トレキバ騒動-発端-

文字数 3,340文字

 愚連隊の仕事の手始めとして、ジーグは「街への買い出し」を選んだ。
 
 もちろん菓子店のガーティような、気のいい者たちばかりではない。
 商店主のなかには、素行の悪かった愚連隊に対して不信を露わにするものも多かった。
 だが、真面目に仕事に取り組む愚連隊の姿に、市場の雰囲気も変化していく。
「おい、今日はいい魚が入ったぞ。安くしとくから寄ってきな!」
「お花が余ったの。お部屋に飾って」
「……あの、あんがと」
「嬉しいです。いつもすみません」
「いいって、いいって!ジーグさんによろしくな」
 そんな、親しく言葉を交わし合う店が一件、また一件と増えていった、ある日のこと。
 初めて自分たちだけで使いに出されたヴァイノは、浮かれ気分そのままの足取りで歩いていた。
「ヴァイノ、今日は余計な口をはさまないでね」
 アスタがじっとりとヴァイノをにらむ。
「なんで?オレってば人気者じゃん」
「からかわれてるだけだから。ガーティがふざけたのに、そのまま払おうとするし」
「そ、そんなの、わかってたし。わざとだし」
 冗談で吹っ掛けられた金額を、そのまま払いそうになったことを指摘されたヴァイノはプぅっとふくれた。
「ガーティさん、すっごい、楽しそうだった、ね」
「なー。フロラはわかってんな!」
 のんきなフロラとヴァイノに、アスタはため息をつく。
「とにかく。お仕事なんだから、まじめにね」
「わぁってるよ」
 だが、ふたりに注意するアスタでさえ、気づくことができなかった。
 三人のガラの悪い男たちが、物陰からじっと見ていることに。

 すべての買い物が済んだあと、果物を扱う店先でヴァイノは足を止めた。
「なあ、ほら、ふくちょがさ、これ好きじゃん!買おうぜ!」
芒果(マンゴー)?頼まれてないでしょう。ついでに買うには高すぎる。勝手したらダメだよ」
 アスタはヴァイノが指さした先をちらりと見るだけで足を止めようともしない。
 だが、その隣に並んだフロラは、橙色から黄色の濃淡も美しい果物を眺めて、ふんわりと笑った。
「こないだ、おいしかったね」
「よし、買おうぜ!金あるしさ。世話になってるふくちょにお土産な!おやじさん、それ買うから包んで!……違う、その隣の大きいの。うん、それ。え?金?大丈夫だよ」
 金額が張ることを店主は念押しするが、ヴァイノは財布を見せびらかしながら得意気に笑う。
「お土産って……。ジーグさんから預かってるお金じゃないの。あ、ヴァイノったら!」
 止める間もなく支払いを済ませたヴァイノに、アスタの目が三角になった。

「あのガキども、金持ってんだな」
「貴族の使用人か?」
 隣の雑貨屋で品定めをする振りをしている男たちが、声を潜めて(ささや)き合う。
「……ほら、カモが行っちまうぞ」
「おっと、獲物を逃がす手はねぇよな」
 買い出し品を両手に(かか)え、のんきに陽気にしゃべりながら歩く少年たちの後ろを、不穏な男たちがつけ始めた。
 
 少年たちが向かう先に見えてきた屋敷が目に入ったとたん、縦にも横にも大きい巨漢が口笛を吹く。
「すげぇな」
「田舎街も、バカにしたもんでもねぇなぁ」
 やせたやぶにらみの男が、にんまりと下品に(わら)う。
「おい、門の中入っちまうぜっ!」
 筋肉質の男が慌てて走り出した。
 
 門を押し開けていた腕をつかまれて、ヴァイノはぎょっとして振り返る。
「えっ?」
「よーぅ。ずいぶんと景気のいい買物してたじゃねぇか。ちょっとでいいから、おじさんたちにも分けてくんねぇかなぁ」
 やぶにらみの男がにやにや笑いながら、ヴァイノの(ふところ)に手を伸ばした。
「きゃあ!」
「やっ、なに?!離してっ!」
 それぞれ別の男たちに羽交(はが)い締めにされて、アスタとフロラの足元に買った荷物が散乱する。
「おい、ヤメロって!」
「じゃあ、金だよ、金よこせ!」
 怒鳴るヴァイノを門扉に押さえつけた男の指が財布に触れ、抜き出そうとした瞬間。
 ヴァイノは体を(ひね)って男の腕から抜け出すと、足元の石を拾い素早く男に投げつけた。
「ぐ、いてぇっ、……このヤロウ!!」
 眉間からタラリと血を流した男が、腰の剣を抜き払う。
「おとなしく渡しゃあ命まで取らなかったものをっ。小僧、動くなよ!動いたら、娘っこをまずヤるからな!」
 フロラたちを見て足を止めたヴァイノに、陽をギラリと反射させた剣が振り下ろされた。
 
 ドガッ!

