第12話 隠者の手

文字数 2,195文字

 我はバジュマエル・ガルバ。

 エルブリタニア帝国、隠密機関『隠者の手』の統括者である。

 我が組織は、帝国の諜報・諜防・謀略・暗殺を司る特務機関だ。

 もう一度言う、特務機関だ。

 だが、残念なことにそのことを理解できない、いや理解する気が、そもそも欠如している

な方が居られる。

 大変嘆かわしいことだ。

 本日、

な方からご指示があった作戦を遂行予定だ。

 はっきり言おう。

 我が組織は、暇じゃない。

 アルグリア大陸統一を掲げる帝国の

、隠者の手だぞ。

 隣国には、アルバビロニア・ガイアス・ギエロアなど強国が犇めき、遠方の国々と言えど情報収集を怠れば足元を掬われる。

 日々、他国から送られてくる暗部・諜者の確認・選別・抹殺を繰り返し、女皇帝陛下・元老院・帝国護剣からの任務も遂行してである。

 確かに

な方は帝国護剣の一剣、我らもその命に従うのは至極当然である。

 しかし、しかしだ。

 その命が、

な方の同行者に

な方と絶交させる為、

な方を変態として扱い、我が配下の

で同行者を操り

な方と確実に絶交させろとのこと。

 は? 何を言ってやがるんだ? 

 抑、

な方と交流があれば、殆どの者が絶交したくなるだろう。

 それが、不変の摂理と言うものだろう。

 全く理解しがたい。

 は。

 つまり

な方の同行者は、

な方を好み、逆に

な方が絶交したい程の者だと言うこと。

 く。

 これは我が組織、最大の危機ではないか。

 そんなヤバい者が来るなら、不測の事態に備えなければ。

 く。

 我としたことが、抜かったは......。

 ふ。

 準備は万端。

 鼠一匹逃さない布陣で獲物を待ち構えていると、

な方が同行者を連れて来られたとのこと。

 ゴクリ。

 そんな強敵なら我も不足ない。

 我も帝国護剣の一剣、隠剣(いんけん)の一番弟子。

 我が直々に相手をしてやろう。

「ようこそいらっしゃいました。お客さま。ではお腰のものをお預かりさせて頂きます」

 そう言いながら、さりげなく同行者を見て我は真っ白に燃え尽きた。

 嘘だ、嘘だ、嘘だぁぁぁぁぁ! 

 このお方は......女皇帝陛下の第3皇子。

 否、我が師の珠玉の君。

 ビクトリアス・エルブリタニア殿下! 

 ゴクリ。

 我は

な方を見誤っていた。

 我が思っている以上に

な方は、

に思考が突き抜けておられる。

 は。

 違う、違う、違ぁぁぁぁぁう! 

 問題はそこじゃない。

 我が師だ。

 傲岸不遜、唯我独尊。

 帝国護剣で、『傲慢(ごうまん)』の称号を持つ

師が、女皇帝陛下にすら慇懃無礼である

師が、唯一大切に慈しみ育んだ君。

 その君を事もあろうに娼館へ連れ込む片棒を担ぎ、我が配下の

を使ったと知られれば......嫌、嫌、嫌ぁぁぁぁぁ! 

 は。

 直ぐに計画を中止しなければ!

 我が茫然としている間に殿下達が大部屋へ進まれた。

 そして、我が前に突然我が師が降臨された。

 く。

 我が組織の手練れが囲っているこの娼館へ難なく入り込み、気配さえ感じさせないとは、流石、我が師だ。

 あ。

「師匠......(ズラ)()れてます」

 バキッ。

 ぐ。

 理不尽な。

 我が師を大部屋を覗ける隠し部屋に案内する。

 糞、糞、糞ぉぉぉぉぉ! 

 何故こうなった。

 我は思考を加速させる。

 考えろ、考えろ、考えろぉぉぉぉぉ! 

 ひ。

 我が師が怒りに震えている。

 ヤバい、ヤバい、ヤバぁぁぁぁぁい! 

 バキッ。

 ぐ。

 理不尽な。

「あら。エルさま。いらっしゃいませ」

 ダリアが、大部屋へ姿を現した。

 く。

 計画に齟齬が多すぎる。

 そして、2人を伴いダリアの眩惑部屋へ進んでいった。

 我は師を3人の様子を覗ける隠し部屋へと案内する。

 ダリアに依って、ボコボコに鞭と靴とで辱しめられる

な方は、恍惚の演技をしながらも、え。

 そこまでする? って仕草を若干臭わせながらも人間椅子と成り果てた。

 ダリア、良い仕事(グッドジョブ)だ。

 我は心の中で溜飲を下げた。

「こんな変態にこんな可愛い弟がいるなんて、お姉さんビックリしたわ」

 

な方の醜態を眺め、愉悦に浸って居られた我が師から、ひ。

 ほんの一瞬だけ、殺気が漏れた。

 バキッ。

 ぐ。

 理不尽な。

「おい......僕の奴隷になれ」

 殿下がダリアに抱き付き、顔を見上げながら呟いた。

「は...はい」

 馬鹿な、我が組織一の眩惑の瞳の使い手が、逆に精神を落とされ従属してしまうとは......。

 何故か打ち震えている我が師の隣で、唖然とした我であった。


 エルブリタニア帝国には、表には決して姿を現さない影の集団がいる。

 その影は忍び寄る気配さえ感じさせず、あらゆるものに手が届くと言う。
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