愚連隊の活躍

エピソード文字数 4,900文字

 王宮厨房内は戦闘状態だった。
 料理人たちや給仕人たちが入れ代わり立ち代り、体がぶつかり合わないのが不思議なくらい、脇目も振らずに働いている。
 その中で一人。
 体格の良い給仕姿の男が、周囲をうかがいながらその場を抜け出し、厨房から外に出る裏口の戸を押し開けた。
 そこには()せぎすの商人風情の男がうっそりと立っている。
「ご苦労」
「確かに」
 商人から紙包みを受け取った給仕人が、深く頭を下げながら受け取った。
「ぬかるなよ。これでしくじればアッスグレンの未来はない。完全に取り潰される」
 ねっとりとした忠告に太い首がうなずく。
「心得てございます」
 剣ダコのある大きな手の中に紙包みが隠された。
 商人はひとつ浅くうなずくと、あっという間に茂みの向こうへと消えていき、同時に給仕姿のごつい背中が厨房へと戻った。
 木箱の陰に身を潜めていたカリートは、ごつい男のすぐ後を追って何食わぬ顔をして王宮厨房へと紛れ込んだ。
 厨房に戻った体格の良い給仕が、近くにいた若い料理人へ声を掛けている。
「王子たちへの饗膳(きょうぜん)は完成したか?」
「え?!…さっき料理長がもうすぐだって、…ほら!」
 包丁を動かす手は止めずに、料理人が(あご)で料理長を指し示すのと同時に、料理長の声が厨房に響いた。
「仕上がったぞ!持って行け!」
 屈強なごつい片腕がにゅっと伸ばされ、料理長から料理を受け取った。そして厚い胸元に隠すように皿を寄せ、さり気なくもう片方の手をその上にかざす。
 にやりと笑うごつい給仕人が厨房を出ようとしたとき。
 大勢の人影に紛れていた小柄な給仕が、その皿を横から奪った。
「王子への料理!受け取りました!」
 張り上げられた若い声に、料理長が思わず振り返る。そして金髪の給仕と目が合うと力強くうなずいた。
「頼んだぞ!…ん?」
 呆気にとられて棒立ちになっている体格の良い男に、料理長の目がとまった。
「何ぼうっとしてるんだ!お前はこっちを頼む!」
 次に仕上げられた皿がごつい給仕にに差し出される。
 金髪の給仕はその(すき)に、厨房を素早く後にした。
「あ、おい待てっ!」
 ごつごつした手が金髪の給仕の肩をつかもうとしたとき、料理長の厳しい声が飛んだ。
「何やってる!時間がないぞ!お前はこっちだと言っているだろう!」
 広い肩が思わずたじろぎ、料理長をちらりと振り返った。
 料理長は戻り皿を運ぶよう、重ねて身振りで示している。
「ぐずぐずするな!」
 繰り返される有無を言わせない厳しい指示に、給仕は慌てて皿をひっつかむと、とっくに姿を消した若い給仕を追った。

 人目につかないよう身を隠しながら、全速力でヴァイノは走る。途中、今日ばかりはトーラの軍服に身を包んで城外警備に立つリズワンとすれ違いざま、「来た」とだけつぶやいた。
 リズワンは(まゆ)ひとつ動かさずに城内に入っていった。
 ヴァイノは開け放たれている入口のひとつに素早く身を滑らせ、巡回警備のふりをしながら、そこここで働いている仲間たちに親指を立てた合図を送る。
 新しい食器類を運んでいたメイリがうなずく。
 通気のために窓を開けていたトーレがうなずく。
 庭で空いた皿を片付けていたアスタがうなずく。
 花瓶に生けられた花を整えていたスヴァンがうなずく。
 そして最後。
 広間を遠く見渡せる備品庫にするりと忍び込み、中で待っていたスライと合流した。
「あいつが来たよ、スライさん」
「いよいよですね。…立派なご活躍でした」
 柔和に笑うスライに、ヴァイノは照れた表情を見せる。
「カリート、大丈夫かな。オレのほうが緊張してきた」
「ええ、きっと。ご才能があるうえ、ジーグ殿とヴァイノ殿がご指導されたのです。タウザー家ご当主は、見事やり遂げられますよ」
 太鼓判を押すスライに、ヴァイノも大きく首を縦に振った。

