第6話 宿題

文字数 1,142文字

 部屋で着替えていると、ドアをノックする音がした。そして、答える間もなく、ドアが開く。
「翔、入るわよ」
 チェックのワンピースに着替えた藍が、教科書とノートを抱えて入って来た。三つ編みはほどかれ、つややかな髪が、細い体を包み込むように美しく波打っている。
「早いな」
「あら。翔が遅いのよ」

 教科書とノートをテーブルの上に置いた藍は、翔の前に立つと、まだはだけたままのシャツのボタンを留めてくれる。
「これでいいわ」
 ボタンを留め終え、藍がにっこり笑ったところに、久美がトレーを掲げてやって来た。

「今日はカップケーキですよ」
 藍が置いた教科書とノートをわきによけて、カップと、皿に載せた小さなケーキを並べる。
 夕食までそれほど長くないので、比較的少食な二人がこの時間に口にするのは、ほんの少しだ。
 
「『お母さま』のお菓子、好きよ」
 藍は、いそいそとテーブルに着く。久美が、カップに紅茶を注ぎながら、立ったままの翔に言う。
「翔さんもどうぞ」
 翔がのろのろと椅子に座ると、紅茶を注ぎ終わった久美は、トレーを持って部屋を出て行った。
 
「さぁ食べましょう」
 藍は、添えられたフォークを使わず、細い指で、グレーズソースのたっぷりかかったケーキをつまんで口に運ぶ。
 一口かじって、いったんケーキを皿に戻し、ソースのついた指をしゃぶる。ぽってりとした赤い唇がすぼめられるのを見つめていると、藍がこちらを見て言った。
「食べないの?」
「いや、食べるよ」

 無造作にフォークをケーキに突き刺して、がぶりとかじる。藍が、再びケーキを手に取って言う。
「翔ったら、お行儀が悪いわね」
「藍だって」
 残りのケーキを無理矢理口に押し込んで、もぐもぐと咀嚼する。そんな翔を見て、藍がふふふと笑う。
 
 
 紅茶を飲み干した藍が、翔を上目遣いに見た。
「ねぇ」
「あぁ。宿題?」
 カップを脇によけようとすると、藍がその手を掴んだ。
「ソファにいきましょう」
「宿題は?」
「いいの」

 藍に導かれるまま、窓際のソファに二人並んで座る。藍は、少しの間、翔を見つめた後、唇を合わせて来た。
 積極的な藍に戸惑いながらも、それを受け入れる。藍の唇は、グレーズソースの味がする。
 少しの間味わってから、唇を離して、翔は言った。
「久美が来る」
「まだ当分来ないわよ」
「宿題は?」

「もう!」
 藍がじれったそうに体をよじる。
「宿題なんてないわよ。早く翔と二人きりになりたかったから、そう言っただけ」
 翔は、さらに戸惑う。そんなに焦らなくたって、この後、二人きりになれる時間はいくらでもあるのに……。
 
 藍が、翔の手を取って、自分の胸に押し当てる。下着を着けていない小さな乳房の先端が、硬く尖っている。
 思わず、ぎゅっと掴むと、藍が吐息を漏らした。
「翔、好きよ……」
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