第83話 怠惰

文字数 1,324文字

 私はエルバルト・ナインテール。

 無職だ。

 あああ、何て甘い響きなんだ。

 無職、さ、最高だ!

 妻も出来て家のことは全て丸投げだ。

 最高の生活だ!


 え、ビクトリアス殿下が戻られた?

 え、数か月で戻って来やがったのか弟子は...。

 まあ、仕方がない。

 え、離宮へ来いって? 嫌だよ! もう殿下に俺は必要ないよ!

 全ての技と、私の

を伝授しているからだ。

 え、十の災厄(アンタッチャブル)が何だって?

 え、7体程来てる? 何処に? 離宮に? 阿呆か! うな訳あるか!


「ぎゃあああああ~!」

 マジか! マジですか? マジだったのか!

 私の前には人化した化け物達が、私の弟子にボコボコにされていた。

 弟子よ...殿下...あなたは何処まで強くなるのですか?

 え、デバック師匠? 

 え、ジャンクス? 

 え、私も混ざれだって?

 何の冗談ですか? え、冗談ではない。

 ...でしょうね。

 私もそうだと思いましたよ、はい。


「あなた~! 頑張って~!」

 おお、私の妻メアリーが私に歓声を揚げる。

 その声が私には何故か、断崖絶壁から私を突き落とす声に聞こえた。

 メアリー、この化け物達は十の災厄(アンタッチャブル)と呼ばれる不可避の神罰なんだよ? つまり、メアリー。

 お前は自分の旦那を殺そうとしているんだよ! 解ってる、メアリー?

 私の妻は、妻の妹が仕えるローゼティアス殿下と仲良くお茶をしながら地獄絵図が広がる離宮の中庭で寛いでいる。

 え、師匠がぶっ飛ばされている?

 え、円剣ジャンクスがボロボロになっている。

 え、あの《傲慢》が中庭の片隅でボロ雑巾のように



 ここって地獄か、何かですか? 私の平穏を返してくれぇぇぇぇぇ~!

 そう心の中で叫びながら、化け物達と手合わせをする。

 死と隣り合わせの手合わせなど、最早実践と何ら変わりはない。

 私は己の存在値が爆上がりしているのを感じていた。

 そう、時たま意識を飛ばしながらも私は必至に生き残ろうとしていた。


「流石は師匠の師匠ですな! 我が武を以てしても崩せぬとは!」

 殿下の弟子と名乗る筋肉達磨が何か私に言っている。


「お久しぶりです、ナインテール卿...」

 そう言うお前は《隠者の手》の、確かオピニオン(知恵の使者)

 お前もか?


「年寄りには、運動は応えますな~」

 シルフィの老人が軽やかに舞いながら、そう呟いている。

 え、レジッド・カバデルア? アルグリア九賢者の1人と同じ名前ですね?

 十の災厄(アンタッチャブル)以外の3人も漏れなく化け物であった。

 ヤバい! ここの連中はヤバい奴らだ! 

 私の平穏を乱す者達だ!


「師匠! 手合わせをお願いします!」

 え、殿下! もう無理ですって! 

 苛めですか? 虐めですね?

 ぎゃあああああ~!


 私は怠惰。

 決して働いてはいけない者。

 そして、ビクトリアス・エルブリタニア殿下の師匠で在った者だ。
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