 後方に気を配りながら、カリートは料理長自慢の一品、トーラ産の色鮮やかな野菜を使用した饗膳を運ぶ。
 あのごつい給仕人が追いついてくる前に広間に入らなければ。
「ぐずぐずするな!」
 厳しい料理長の声が後方から聞こえてくる。
 滑るような足取りで急ぐ行く先に、開け放たれた広間の扉が見えてきた。
 半ば飛び込むように、カリートは貴族たちががひしめき合う広間に足を踏み入れる。
 そして素早く隅々に目を配り、セディギア家を出てから身を寄せた離宮で出会った仲間たちの姿を探した。
 大丈夫。全員、フリーダ隊長の指示通りの場所に控えている。
 
 メイリ、アスタ、トーレ、スヴァンが飛び込んできたカリートの姿を認めた。
 互いに目配せをして、小さな合図を送り合った。
 カリートがひとつ深呼吸をして、声を張り上げた。
「料理長から勇敢なる王子たちへ!腕を振るった饗膳(きょうぜん)をお持ちいたしました!」
 広間中に見せつけるような動作で(おお)いを外して皿を掲げると、その見事な料理に感嘆の声がそこここで上がった。
「お代わりはいかがですか?」
「甘味をお持ちいたしましょうか?」
 特別料理にも興味を持たず、おしゃべりに余念がない貴族たちには少年たちが声を掛けた。
「あちらにございますので」
 トーレが貴族令嬢に魅力的に微笑む。
 王宮給仕服がよく似合う、青鈍(あおにび)色の瞳をした紳士のような若い給仕に(ほほ)を上気させ、令嬢はトーレが指し示すほうに顔を向けた。
 水槽(すいそう)を中心として、半円状に並べられた飾り台の上には豪華で色鮮やかな料理が並んでいる。
「私が取って参りましょう。果物などはいかがですか?お嬢様」
「お願いするわ」
 令嬢は優雅にうなずき、飾り台へ向かうトーレの背中を目で追い続けた。
 メイリもアスタも、それぞれが来賓(らいひん)たちの注意を飾り台のほうへと向けさせる。
「かしこまりました。お飲物ですね!」
 はきはきと返事をしたスヴァンが小走りになった。
「まあ、気をつけて。急がなくてもよいのよ」
 気遣(きづか)わしげな上品な声にスヴァンは満面の笑顔で振り返り、略式の礼を返した。飲み物を頼んだ貴婦人は、その元気な姿を微笑んで見送る。
 無邪気を装いながら、飾り台へ向かうスヴァンの動悸は早まっていった。
(カリートは…。あそこか)
 事前に何度も練習した飾り台までの動き。それを頭の中でもう一度描(えが)き直す。
(よし、こっちに来るな)
 カリートがスヴァンの姿を目の端でとらえながら、王子たちの元へと向かう。
「あ!」
「ああっ!」
 水槽(すいそう)の前で、皿を運ぶカリートと飲み物を取ろうとしたスヴァンがぶつかり合った。
「ああ!お料理がっ!」
 飾り台付近にいたアスタとメイリが悲鳴を上げる。
 カリートの手の中の皿が宙を舞い、水槽(すいそう)へ向かって飛んでいく。
 だが水槽(すいそう)の手前でその速度が落ち始めた。
(…しまったっ…!)
 カリートとスヴァンが青ざめる。
 そのとき、空中の料理を受け止め(そこ)ねた振りをしたトーレの長い腕が、水槽(すいそう)に向かって皿をはたき込んだ。
 じゃぼっ!
 皿が音を立てて水中に沈み込んでいく。
 広間中の貴族たちが見守る中、澄んだ水の中に色とりどりの野菜が散らばり、そして…。
 突然、川魚たちが苦しみもがくように暴れだした。
「魚がっ!」
 アスタが水槽(すいそう)を指差して大袈裟(おおげさ)に驚く。
 水面が激しく波立ち、水が泡立っている。
 しばらくのち、魚たちはその動きをぴたりと止めると次々に腹を上にして浮かび上がっていった。
「浮いてきた?!死んでしまったわっ!どうして!!」
 メイリも動揺した金切声を上げる。
「毒だ!」
 スヴァンがひときわ大きな声を張った。
「料理に毒が入っていたんだ!…お前が入れたのかっ!」
 スヴァンがカリートに詰め寄る。
「違います!」
 カリートは大きく首を横に振った。
「私は料理長のご指示で、饗膳(きょうぜん)を持って来ただけです!」
 広間に動揺したざわめきが広がっていく。
「まあ、料理長が?」
「そんなはずはない。ここの料理長は、ヴァーリ様が直接お召しになった人物だ」
 動揺が広がるただ中、ごつい給仕人が小走りで広間に入ってきた。客たちの間から身を乗り出して、忌々しそうな顔で辺りを見回している。
 カリートは大きな身振りでその男を指差した。
「そういえば!!私が運ぶ前、あの人が!料理長から皿を受け取っていました!」
 貴族たちの注目が一斉に、カリートの差すほうへと向けられた。
「あの人が?!」
「王子の料理に?」
「何を入れたの?!」
 スヴァン、そしてアスタとメイリが間髪入れずに次々と叫ぶ。
「な、何だ…?」
 遠く近く。多くの不審な目を向けられ、ごつい給仕人が後ずさった。
「その男を調べろ!」
 クローヴァの厳しい声が飛び、控えていた警備兵士が素早く走り出した。
「くそっ!」
 手に持っていた皿を投げ捨て、ごつい給仕人が身を(ひるがえ)した、そこには。
 いつの間に忍び寄られていたのだろう。切れ長の冷たい目をした女性兵士が短剣を構え、行く手を(はば)んでいた。
「な…、あ…」
 ごつい男の目が見開かれる。
 走り寄った兵士が給仕姿に縄を討った。
「身体を改めろ」
 クローヴァに命じられ、警備兵が縛り上げた給仕服を隅々まで確認をする。
「クローヴァ殿下」
 兵士が探し当てた小袋を受け取ったクローヴァは、それをレヴィアに手渡した。
「これが何かわかる?」
 レヴィアは小袋を手に取り、逆さまにして振ってみる。わずかに散らばった粉を、ほんの少し舐めてみたレヴィアの顔が歪んだ。
「…ん!」
 慌てて(ふところ)から取り出した布で、レヴィアは舌先を何度も(ぬぐ)う。
 スヴァンが急いで水と小鉢を持って走り寄った。
「大事ないか?…中身は何か」
 ヴァーリから声を掛けられ、口を(すす)ぎ終わったレヴィアは顔をしかめたまま答えた。
帽子草(ぼうしそう)、だと思います。苦くて、舌が(しび)れました。微量で強心薬にもなりますが、この量では、死に至ります。魚…可哀想に…」
 ヴァーリは縛られた給仕人を冷徹の瞳で見下ろす。
「誰に命じられた。帽子草は高価だ。お前に手渡した者がいるだろう」
 平坦な王の声に、縄討たれた男はきつく唇を引き結ぶ。
「すぐには言わぬか。まあよい。よし、牢に入れておけ。…言い逃れは許さぬ」
 警備兵に命じながら、ヴァーリの底冷えする瞳はそらされることはない。
 給仕に化けた男の膝が震え崩れていった。

