愚連隊の活躍
文字数 4,285文字
王宮厨房内は戦闘状態だった。
料理人や給仕人たちが入れ代わり立ち代り、体がぶつからないのが不思議なほど、脇目も振らずに働いている。
そのなかでひとり。
給仕にしては体格の良い男が、周囲の目を盗んでその場から抜け出し、厨房裏口の戸を押し開けた。
「ご苦労」
扉のすぐ間近にうっそりとたたずんでいたのは、商人風の男。
「確かに」
その男から紙包みを受け取った給仕人が、深く頭を下げた。
「ぬかるなよ。しくじればアッスグレンに未来はない」
ねっとりとした忠告に太い首がうなずく。
「心得てございます」
「死にかけ王子に引導を。罪は外道王子に」
短い指示を出した男はあっという間に茂みの向こうへと消え去り、同時に給仕姿のごつい背中が厨房へと戻っていった。
木箱の影から出たカリートが、そのあとを追って王宮厨房 へと紛れ込む。
内部は立ち働く者たちの熱気がこもり、調理器具や皿が立てる音が騒がしい。
カリートが見回すと、ごつい男が若い料理人の背中を肘で突いていた。
「王子たちへの饗膳 は?」
「え?!下ごしらえは終わって……、ほら!」
包丁を動かす手をは止めずに、料理人が料理長をあごで示す。
と同時に。
「仕上がったぞ!」
二枚の白い皿に、料理長は手早く美しく料理を盛り付けていく。
その合間にも、続々と新しい料理が調理台に並べられていき、それを広間へと運んでいく給仕人たちの動きは、まるでよくできた装置のようであった。
盛り付けを終えた料理長が背を向けた瞬間、ごつい片腕がにゅっと伸ばされる。
(あ……)
その手が片方の皿の上で妙な動きをしたのを、カリートは見逃さなかった。
ニヤリと笑うその男が皿をつかむ前に、カリートは体当たりするようにして調理台の前に割り込むと、厨房 中に響くほどの声を張る。
「料理長!王子への料理、今から運びます!」
思わず振り返った料理長は、皿を持った少年給仕に向かって短くうなずき、その横で棒立ちになっているガタイのいい給仕に目を三角にした。
「ぼうっとするな!手が空いてるならこっちを頼む。次の準備は?」
矢継ぎ早に飛ばされる料理長の声を背に、カリートは素早く厨房を出ていく。
「あ、おい待てっ」
「何やってる!」
少年給仕の肩をつかもうとした腕が、料理長の怒声にびくりと跳ね上がった。
「ほかにも仕事はあるだろう!」
「鳥の焼物、上がりました!」
「蒸し野菜の和え物、もうすぐ仕上がります!」
ごつい男に迷惑そうな目を向けて、給仕たちは料理人の指示で皿を手にしていく。
「次の料理がすぐに出る。お前はそこで待て」
有無を言わせぬ料理長の指示に、ごつい男はいらいらと地団太を踏んだ。
◇
人目につかないよう身を隠しながら、全速力でヴァイノは走る。
途中、今日ばかりはトーラ軍服で警護に当たるリズワンと行き会い、すれ違いざま「来た」とだけつぶやいた。
そして、そのまま城内に入って巡回警備を装いながら、そこここで働いている仲間たちに、親指を立てた合図を送っていった。
新しい食器を運んでいたメイリがうなずく。
通気のために窓を開けていたトーレがうなずく。
庭で空いた皿を片付けていたアスタがうなずく。
花瓶に生けられた花を整えていたスヴァンがうなずく。
そして、最後に。
広間を見渡せる備品庫にするりと忍び込み、待機していたスライと合流した。
「アイツが来たよ、スライさん」
「いよいよですね。……立派なご活躍です」
「えへへ、まあね」
照れ笑いを隠すように、ヴァイノは外の様子をうかがう。
「カリート、大丈夫かな。オレのほうが緊張してきた」
「ええ、きっと。タウザー家ご当主は、見事やり遂げられますよ」
太鼓判を押すスライに、ヴァイノも大きく首を縦に振った。
◇
後方に気を配りながら、カリートは料理長自慢の一品、トーラ産の色鮮やかな野菜を使用した饗膳 を運んでいる。
(あいつが追いついてくる前に広間に入らないと)
滑るような足取りで急ぐ行く先に、開け放たれた広間の入り口が見えてきた。
