第60話 矛盾

文字数 1,493文字

 俺はレディオス・ベクシス。

 諜謀機関《隠者の手》所属の工作員、暗号名(コードネーム)オピニオン(知恵の使者)』だ。

 現在、観察対象者と行動を共にしている。

 
 俺には、家族がいる。

 俺が、守るべき家族がいる。

 そして、俺の手が小さ過ぎて守れなかった家族がいた。


 兄ちゃん、これ美味しいね。

 兄ちゃん、一緒に寝ると暖かいね。

 兄ちゃん、ありがとう......。

 俺の弟妹達、俺の守れなかった家族。

 俺は、俺の家族を

守ると決めた。

 俺が帝国の為に動くと、俺の家族と同じ者達が溢れる。

 俺の思考世界で、もう1人の俺が俺に問い掛ける。

 “お前の家族さえ守れれば、それで良いのか?”

 “お前の家族さえ生き残れば、お前は満足か?”

 “お前はお前の家族を、お前自身の手で救うと決めた。

 では、お前はその手で生み出すお前の家族同様の者達は見捨てるのか?”

 “仕方ない!”

 “全てを守る力は俺にはない!”

 “俺の手では、全てを溢さず受け止められない”

 理想と現実。

 俺が思い描く未来を理想と言うならば、その理想に現実を近付けるのが最善だ。

 しかし、現実を蔑ろにして理想を語るのは只の夢想家だ。

 理想と現実の均衡を取りながら、俺は自分の思い描く未来を掴み取る。

 心に出来た少しの隙間。

 少しづつ、少しづつ、大きく裂けていく。

 心が真っ二つに裂けようとも、俺は俺の家族を守る。

 俺は孤児。

 俺と同じ孤児が、俺の家族。


「先輩! レディ先輩! 大丈夫ですか、先輩!」

 レイが俺を揺さ振り起こす。

 どうやら俺は魘されていたようだ。

 観察対象者は、《黒獣》と《千手蜘蛛》と一緒に良く眠っている。

「すまない、レイ。夜番交代の時間だな?」

「ええ、先輩。あの少し質問しても良いですか?」

 え、何だって? レイは化け物に為ったのかだって?

 お前は、何言ってるんだ?

 物には、定義ってのがあるんだ。

「お前は人だ、化け物ではない。だが、武力は人の域を超えた。そう言う意味では化け物だ。でも、お前が目指す“最強の武”は、あそこに寝ている

以外の化け物を倒す力があって、初めて手に掴めるんだぞ?」

 俺の言葉にレイは納得したのか、礼を言って眠りについた。

 俺も数ヵ月前までは、ドラゴンを1人で倒すなんて夢想もしなかった。

 でも、今では片手間に瞬殺出来る。

 あれ? 《黒獣》エクリプス・《氷狼》エンプレス・《麒麟》パラグラム・《海竜》リヴァイアサン・《千手蜘蛛》アンチノミー・《不死鳥》ラフレシア・《残念な天然さん》観察対象者。

 この化け物達で、アルグリア大陸制覇は出来ると。

 俺の思考が、瞬時に答えを出す。

 そして、瞬時に別の答えも出す。

 十の災厄(アンタッチャブル)を超える化け物、《残念な天然さん》観察対象者が、アルグリア大陸制覇を為す者ではないと。


「僕が“何者”だって? 僕はレディオス・ベクシス! お前の願いを叶える者だ!」

 何故か恥ずかしそうにビシッとポーズは決めて、俺に告げる《残念な天然さん》観察対象者の姿を思い出した。

 俺の願いを、本当に叶える事が出来るのか?

 俺の思考が、答えを出す。

 今は、まだ不明だと。

 俺は驚愕する。

 無理ではなく.....不明。


 俺は1人で夜番をしながら、ニヤける自分の顔を誰にも見られずにすんで、ほっとしたのだった。
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