遠い背中

エピソード文字数 3,754文字

 これまで日陰に置かれていた王子二人が、重臣たちに強烈な爪痕を残した数日後。
 
 レヴィア隊に加わったサージャたちにはトーラの軍服が、ラシオンとファイズが率いてきた「国境の異端者」たちにはそれぞれ、カーヤイ家とサイレル家の家紋が入った家兵服と、鎖帷子(くさりかたびら)などの武具一式が支給された。
 晴れ着を手にした子どものようにはしゃぐ同胞を、ラシオンとファイズはほろ苦い微笑みとともに見守る。
「ラシオン曹長!これ、もう着てもいいですか!」
 そう言いながら、サージャはすでに片袖(かたそで)を通していた。
「ばか!まだ早ぇよ。正式招集かかってねぇだろっ。それまでにダメにするとかありえねぇからな」
 そう言ったそばから、布の裂ける音がする。
「サイレル惣領!ちょっと俺にはちっちぇみたいっす!」
「お前、トーラ側の好意だぞっ」
「あ、無理すれば入るかも…」
「やめろ、ばかっ!」
 ファイズの制止も虚しく、サイレル家の家紋「十字星に白鳥(しらとり)」が千切れていく。
「…あぁ~」
 ラシオンが頭を(かか)えた。
「おい」
「なんだ」
 きつね色の髪の男と、髭面(ひげづら)の男が横目を交わし合う。
「どっちが言う?」
「何を」
「…今日いただいたばかりですが、新しいのをくださいって」
「…俺の家兵だからな」
 ファイズが諦めたような顔をしながら、新たな仲間に怒鳴った。
「着るなとは言わん!だがその前に確認しろ!大きさが合うかどうか」
 沸き上がった野太い歓声が建物を揺るがした。
「俺が頭を下げよう。…フリーダ隊長から呼ばれていたな」
「ちょうどよかったなー。すぐに頭下げられるなー。あいつも仲間外れにならずにすむなー」
 ラシオンは笑いながら、着られなくなった家兵服を片手に呆然としている元「国境の異端者」、現サイレル家兵に背を向けた。
「口添えしてくれるんだろうな、ラシオン」
 ファイズ慌てて追ってくる。
「えー、やだねー」
「そんなこと言ってるとな、サージャなんか絶対すぐ破く…」
「ああああっ!」
 ファイズが最後まで言い終わらないうちに、背後からサージャの悲鳴が聞こえた。
「…ほらな」
「…王子の度量に期待しよう」
 カーヤイの疾風とサイレルの惣領は、そろって肩を落とした。
 