半ば飛び込むように足を踏み入れ、素早く目を配り、身を寄せた離宮で出会った仲間たちの姿を探す。
(よし)
カリートはほっと息をついた。
全員、フリーダ隊長の指示通りの場所にいる。
ヴァイノの合図で集合していた少年少女たちが、カリートの姿を認めて互いに目配せをし合った。
カリートは深呼吸をすると、腹に力を入れて声を張り上げる。
「料理長から勇敢なる王子たちへ!腕を振るった饗膳 をお持ちいたしました!」
感嘆の声を上げる招待客の間を、カリートは背筋を伸ばして進んでいった。
「お代わりはいかがですか?」
「甘味をお持ちいたしましょうか?」
特別料理にも興味を示さず、おしゃべりに余念がない貴族たちに、少年たちが声をかける。
「あちらにございますので」
トーレが貴族令嬢に微笑んだ。
青鈍 色の瞳をした若い給仕に頬 を上気させて、令嬢はトーレに釣られて首を巡らせた。
給仕が指し示す先には、水槽 を中心に半円状に並べられた飾り台と、その上に並べられた豪華な料理の数々がある。
「私が取って参りましょう。果物などはいかがですか?お嬢様」
「お願いするわ」
優雅にうなずきながら、令嬢の目は飾り台へ向かうトーレの背中を追い続けた。
「かしこまりました。お飲物ですね!すぐにお持ちいたします!」
はきはきと返事をして頭を下げるスヴァンに、年配の貴婦人が目を細めている。
「まあ、急がなくてもよいのよ」
気遣 わしげな上品な声にスヴァンは満面の笑顔で振り返り、略式の礼をとると再び飾り台へと足を向けた。
微笑みを張り付けたスヴァンの動悸が高まっていく。
(カリートは……。よし、こっちに向かってる)
事前に何度も練習した動きを、スヴァンは頭の中で描 き直した。
「あ!」
「ああ!!」
水槽 の前で、早足で皿を運ぶカリートと、飲み物を取ろうとしたスヴァンがぶつかり合った。
「ああ、お料理がっ」
飾り台付近で待機していたアスタとメイリが悲鳴を上げる。
その声に賓客たちが目を向ければ、カリートが持っていた皿が宙を舞い、水槽 へと飛んでいくところだった。
(よし、いいぞ!……あれ?)
こぶしを握ろうとして、スヴァンはギクリと固まる。
(ヤバ、勢いが足りないじゃん。届かないかも……!)
焦るスヴァンの目の前で、空中の料理を受け止め損 ねた振りをしたトーレの長い腕が、水槽 に向かって皿をはたき込んだ。
じゃぼ!
ボッシャン!
二枚の皿が音を立てて沈み込んでいき、色とりどりの野菜が水中に散らばっていく。
そして……。
「魚が!」
もがくように暴れだした魚たちを指さして、アスタが大袈裟 な声を上げた。
「……なんということだ」
「どうしたというの……」
驚愕する貴族たちの囁き声が広がるなか、ぴたりと動きを止めた魚が、次々に腹を上にして水面に浮かんでいく。
「死んでしまったわ!いったいどうして!!」
メイリも動揺した金切声を上げた。
「毒だ!」
スヴァンがひときわ大きな声を張る。
「料理に毒が入っていたんだ!……お前が入れたのかっ」
「違います!」
スヴァンに詰め寄られたカリートは、大きく首を横に振って一歩下がった。
「私は料理長のご指示で、饗膳 を運んできただけです!」
「まあ、これは料理長が?」
「そんなはずはない。王宮料理長は、ヴァーリ様が直接お召しになった人物だ」
顔を見合わせてさざめく貴族たちの後ろから、ごつい男が小走りで広間に入ってくる。
そして、客たちの間から身を乗り出して、忌々しそうな顔で辺りを見回した。
「あ、あの人です!」
カリートの芝居めいた腕の動きを追って、貴族たちの注目がごつい男に集まる。
「私が運ぶ前、あの人が!料理長から皿を受け取っていました!!」
「あの人が?!」
「王子の料理に?」
「何か入れたの?!」
スヴァン、そして、アスタとメイリが間髪入れずに次々と叫んだ。
「な、何だ……?」
遠く近く。
多くの不審な視線を浴びたごつい給仕人が後ずさっていく。
「その男を調べろ!」