「えっ?!」
 ヴァイノの目の前で、斬りかかってきていたはずの男の体が横にすっ飛んでいく。
「ふくちょっ……」
 男の横腹を蹴り飛ばした旅装束(たびしょくぞく)は足を止めることなく、地面に転がる男を追っていった。
「早く門の中にっ!」
 襟巻(えりまき)の奥から鋭い声が飛ぶ。
「でも、フロラたちが……、あっ」
 見るといつの間にか、レヴィアとラシオンが男たちと剣を交えていた。
「アスタっ、フロラを連れていけ!」 
 (ぞく)の手から奪い返したアスタに、ラシオンが短く怒鳴る。
「こぉんちくしょぉ!死ねやぁぁぁ!」
 フロラを奪われた巨漢がレヴィアに剣を振り上げた。
「きゃー!いやー!」
 耳を押えてしゃがみ込んでしまったフロラを何とか立たせようと、アスタはその両脇に腕を入れ引っ張るが、びくともしない。
「ぃやー!!」
「フロラ!」
 巨漢の刃を両手剣で受けながら、レヴィアも励ますように呼びかけるが、小さく固まってしまったフロラはガタガタと震えるばかりだ。
「アスタっ、お前だけでも逃げろ!」
 続けざまに斬りつけてくる筋肉質の男の剣をいなしながら、ラシオンがさらに怒鳴る。
「でもっ」
「早く行け!」
 フロラとラシオンを交互に見たあと、アスタは唇を噛みながらも、門に向かって走り始めた。
「くっそーっ!ふざけやがってっ!」
 転がっていたやぶにらみ男が起き上がったかと思うと、剣を手に向かってくる。
「ヴァイノ、早く中に!」
 旅装束(たびしょうぞく)は素早い身のこなしで男の刃をかいくぐりながら、すきだらけの下腹(したはら)に膝をめり込ませた。
「ぐはぁっ」
「フロラは助ける!必ずだ!」
 腹を手で押さえて膝をついた男の襟首(えりくび)をつかみ上げ、旅装束(たびしょうぞく)がその横っ面に二、三発、重い(こぶし)を叩き込む。
「ぐふ、ぐはっ!……かはっ」
 男の頭が揺れ、がくりとその首が折れた。

(ふくちょ、すげぇ……)

「いやああああああ!」
 あっけにとられていたヴァイノの耳をつんざくように、フロラの悲鳴が響き渡る。
 ヴァイノと旅装束(たびしょくぞく)が同時に顔を向けると、巨漢の剣に肩を切り裂かれたレヴィアの血雫(ちしずく)が飛び散り、フロラの頬を汚していた。
「レヴィっ」
「デンカ!」
 声をそろえた旅装束(たびしょくぞく)とヴァイノの視線の先で、さらに巨漢が剣を振り上げる。
「死ねぇっ!」

 ガキン!!

 巨漢の剣を受け止めたのは、走り込んできた旅装束(たびしょくぞく)の短剣だった。
「ちっ」
 一歩下がった巨漢は体勢を整え、対峙する旅装束(たびしょくぞく)と、その後ろにいるレヴィアたちに目を走らせる。
 そして、巨漢にしては素早く旅装束(たびしょくぞく)の横を走り抜け、縮こまる少女に向かって剣を振り下ろした。
「フロラぁ!!」
 ヴァイノの悲鳴にフロラが目を開ければ、間近にはギラリと光る剣。
「ひぃっ」
 フロラは恐怖に息を飲むが、巨漢の動きがピタリと止まった。
 と思うのと同時に指先から剣が滑り落ちて、その体が木偶(でく)のように崩れていく。
「もう大丈夫だ。怪我はないか?」
 倒れ伏した巨体の向こうから、旅装束(たびしょうぞく)が姿を現した。
 ピクリとも動かない巨体をまたいで、フロラに手を差し伸べてくる。

パシン!

「やだっ!いやだぁああああああ!人殺しっ、人殺しだ!」
 旅装束(たびしょうぞく)の手を激しく打ち払うと、フロラは再び両手で耳をふさいで身を縮めた。
「さわんないで!やだやだ!」
「フロラっ」
 走り寄ってきたヴァイノがフロラを包み込むようにして抱きしめる。
「大丈夫だから。な?大丈夫、もう大丈夫。……怖かったな」
「あの、大丈夫?」
「え?」
 ヴァイノとフロラを呆然と眺めていた旅装束(たびしょうぞく)が、レヴィアの声で我に返った。
 そして、無言で(ふところ)から(さらし)を取り出すと、手早くレヴィアの肩の止血を始める。
「あの、ミ……」
 声をかけようとして、険しい目をする旅装束(たびしょうぞく)に何を言えばよいのかがわからず。
 レヴィアはそのまま口を閉じるしかなかった。
 
 
 旅装束(たびしょうぞく)はレヴィアの応急処置を終えると、気を失ったままのやぶにらみの男に素早く縄をかける。
 そして、そのまま誰にも声をかけずにその場を立ち去っていった。
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