
 アルテミシアの肩に両手を置いて、立ち上がるのを阻止するレヴィアにアルテミシアはくすりと笑う。
「……レヴィがそう言うのなら」

(あれほど触れるのを怖がっていたのに……)

「だいぶ慣れましたね」
「そうだな。例の課題も、改善しつつあるんじゃないか」
 いそいそと水場へ向かうレヴィアの背中を見守りながら、ふたりの師匠は小声を交わし合った。

「良い人材は良い(あるじ)のもとに集まる。まず、(あるじ)の器を磨かなければな」
 その言葉どおり、レヴィアはジーグとアルテミシアから、温かくも厳しい指導を受けている。
 そうしたなかで、特にジーグが気になったのは、レヴィアの意思疎通力の未熟さだった。
 聞かれれば答えるが、自分から感情や希望を伝えることは少ない。
 この世で一番、自分に興味がないレヴィアに胸が切なくなる。
 好ましいこの少年に世界を知ってほしい。
 未来を望んでほしい。

 ジーグは座学の合間に、自分の見聞きした大陸各国の風景や出来事などを面白おかしく、毎日のように聞かせた。

 作業机に置かれた茶碗に、鮮やかな赤褐色の茶が注がれていく。
「わぁ、この発酵茶、レヴィの焼き菓子によく合うんだよなぁ」
 少し乱暴なトーラ語には似つかわしくない優美な仕草で、アルテミシアが焼き菓子を摘まんで、一口かじった。
「言葉遣いが悪いですよ、リズィエ」
 ジーグはたしなめるが、アルテミシアは目を合わせようともしない。
「”品位を汚します”」
「”品位?また、おかしなことを”」
 冷笑とともにディアムド語を返したアルテミシアが、上品に首を傾ける。
「”そのようなものは放擲(ほうてき)いたしました。ここで新たに生きる。そう決めたのです。お前も、それを扶翼(ふよく)すると言ってくれたのではなくて?”」
「え、えっと……」
「ああ、悪い。聞き取りにくかったか?つまりな、品位なんかクソくらえだって、」
「リズィエ!」
 ジーグから叱られたアルテミシアは、レヴィアに向かってぺろりと舌を出してみせた。
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