クローヴァの厳しい声が飛び、控えていた警備兵士が走り出した。
「くそっ」
ごつい給仕人は手にしていた皿を投げ捨て、慌てて身を翻 したが、……そこには。
いつの間に忍び寄られていたのだろう。
切れ長の冷たい目をした女性兵士が短剣を構え、行く手を阻 んでいた。
「な……、あぁ」
足を止めて目を見開いた給仕の男に、走り寄った兵士が素早く縄を打つ。
「身体を改めろ」
「はっ。……クローヴァ殿下」
兵士は男の懐から小袋を探し当てると、クローヴァに手渡した。
「ふーぅん。レヴィア、いいかな」
「はい、兄さま」
レヴィアはクローヴァから渡された小袋に小指を差し入れると、指先にわずかに付着した粉に舌を伸ばしてみる。
「……ん!」
顔をしかめるレヴィアに、スヴァンが水と小鉢を持って走り寄った。
寄り添うヴァーリが、口をすすぐレヴィアの背中を擦 る。
「大事ないか?」
「はい、大丈夫です」
「中身の正体はわかるか?」
「帽子草 、だと思います。苦くて、舌が痺 れました。強心薬にもなりますが、わずかな量の差で、死に至ります。魚、……可哀想に」
顔を曇らせるレヴィアの前に出て、ヴァーリは縛り上げられた男を見下ろした。
「誰に命じられた。お前ごときが入手できる薬草ではないだろう」
平淡ではあるが有無を言わせない王の声に、うつむいたままの男がブルリと震える。
「答えられぬ、か。しばらく牢で頭を冷やすといい。……言い逃れが許されると思うな」
チラリとヴァーリを目にした男は、その冷徹なまなざしに蒼白となった。
◇
アスタとメイリの悲鳴を聞いたヴァイノが、薄く開けた備品庫の扉にぴたりと顔を寄せる。
「お、始まったな。……へぇ、あのふたり、上手くやってんじゃん」
にやっと笑うヴァイノの後ろから外をのぞいたスライの顔に緊張が走った。
「……ヴァイノ殿っ」
「あ、あいつ!……こっちに来ないと思ったら」
皆が少年たちの芝居に目を奪われている広間の向こうで。
こっそりと庭園に入り込む人影は、カリートに覚え込まされた歪 みを持つ男だ。
「……別のヤツもいるな」
庭園の生垣の隙間から、背の高い男の姿がちらちらと見えている。
そして、さらにもうひとり。
食糧庫で息を殺すスライとヴァイノの視線の先で、背中の歪んだ男が、最後に姿を見せた男に何かを手渡している。
「何だ、あれ。行こう、スライさんっ」
「気づかれずに庭園へ行くには迂回 が必要です。私では間に合わない。どうか先に!」
スライが言い終わるよりも先に、ヴァイノは風のように走り出していた。
料理人や給仕人たちが入れ代わり立ち代り、体がぶつからないのが不思議なほど、脇目も振らずに働いている。
そのなかでひとり。
給仕にしては体格の良い男が、周囲の目を盗んでその場から抜け出し、厨房裏口の戸を押し開けた。
「ご苦労」
扉のすぐ間近にうっそりとたたずんでいたのは、商人風の男。
「確かに」
その男から紙包みを受け取った給仕人が、深く頭を下げた。
「ぬかるなよ。しくじればアッスグレンに未来はない」
ねっとりとした忠告に太い首がうなずく。
「心得てございます」
「死にかけ王子に引導を。罪は外道王子に」
短い指示を出した男はあっという間に茂みの向こうへと消え去り、同時に給仕姿のごつい背中が厨房へと戻っていった。
木箱の影から出たカリートが、そのあとを追って王宮
内部は立ち働く者たちの熱気がこもり、調理器具や皿が立てる音が騒がしい。
カリートが見回すと、ごつい男が若い料理人の背中を肘で突いていた。
「王子たちへの
「え?!下ごしらえは終わって……、ほら!」
包丁を動かす手をは止めずに、料理人が料理長をあごで示す。
と同時に。
「仕上がったぞ!」
二枚の白い皿に、料理長は手早く美しく料理を盛り付けていく。
その合間にも、続々と新しい料理が調理台に並べられていき、それを広間へと運んでいく給仕人たちの動きは、まるでよくできた装置のようであった。
盛り付けを終えた料理長が背を向けた瞬間、ごつい片腕がにゅっと伸ばされる。
