第51話 師匠

文字数 1,637文字

 私はエルバルト・ナインテール。

 無職だ。

 あああ、何て甘い響きなんだ。

 無職、さ、最高だ!

 我が弟子であるビクトリアス殿下が、家出して2ヶ月が経つ。

 私は不肖の弟子に言いたい。

 弟子よ、ずっと家出してて、良いんだよ! 良いんだよ! 良いんだよ!

 食っちゃ、寝。

 食っちゃ、寝。

 うっほほほほほーい。

 最高じゃないか!

「エルバルト様、聞いてますか? 私の話?」

 うん? 私に話し掛ける女は誰だって? メアリー・ランゼボルグ。

 いや、メアリー・ナインテール。

 私の妻だ。

 そう、私は

! 


「ええ、メアリー。聞いてますよ」

 何故こうなったかと言うと、身から出た錆び。

 墓穴を掘る。

 まあ、私が失敗したって事だ。

 殿下が家出した頃、私とジャンクスとハゲは教会で拘束治療中だった。

 殿下の家出が解ったハゲが暴れ出し、落ち着かせるのに苦労した。

 まあ、隠者の手のオピニオン(知恵の使者)が殿下に張り付いてるなら安心だ。

 あいつは隠者の手、最高の間者(スパイ)にして、最高の頭脳を持つ変態だからな。

 オピニオンは、休まない。

 もう一度言う。

 休まないんだ。

 私は、仕事中毒者(ワーカーホリック)のあいつを変態認定している。

 そんな危ない奴と

が付いていれば(オーガ)に金棒さ。

 体が動かせるようになり、教会の拘束治療施設から出れた私達3人は、女皇帝陛下に召喚された。

 そして、ビクトリアス殿下は修行の旅に出ている。

 問題は何もない、例え旅の途中で不慮の事故に遭おうとも一切エルブリタニア帝国は関知しないと通達された。

 まあ、ハゲがブチ切れたのは言うまでもないが。

 ハゲの父親が、ハゲを一瞬で血祭りに上げたのには驚いた。

 その後、殿下の離宮にもその旨が徹底された。

 すると、何故かメアリー嬢が私の家に愚痴を言いに来るようになった。

 ハゲのハゲがハゲしくなったとか、殿下は何時帰ってくるのかとか、他愛のないことを話に来る。

 殿下が居なくなって、メアリー嬢も寂しいのだろう。

 まあ、ゴロゴロしながら話を聞く分には問題ない。

 部屋の掃除も、食事も作ってくれる。

 ちなみに私は、既に話の内容を聞かずに相づちを打てるスキルをマスターした。

 うん、うん、うん。

 え、それはどうだろうって肯定の途中に、遇に否定を入れるのがコツだ。


「今日は良い天気ですね」

「うん」

「今日の夕食は魚でいいですよね?」

「うん」

「殿下、早く帰って来て欲しいですね」

「うん」

「私も良い年なんですよ。でも結婚の見込みがないのが悩みなんです」

「え、それはどうだろう」

「じゃあ、エルバルト様が私をお嫁に貰ってくれますか?」

「うん」

「え、本気ですか?」

「うん」

「本当に私で良いんですか?」

「うん」

「でも殿下が戻って来てからですよね?」

「え、それはどうだろう」

「じゃあ執事長に伝えても良いんですか?」

「うん」

 うん? 何故メアリー嬢は、私に抱き付き泪を流してるんだろう? 

 え、結婚? 私がメアリー嬢に申し込んだ? 

 え、私そんなこと言ったっけ? なんて聞ける雰囲気じゃない! 

 ヤバい! ヤバい! 



 数日後、私はメアリー嬢と結婚していた。

 親友のジャンクスが大号泣して、ドン引いた。

 ハゲも私の結婚には、驚いていたんだろう。

 何故なら、...ハゲは(ズラ)を被り忘れていた。

 結婚って最高だ。

 だって全て妻が差配してくれる。

 私は何もしなくて良い。

 最高だ結婚。


 彼はまだ知らない、女性は結婚してから最低2回変身する生き物だと言うことを、まだ彼は知らない。

 チーン。
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