第16話 お話

文字数 1,006文字

 次の日から、藍はまた学校に通うようになった。藍の体を気遣う翔に、「病気じゃないんだから」と笑っていたのだが。
 週末が近づいた日の朝、藍が倒れた。ダイニングルームに向かおうと、眠い目をこすりながら翔が廊下に出ると、藍が、自分の部屋を出たところで、ぐったりとうずくまっていたのだ。
 
 こんなことは初めてだ。意識を失っている藍を、部屋に運び入れようとしたが、痩せて非力な翔一人ではどうにもならず、助けを求めて階下に走った。 
 すぐに駆け付けた増永が、藍を抱き上げてベッドに運び、久美が医者を呼んだ。翔も、今日は学校を休むと言ったのだが、許されず、渋々学校に向かった。
 
 
 時間が経つのが、ひどく遅く感じられた。藍のことが心配で、授業に身が入らないし、あれこれと話しかけて来る藤崎もうっとうしいだけだ。
 休み時間に、うっかりしてペンケースの中身を床にぶちまけてしまい、かがみ込んで拾い集めていると、それを手伝ってくれながら、藤崎が言った。
「何かあったのか?」
「え?」

 いつもの薄ら笑いを思い浮かべて顔を上げると、藤崎は真顔だった。
「そんな、泣きそうな顔して」
「泣きそうな顔なんかしてないよ……」
 翔は顔をそらしたが、そんなふうに言われたせいで、返って目頭がじわりとしてしまう。放っておいてくれればいいのに……。
 
 
 放課後、足早に校門に向かうと、いつものように増永が運転席から降りて来て、後部座席のドアを開けた。車に乗り込んだ翔は、シートベルトを締めながら、増永に尋ねる。
「藍の具合は?」
 だが、増永は、真っ直ぐ前を向いたまま言った。
「そのことは、後ほど」
 不満だったが、いくら聞いても無駄なことはわかっている。増永が、翔たちのわがままを聞いてくれたことなどないし、泣き落そうとしても、彼がほだされるはずもない。
 仕方なく、翔はシートに背中を預けた。
 
 
 家に着くと、玄関ポーチで迎えてくれた久美に、挨拶もそこそこに尋ねる。
「藍は?」
「今は、お部屋でお休みになっています」
「具合はどうなの?」
 久美が、翔の目を見る。
「そのことで、お話があります」
「え……?」

 翔の表情がよほど不安げだったのか、久美がかすかに微笑んで言った。
「藍さんの命に別状はございませんよ。後ほど伺いますので、お部屋でお待ちください」
「……わかった」
 命に別条がないからと言って、安心出来るわけではないが、どうしようもないので、言われた通りにする。
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