(あ……)
その手が片方の皿の上で妙な動きをしたのを、カリートは見逃さなかった。
ニヤリと笑うその男が皿をつかむ前に、カリートは体当たりするようにして調理台の前に割り込むと、
「料理長!王子への料理、今から運びます!」
思わず振り返った料理長は、皿を持った少年給仕に向かって短くうなずき、その横で棒立ちになっているガタイのいい給仕に目を三角にした。
「ぼうっとするな!手が空いてるならこっちを頼む。次の準備は?」
矢継ぎ早に飛ばされる料理長の声を背に、カリートは素早く厨房を出ていく。
「あ、おい待てっ」
「何やってる!」
少年給仕の肩をつかもうとした腕が、料理長の怒声にびくりと跳ね上がった。
「ほかにも仕事はあるだろう!」
「鳥の焼物、上がりました!」
「蒸し野菜の和え物、もうすぐ仕上がります!」
ごつい男に迷惑そうな目を向けて、給仕たちは料理人の指示で皿を手にしていく。
「次の料理がすぐに出る。お前はそこで待て」
有無を言わせぬ料理長の指示に、ごつい男はいらいらと地団太を踏んだ。
◇
人目につかないよう身を隠しながら、全速力でヴァイノは走る。
途中、今日ばかりはトーラ軍服で警護に当たるリズワンと行き会い、すれ違いざま「来た」とだけつぶやいた。
そして、そのまま城内に入って巡回警備を装いながら、そこここで働いている仲間たちに、親指を立てた合図を送っていった。
新しい食器を運んでいたメイリがうなずく。
通気のために窓を開けていたトーレがうなずく。
庭で空いた皿を片付けていたアスタがうなずく。
花瓶に生けられた花を整えていたスヴァンがうなずく。
そして、最後に。
広間を見渡せる備品庫にするりと忍び込み、待機していたスライと合流した。
「アイツが来たよ、スライさん」
「いよいよですね。……立派なご活躍です」
「えへへ、まあね」
照れ笑いを隠すように、ヴァイノは外の様子をうかがう。
「カリート、大丈夫かな。オレのほうが緊張してきた」
「ええ、きっと。タウザー家ご当主は、見事やり遂げられますよ」
太鼓判を押すスライに、ヴァイノも大きく首を縦に振った。
◇
後方に気を配りながら、カリートは料理長自慢の一品、トーラ産の色鮮やかな野菜を使用した
(あいつが追いついてくる前に広間に入らないと)
滑るような足取りで急ぐ行く先に、開け放たれた広間の入り口が見えてきた。
半ば飛び込むように足を踏み入れ、素早く目を配り、身を寄せた離宮で出会った仲間たちの姿を探す。
(よし)
カリートはほっと息をついた。
全員、フリーダ隊長の指示通りの場所にいる。
ヴァイノの合図で集合していた少年少女たちが、カリートの姿を認めて互いに目配せをし合った。
カリートは深呼吸をすると、腹に力を入れて声を張り上げる。
「料理長から勇敢なる王子たちへ!腕を振るった
感嘆の声を上げる招待客の間を、カリートは背筋を伸ばして進んでいった。
「お代わりはいかがですか?」
「甘味をお持ちいたしましょうか?」
特別料理にも興味を示さず、おしゃべりに余念がない貴族たちに、少年たちが声をかける。
「あちらにございますので」
トーレが貴族令嬢に微笑んだ。
給仕が指し示す先には、
「私が取って参りましょう。果物などはいかがですか?お嬢様」
「お願いするわ」
優雅にうなずきながら、令嬢の目は飾り台へ向かうトーレの背中を追い続けた。
「かしこまりました。お飲物ですね!すぐにお持ちいたします!」
はきはきと返事をして頭を下げるスヴァンに、年配の貴婦人が目を細めている。
「まあ、急がなくてもよいのよ」
微笑みを張り付けたスヴァンの動悸が高まっていく。
(カリートは……。よし、こっちに向かってる)
事前に何度も練習した動きを、スヴァンは頭の中で
「あ!」
「ああ!!」
「ああ、お料理がっ」
飾り台付近で待機していたアスタとメイリが悲鳴を上げる。
その声に賓客たちが目を向ければ、カリートが持っていた皿が宙を舞い、
(よし、いいぞ!……あれ?)
