第73話 料理人

文字数 1,684文字

 俺はサミュエル・ガトー。

 暗殺組織《闇の牙》の超1流の

暗殺者(ヒットマン)だ。

 現在はベニアス王国で小さい食堂をしている。

 俺には妻がいる。

 その名はサラ・ガトー、俺が守ると約束した女だ。

 俺は暗殺の世界では、料理人(マギュレプステ)と呼ばれている。

 由来は依頼者の希望に沿った暗殺で依頼を完遂する、俺の殺しのスタイルにある。

 中には、俺にお任せの暗殺(気まぐれクッキング)も結構あった。

 そんな俺が暗殺者を廃業したのは、ある化け物に出会ったからだった。

 その化け物は、十の災厄(アンタッチャブル)を従えるヤバい奴だった。

 俺の手に負えない暗殺対象者の圧倒的な力の前には、己の死以外の想像が皆無だった。

 俺は無理はしない主義だ。

 何故なら、暗殺はあくまでも金を稼ぐ手段だからだ。

 人を殺して愉悦する趣味は俺にはない。

 それに俺には夢があった。

 小さい頃、腹を空かせた俺が初めて盗んだパン。

 糞美味かった!

 俺でもいつかこんな物を作りたいと思った。

 今がその時だ!

 そんな俺に付いて来てくれたサラ...。

 俺は奴らに忠告をした。

「俺達に構うな。もし構うなら俺がお前達をこの世から消してやる」

 闇の牙は、この作戦が終了したら俺が潰す。

 奴らはサラが俺の弱点だと知っている。

 サラが何故、簡単に奴らに捕まったのか?

 それを奴らは知らない。

 サラのお腹の中に、俺の子がいることを奴らは知らない。

 俺は、俺の大切な物を傷付けた奴らを許さない。

 身重のサラは俺を待っている。

 俺はサラと約束をした。

 俺がお前を守ると、約束したんだ!

 ギエロア大王国? 暗部機関『猿』?

 それがどうした? お前達は俺を怒らせた...その報いを必ず受けさせる。

 俺はローゼティアス・エルブリタニア第1皇女を守護する騎士達を、淡々と屠っていく。

 騎士は強い、だが俺はもっと強い。

 俺は人を殺す専門職(プロフェッショナル)だ。

 あと1人だ。

 それを排除すればローゼティアス殿下とメイドの2人のみだ。

 俺は人を殺す時にこんなに悲しい思いを感じたことはない。

 何故か、俺のまだ見ぬ我が子とローゼティアス殿下が重なる。

 女の子、ローゼティアス殿下が俺を険しい表情で見ている。

 ああ、俺はこれからこの子を殺すのか...。

 その時、闇の牙の包囲網の一郭が崩れた。

 俺は目の前の騎士に意識を集中しながらも、気配を探った。

 う、嘘だろ! 俺は1度覚えた気配は忘れない。

 それも、俺が暗殺者を引退する切っ掛けになった化け物の気配を忘れるはずがない。

 くっ、俺は目の前の騎士に当て身を加え、暗殺対象者のローゼティアス殿下に必殺の一撃を加えた。

 しかし、俺の剣はローゼティアス殿下には届かなかった。

 ローゼティアス殿下のメイドが捨て身で殿下に覆い被さり、俺の一撃を自身の体で受けたのだった。

 崩れ落ちるメイド、声にならない絶叫を顔に貼り付けたローゼティアス殿下。

 そして、俺は一拍の呼吸も開けずに、ローゼティアスに剣を刺し込んだ。

 しかし、俺の剣はローゼティアス殿下には届かなかった。

 何故なら、届くべき剣が根元から絶ち切られていた。

「ごめん、ローゼティアス! 遅くなった!」

 件の化け物が、ローゼティアス殿下に申し訳なさそうに謝罪する。

 そして、俺達に向かって宣告する。

「僕の妹をよくも泣かしたな! 僕はビクトリアス・エルブリタニア! お前達を討ち滅ぼす者だ!」

 くっ、俺達は化け物の逆鱗に触れたのだ!

 サラ、俺はサラとお腹の子を守ると約束した!

 例え、相手が化け物でも逃げる訳にはいかない!


「...」

 俺は言い訳はしない。

 否、出来ない。

 俺は暗殺者。

 因果応報だ。

 それでも! 俺は俺の家族の為、この化け物を殺す!

 サラ...。
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