第19話 教会

文字数 1,348文字

 私はビクター・シュトロゲン。

 執事です。

 エルブリタニア帝国第3皇子殿下を赤子の頃より養育させて頂いております。

 は。そうだ、殿下。

 私は飛び起きようとしたが体が拘束されて動けない。

 く。不覚。

 私としたことが意識を手放すなど。

 うあああああ、何だ、身体中に激痛が走る。

 は。この懐かしい感覚は? 

 そこで全てを思い出した。

「よう? やっと目覚めたか?」

 その声に右を向くと、円剣が私と同じように拘束されていた。

「おい。(ズラ)()れてるぞ」

 その声に左を向くと、怠惰が私と同じように拘束されていた。

 く。身動きが取れん。

 私を拘束するとは、アダマンタイト製の拘束具か。

「覚えてるか? 何があったか?」

 右からの声に、私は嘆息で答えた。

 私達を此処までボコボコに出来るのは、我が師匠しか居られまい。

 この激痛が懐かしく感じるくらい、私達は子供の頃からボコボコにされるのが日常茶飯時だった。

 そのお蔭で

くらいなら、然程苦もなく倒せるようになった。

 徘徊する理不尽。

 私達門弟の間でそう呼ばれる師匠。

 く。まだまだ師匠を越えることは難しいか。

 体は全く動かん。だから口でも動かすか。

「怠惰よ、何故? 殿下に家出を勧めた?」

 私は、問わずにいられなかった。

「何のことだ? 殿下の進学先ならどっちでも同じだろう?」

 え。何だって? 怠惰が勧めたんじゃないのか? では誰が? 

「隠剣? 殿下がどうかしたのか?」

「家出しようとしていた。殿下は強くなる為に旅に出たいらしい」

「ほう。殿下も男で剣士だってことか」

 左右でうんうんと唸っている暢気なこいつらに若干苛つきながらも、こいつらにしか言えないことを話した。

「殿下にそんな自由が許される訳がないだろう。殿下に普通の人が味わう生活は無理だ。

紅玉の瞳が殿下の運命を決めたんだ」

 エルブリタニア帝国初代皇帝《ロスタロス・エルブリタニア》。

 一代でエルブリタニア帝国を建国した偉人で、彼の前に人はなく、彼の後に人が集うと言われる帝国の並ぶもの無きカリスマの支配者。

 だがその偉業、否、覇業は件の紅玉の瞳無くして成し得ないものだった。

 そして、敵であろうと

であろうと全て従えた初代皇帝には終世、友がいなかったと言う。

 私には同門の仲間がいるが、殿下には真の友は此れから先も作ることは困難だろう。

 友とは作るものではない、出来るものだからな。

 左右の同輩を意識せずに私は、素直にそう思った。

「心配するな、俺達もいるんだぜ。帝国護剣の三剣がいて何を心配するんだ?」

「そうそう。心配すると禿げるぞ」

「.........ふ」

 友とは、斯くありたいものだ。

「あらあら、ビクターさん。(ズラ)()れてますよ」

 教会の修道女が拘束部屋に入るなり、私の鬘を直しながら微笑む。

 ......その時、私の瞳から涙が零れたのは気のせいだろう。

 
 奇しくもこの後、殿下に関わりのある3人が殿下と同じく粗相するのは、運命だったのだろうか?
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み