こぶしを握ろうとして、スヴァンはギクリと固まる。
(ヤバ、勢いが足りないじゃん。届かないかも……!)
焦るスヴァンの目の前で、空中の料理を受け止め
じゃぼ!
ボッシャン!
二枚の皿が音を立てて沈み込んでいき、色とりどりの野菜が水中に散らばっていく。
そして……。
「魚が!」
もがくように暴れだした魚たちを指さして、アスタが
「……なんということだ」
「どうしたというの……」
驚愕する貴族たちの囁き声が広がるなか、ぴたりと動きを止めた魚が、次々に腹を上にして水面に浮かんでいく。
「死んでしまったわ!いったいどうして!!」
メイリも動揺した金切声を上げた。
「毒だ!」
スヴァンがひときわ大きな声を張る。
「料理に毒が入っていたんだ!……お前が入れたのかっ」
「違います!」
スヴァンに詰め寄られたカリートは、大きく首を横に振って一歩下がった。
「私は料理長のご指示で、
「まあ、これは料理長が?」
「そんなはずはない。王宮料理長は、ヴァーリ様が直接お召しになった人物だ」
顔を見合わせてさざめく貴族たちの後ろから、ごつい男が小走りで広間に入ってくる。
そして、客たちの間から身を乗り出して、忌々しそうな顔で辺りを見回した。
「あ、あの人です!」
カリートの芝居めいた腕の動きを追って、貴族たちの注目がごつい男に集まる。
「私が運ぶ前、あの人が!料理長から皿を受け取っていました!!」
「あの人が?!」
「王子の料理に?」
「何か入れたの?!」
スヴァン、そして、アスタとメイリが間髪入れずに次々と叫んだ。
「な、何だ……?」
遠く近く。
多くの不審な視線を浴びたごつい給仕人が後ずさっていく。
「その男を調べろ!」
クローヴァの厳しい声が飛び、控えていた警備兵士が走り出した。
「くそっ」
ごつい給仕人は手にしていた皿を投げ捨て、慌てて身を
いつの間に忍び寄られていたのだろう。
切れ長の冷たい目をした女性兵士が短剣を構え、行く手を
「な……、あぁ」
足を止めて目を見開いた給仕の男に、走り寄った兵士が素早く縄を打つ。
「身体を改めろ」
「はっ。……クローヴァ殿下」
兵士は男の懐から小袋を探し当てると、クローヴァに手渡した。
「ふーぅん。レヴィア、いいかな」
「はい、兄さま」
レヴィアはクローヴァから渡された小袋に小指を差し入れると、指先にわずかに付着した粉に舌を伸ばしてみる。
「……ん!」
顔をしかめるレヴィアに、スヴァンが水と小鉢を持って走り寄った。
寄り添うヴァーリが、口をすすぐレヴィアの背中を
「大事ないか?」
「はい、大丈夫です」
「中身の正体はわかるか?」
「
顔を曇らせるレヴィアの前に出て、ヴァーリは縛り上げられた男を見下ろした。
「誰に命じられた。お前ごときが入手できる薬草ではないだろう」
平淡ではあるが有無を言わせない王の声に、うつむいたままの男がブルリと震える。
「答えられぬ、か。しばらく牢で頭を冷やすといい。……言い逃れが許されると思うな」
チラリとヴァーリを目にした男は、その冷徹なまなざしに蒼白となった。
◇
アスタとメイリの悲鳴を聞いたヴァイノが、薄く開けた備品庫の扉にぴたりと顔を寄せる。
「お、始まったな。……へぇ、あのふたり、上手くやってんじゃん」
にやっと笑うヴァイノの後ろから外をのぞいたスライの顔に緊張が走った。
「……ヴァイノ殿っ」
「あ、あいつ!……こっちに来ないと思ったら」
皆が少年たちの芝居に目を奪われている広間の向こうで。
こっそりと庭園に入り込む人影は、カリートに覚え込まされた
「……別のヤツもいるな」
庭園の生垣の隙間から、背の高い男の姿がちらちらと見えている。
そして、さらにもうひとり。
食糧庫で息を殺すスライとヴァイノの視線の先で、背中の歪んだ男が、最後に姿を見せた男に何かを手渡している。
「何だ、あれ。行こう、スライさんっ」
「気づかれずに庭園へ行くには
スライが言い終わるよりも先に、ヴァイノは風のように走り出していた。