第159話 ベッド

文字数 1,236文字

 翌日の朝、翔たちは、来たときと同じように、警護の車に前後を挟まれて帰路に着いた。教祖と会ったことは、最早、夢の中の出来事のようだ。
 藍は、夕食の間中ぼんやりとしていて、あまり言葉を発することもなかった。朝食のときも、それはまだ続いていて、教祖とのやり取りについても、まだ何も話をしていない。
 それについては、今後いくらでも話す機会があると思うが。
 
 
 ようやく屋敷に帰り着いたときは、すでに夕暮れどきだった。ゲートの前で、警護の車が脇によける。
 佐渡がリモコンでゲートを開け、車が敷地内に入ると、信者から連絡を受けたらしい久美が、玄関ポーチに立っていた。
「お帰りなさいませ」
 車を降りた翔たちに、笑顔で足早に近づきながら言う。
 
「ただいま」
「……ただいま」
 藍が答え、翔も、それに続く。
「みなさん、お疲れになりましたでしょう。藍さん、お体の加減はいかがですか?」
「大丈夫よ。少し疲れたけれど」
「そうですか。翔さんはいかがですか?」
「僕も大丈夫だよ。ありがとう」

 ぞろぞろと玄関から中に入る。
「お茶になさいますか?」
 久美の言葉に、藍が翔の顔を見る。
「どうする? 私は、それより、少し部屋で休みたいわ」
「そうだね。僕も」
 久美は、微笑みながらうなずいた。
「承知いたしました。それでは、夕食の時間までお休みになってください」

 佐渡と基樹は、久美と話をするようだった。翔と藍は、それぞれの部屋に引き上げた。
 
 
 翔は、部屋に入ると、すぐにベッドに倒れ込んだ。たった一日部屋を空けただけなのに、やけに懐かしい気がする。
 疲れた体を丸めながら、昨日の朝からのことを思い返す。教祖に会うことが怖くて、ずっと食事が喉を通らないほどだったが、実際に会ってみると、漠然と思い描いていたイメージは、ことごとく崩れた。
 
 教祖は、教団が、自分の思惑とは違った方向に進み、最早、自分の力ではどうにもならないほど巨大化してしまったと言っていた。それについては、自分にはなんとも言えないし、正直なところ、何をどこまで信じていいのかもわからない。
 翔と藍が幸せに暮らせるように考えると言っていたが、それについても、彼がどこまで本気で言っているのか、どういう意味での幸せなのか、よくわからない。
 
 情けないことではあるが、そもそも翔自身、自分がどうしたいのかよくわかっていないのだから。
 ただ、藍には、無事に子供を産んでほしいし、これから先も、藍と基樹、それに、久美たちとも一緒にいたいと思う。あるいはそれが、自分にとっての幸せなのだろうか……。
 
 
 やがて思考は、昨夜のことへと移って行く。三人で夕食を取った後、部屋で、基樹と二人きりになってからのことだ。
 基樹は宣言した通り、自らの手で、翔のスーツを脱がせた。スーツだけでなく、下着まですべて脱がされ、その後の長い時間を、裸のまま過ごすことになった。
 すべてが終わり、疲れ果て、ようやくベッドに入った頃には、日付が変わってから数時間が経過していた。
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