 離宮兵舎作戦室に入るなり、ラシオンはクローヴァに居住まいを正したトーラの礼を取った。
「俺たちの分まで、ありがとうございました」
「ともに戦う盟友に礼を尽くすのは当然だよ。…それで、何のお願いがあるのかな?」
 クローヴァは柔らかい笑顔を浮かべながら、少し皮肉なまなざしをラシオンに送る。
「いやあの…。はぁ~」
 どう切り出そうかと思っていたが、トーラ第一王子はお見通しのようだ。
「申し訳ありません。いただいたあのー、兵服とか、ですね。予備の分、とかですね…」
「もちろん用意しているよ」
 クローヴァの笑みが深まった。
「戦いに臨むのに備品を持たせないなんて、そんな無体はしない。でも、何か問題があったんだね。どこを改善したらいいの?」
 ここにも、ヴァーリ王の片鱗(へんりん)を見せる者がいる。
 ラシオンは人知れずため息をつく。
(トーラを弱小国と(あなど)っていた奴らが、痛い目見るわけだ)
「大きさが合わない者がいるみたいで」
「トーラで歓待を受けるうちに、体がぶ厚くなってしまったようです」
 ファイズがラシオンとともに頭を下げた。
 クローヴァの明るい笑い声が響く。
「ああ、そうなんだ!それは申し訳なかった。こちらの確認不足だ。すぐにフリーダ隊長に…」
 クローヴァは首を傾けた。
 備品の管理を一括している優秀な隊長の姿は、まだこの部屋にはない。
 すでにフリーダ隊とダウム親子、そしてぽつんと一人離れて立つレヴィアは集まっている。
 だが呼び出した張本人である隊長ジーグと、副長であるアルテミシアがいない。
「遅れるなんて珍しいね?」
 クローヴァが外の様子を見ようかと扉に手を掛けた。
「止めておけ」
 リズワンの硬い声が飛んだ。
「こういうときは何かある。だが彼らの事情だ。放って置いてやれ」
「え?」
 振り返った動作で、取っ手に添えたクローヴァの手に力が入り、弾みで少し扉が開いた。
「私に意見をするのですか」
 遠く、ディアムド語で叱責(しっせき)をするアルテミシアの声が漏れ聞こえてくる。
 今まで聞いたことのないほどの、厳しく激しい口調だ。
 作戦室が静まり返る。
「しかしリズィエ…」
「もう決めたことです。竜に関して私に逆らうことは許しません。(あるじ)は誰ですか?ジグワルド・フリーダ」
「リズィエ・アルテミシアです」
「二度は言いません」
(かしこ)まりました」
 クローヴァは静かに扉を閉めた。
「あれって、ふくちょ…?」
 戸惑い混乱した独り言をヴァイノは漏らす。
 隊長と副長は、互いに敬愛の絆を持つと感じていた。それは間違いないと思う。
 だが、それだけではないようだ。
 二人がディアムド帝国出身なのは聞いている。二人ともそれ以上詳しい話はしないし、皆それぞれ事情など(かか)えているのだからと、細かいことなど気にしたこともなかった。
 でも。
「ふくちょって、帝国で何だったんだろ」
 あのジーグの(へりくだ)りようが尋常なものではないことは、さすがのヴァイノにもわかった。
「ヴァイノ」
 リズワンが静かに首を横に振る。
詮索(せんさく)するな。必要があれば向こうから話す。好奇心に殺されるぞ」
「でもさ」
 ヴァイノが言い(つの)ろうとしたとき扉が開けられ、ジーグとアルテミシアが入ってきた。
「遅れて済まない」
 ジーグの態度はいつもと変わらない。
 (かたわ)らにいるアルテミシアの表情も普段どおりだ。
間諜(かんちょう)から情報が入った。スバクル統領レゲシュ家領地に、かなりの数の兵が集められている。だがそのほかの領主家には動き無し」
 作戦室に集う皆に緊張が走った。
「そう」
 クローヴァが二人に歩み寄り、ジーグが広げた地図上の、印のつけられた場所を確認する。
「好戦派スバクル統領(とうりょう)の勇み足で留まるかな。隣国も決して一枚板ではないのだね。ふぅん、なるほど。いよいよ始まるね」
 紺碧(こんぺき)の瞳が大柄な剣士を見上げた。
「はい。あともうひとつ、陛下よりご伝言が。モンターナ公が重臣の職を辞した、とのことです。田舎で隠居生活をする予定だとか」
「えっ!」
「え…」
 クローヴァとレヴィアの、意外そうな声が(そろ)った。
 こんなに潔く地位を諦めるような男には見えなかったが。
「どうせ田舎に帰るんだ。早いほうがいい」
 先ほど聞こえてきた会話の名残(なごり)など微塵(みじん)もなく、アルテミシアがにぃっと人の悪い笑顔を見せた。
 クローヴァが首を傾けながら、アルテミシアをじっと見つめる。
「リズィエのお説教が効いたのかな。貴女(あなた)のディアムド語は、何だか説得力があるからね。モンターナもディアムド語で

をしていたから」
 ジーグがふぅっと息を吐いた。
「急がせすぎた感は否めませんが。もう少し、時間をかけてもよかったのでは?」
 アルテミシアへ進言するジーグに、作戦室の空気が張り詰める。
 だがそんな雰囲気など気にも留めずに、アルテミシアはやれやれとした表情を浮かべて鼻で笑う。
「時間をかけたって同じだ。何ならあの肉布団にも説教してやろうか」
「肉布団?…ツァービンのこと?」
 クローヴァが聞き返し、レヴィアが思わず吹き出した。
「リズィエ!」 
 ジーグの叱責(しっせき)に、アルテミシアがぺろっと舌を出す。
 それはいつもの二人でしかなく、先ほど聞いた会話が嘘のようだった。
「ツァービンは、大丈夫だよ」
 クローヴァは笑いを(こら)えながら、アルテミシアにうなずいてみせる。
「七重臣のうち、三人以上が任期中に職務を(まっと)うできなくなった場合、満了を待たずに選定会議が開かれる。新たな七重臣が決められるんだ。セディギアがいない今、ツァービンは再任されないだろう。こちらから退任を迫るような真似はしなくていい。リズィエが悪者になる必要はないよ」
「別に退任を迫ったわけではありません」
 アルテミシアは涼しい顏だ。
「ちょっとお説教しただけです。自覚のあるうちに。さっさと」
「でも、あの…」
 レヴィアが口を開こうとしたとき。
「そうだレヴィア。戦場には出さないが、アルバスを現地に控えさせるぞ」
 その言葉を(さえぎ)るように、アルテミシアは地図の一点を差し示した。
「え!」
 レヴィアの目は、アルテミシアの指を追って地図に向けられる。
「アルバスを、連れて行っていいの?」
「待機をさせる。ジーグ、説明よろしく」
 アルテミシアはジーグと目を合わせ、ひとつうなずき合う。
 ジーグは同席者たちを手招いた。
「この地図を見てくれ」
 あの二人の会話は幻聴だったのではないか。
 作戦室の誰もがそう思うほど、いつもどおりの二人だった。
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