第119話 災厄と最悪

文字数 1,738文字

 我はハミルクリニカ・アッバース。

 アッバース王国の国王である。

 アッバースは正義の剣を規範として、先人達の為した伝説を受け継ぐ。

 先人達の誇りを胸に、我はアッバースを導いていかなければならない。


「ば、馬鹿な! どんな絡繰りだ、小僧!」

 我は城の中庭で、土を舐めている。

 我は確かに、小僧に一撃を喰らわせたはず!

 我が狂撃の一撃を受け、無傷な者などおらん!

 否、おらんはずだった。

 では何故、我は地に伏せている?

 では何故、小僧は我を見下ろしている?

 何故だ!?


「陛下、絡繰りなどではありません...残念ながら、...」

 申し訳なさそうに小僧は、そう我に告げる。

 ええい、まだ負けた訳ではない。

 それから、我は何度も立ち上がり、件の小僧に立ち向かっていった。

 何故、我の攻撃が利かん?

 何故、我の攻撃が当たらん?

 何故、我は戦いを続けられない?

 我の体力は限界を迎えていた。
 
 足も、腰も、腕もがアダマンタイトのように重い。

 我はそれでもボロボロの大剣を杖として、立ち上がり、そして意識を失った。


「グォ!」「まだまだ、グワッ!」「ええい、囲め!」「化物め!」「至急伝令を送れ! 戦える者を集めろ!」「うっうう、うぅ...」「ああぁ、くそぉ...」.........

 我は騒がしい喧噪で、目を覚ます。

 ここはどこだ、我はだれだ?

 朦朧とする意識を頭を振りながら覚醒させた我に、宰相カルマートが蒼白の表情で事の次第を告げる。

「へ、陛下! お気付きになられましたか! ......」

 宰相の報告は、悪夢のような最悪の内容だった。

 我が意識を無くした後、あの小僧は我の騎士達にこう言ったそうだ。

「僕の勝ちで良いかな? それとも纏めて掛かってくる? 纏めてやらないと面倒臭いからね!」

 正義の審判を何だと思っているのだ、...。

 我が先祖である先人達の儀式を馬鹿にされた騎士達は、最初は1対1で戦っていたらしいが、その内に総掛かりとなったそうだ。

 王城と城下から戦える全ての者を参集して、現在対応していると宰相は言う。

 ば、馬鹿な...こんな事が起こっていいのか?

 我がアッバース王国に、我が意識を無くしている間に最大の危機が訪れていたのだった。

 ゴクリ、...これは不味い、最悪だ!

 不味すぎる、正義の審判に於いて1人に対して近衛騎士を含めた総掛かりだと?

 有り得ん、否! アッバースの歴史に於いて今までもこれからも有り得ないことが起こっている!

 “正義の審判”...力無き正義は正義に非ず、正義を示せ!

 偉大なる先人の言葉が、我に伸し掛かる。

 我が騎士達が、兵士達が、中庭にボロボロの姿で転がっている。

 これではまるで、十の災厄(アンタッチャブル)と戦ったようではないか...。

 中庭に広がる惨状、だが、誰一人として死んだ者はいないと言う。

 我もよく見ると、ボロボロだが、生きている。

 小僧、...お前は。

 殺す気で来る者達を殺さずに叩きのめす、...圧倒的な力量差がなければ為し得ない。

 つまり、小僧は手加減をしているのだ。

 この我に、この我の騎士に、この我の国に、...。
 

「ふっ、ふははははは~!」 

 我は笑いを堪えきれなかった。

 我の笑い声が、中庭の喧噪を沈める。

 静かになった中庭に、我の笑い声だけが響き渡る。

 こんなに笑ったのは、久方ぶりだ。


「小僧、貴様は一体何者なのだ?」

 全く傷一つ、埃一つ、疲れ一つ見せない小僧が、何故か恥ずかしそうにビシッとポーズを決めて我にこう言った!

「僕が“何者”だって? 僕はハミルクリニカ・アッバース、お前の願いを叶える者だ!」


 我は、その時こう思った。

 “ああ、この小僧の友に為りたい”と。

 そう、アジタート卿の件はスッカリ忘れていた。

 すまん、ダロス...。


 我はハミルクリニカ・アッバース。

 アッバース王国を統べる者。

 そして、ビクトリアス・エルブリタニアの友である。
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