 食料庫に、アスタとメイリの悲鳴が届いた。
「お、始まったな。…へぇ、あの二人、上手くやってんじゃん」
 にやっと笑うヴァイノにうなずきながら、スライが備品庫の扉を薄く開けた。
「!あれは…?ヴァイノ殿っ!」
 スライの張り詰めた(ささや)きに、ヴァイノも急いで扉の隙間(すきま)から外を確認する。
「あ、あいつ!…こっちに来ないと思ったら…」
 皆が少年たちの芝居に目を奪われている広間から、こっそりと庭園に入り込む人影が見えた。カリートに覚え込まされた、肩から首への(ゆが)みの特徴。
「…もう一人、いや、二人?」
 スライがつぶやく。
 庭園の植え込みに、密やかに隠れた背の高い男の影が見えた。顔までは確認できないものの、美しい亜麻色の髪が目を引く。そしてその隣にはもう一人。
「さすがに向こうも手数は用意しましたか…」
 スライが用心深く観察していると、背中に(ゆが)みを持つ男が、もう一人の男に何かを手渡したのが確認できた。
「何だ、あれ。行こう、スライさんっ!」
「気づかれずに庭園へ行くには迂回(うかい)が必要です。私では間に合わない。行って下さい!」
 ヴァイノはスライに黙ってうなずき、風のように走り出した。
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