第29話 ぎゃあああああ

文字数 1,876文字

 俺は......誰だ? そ、そう。

 お、俺はレディオス・ベクシス。

 諜謀機関“隠者の手”所属の

上級工作員。

 だったはず、だ。

 現在、エルブリタニア帝国第3皇子殿下の観察任務を遂行中の

上級工作員。

 だったはず、だ。

 き、記憶が飛んでいる。

 思考が覚束ない。

 俺、もしかして呆けたのか、若呆けなのか、俺は戦慄を隠せない。

 考えられない俺なんて、考えられない。

 あ、思い出した。確か飛竜が目の前に!
 
「ち、違う。ぜ、絶対違う。嘘だぁぁぁぁあ! 」

 俺は俺の導き出した“答え”を否定し拒絶し排除した。

 でも目の前の現実が事実が事象が、俺の導き出した“答え”を肯定し受諾し受容した。

 あ、そこから記憶がない。

 俺が気絶した? 俺が意識を失った? 俺が逃げ出した? 考えろ、考えろ、考えるんだ。

 思考し続けろ、それが生き残る最善の行動、最高の行為、最適な動作だ。

 がっ、ががががが。

 頭が痛い、激痛が灼痛が疼痛が。

 俺は気絶し意識を手放し、“答え”から導き出す現実から逃げ出すのを強く拒絶した。

 お腹減ったね、兄ちゃん。

 眠いよ、兄ちゃん。

 好きだよ、兄ちゃん。

 おい、食べ物だぞ。

 おい、寝たら駄目だ起きろ。

 おい、恥ずいぞどうした? 

 .....兄ちゃん。

 おい、目を開けろ。

 痩せていく、凍えていく、死んでいく弟妹達。

 俺が守れなかった、守りたかった、掴みたかった家族(兄弟姉妹)との未来。

 殿下? 俺の願いを叶える? なら叶えてくれよ! 助けてくれよ! 崩れていった未来を俺は再構築する。

 俺の願いを叶える? なら俺と一緒に“この歪んだ世界”をぶっ壊してくれ!


「レディ、大丈夫?」

 誰かが俺を揺する。

 殿下の顔が見える。

 弟妹の顔と重なる。

 俺は頭を振り意識と思考を覚醒させる。

「殿下、黄金竜は? 今ここに居ましたよね?」

 これも質問ちゃあ質問だが、俺は殿下に聞き質した。

「レディ、寝惚けてるの? さあ、行くよ」

 おいおいおいおい、それは無理あるだろ殿下。

 目の前の踏み潰され広場と化した惨状を見ながら、俺は心の中で盛大に突っ込んだ。

 殿下と世界樹の森を進む。

 悪い予感しかしない、気の所為であってくれ。

 ぎゃあああああ! コカトリスの群れに突っ込んだ殿下に、俺は絶叫で突っ込んだ。

 この馬鹿が、死ぬ気か? それからコカトリスの群れを

倒した。

 え、どうしてこの広い森の中で、コカトリスの群れに

出会すんだ。

 俺は驚きと死の気配の連続で“違和感”を思考する暇もなく、そして燃え尽きた。

 それから復活した俺は直ぐに絶叫する。

 ぎゃあああああ。

「で、殿下。せ、世界樹です。ま、不味いですよ?」

 あれ、俺は馬鹿? 端的に伝達するべき言葉が、恐慌して馬鹿な言葉の羅列を吐き出す。

 あ、あああああ。

「で、殿下。十の災厄(アンタッチャブル)です、まだ気付かれていません。直ぐ逃げるべきです、殿下!」

 世界樹の幹に巻き付く巨大な蛇。

 十の災厄(アンタッチャブル)の一角、“

”ヨルムガンド。

『すいません、今立て込んでるので帰ってくれませんか?』

 え、えええええ。

 な、何だって? 俺の頭が、“思考”が固まった。

 駄目だ、駄目だ、駄目だ。

 考えろ、考えろ、考えるんだ。

 思考を止めるな、諦めるな、逃げだすな。

 ぎゃあああああ。

 それからも“ぎゃあああああ”の驚きの連続だった。

 十の災厄(アンタッチャブル)の一角、“禍蛇”は番の蛇を指す。

 番の蛇とは巨大な蛇《巨蛇》ヨルムガンドと見えない触れられない蛇《虚蛇》ウロボロスだ。

 何故解ったかって? 目の前の当事者に念話と言うもので直接、“答え”を聞いたからだ。

 え、驚かないのって? 否、驚いたよ。

 でも何故か頭の巡りが、“思考”が瞬時に“答え”

を出すんだ。

 いいか、導き出すんじゃあなく“答え”が出るんだ。

 俺には解るんだ。

 何故か、“答え”

が解るんだ。


 レディオス・ベクシス。

 後年、この名を知らない為政者はアルグリア大陸には存在しない。

 エルブリタニア帝国の“知恵の悪魔”と言われる怪物が、今まさに誕生した瞬間だった。
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