第59話 夕食

文字数 865文字

 夕食の時間、久美が出て行ってから、基樹が言った。
「まるで俺たちに、ここから逃げ出そうとしても無駄だって見せつけているみたいだな」
「そうね。私も、昨日からずいぶん反抗的なことばかり言っているし」
 翔は、フォークを握りしめる。
「僕も、洋館を抜け出したりしたから……」
「いや、ターゲットは、主に俺なんじゃないか? 何しろ、どこの馬の骨かもわからない異分子だし」

 基樹は、ボイルしたブロッコリーにフォークを突き刺しながら言う。
「二人は、ずっと彼らのもとで育って来たわけだし、ある程度、理解も信頼もされているだろう。でも、俺のことは警戒しているはずだ。
 万が一、俺がここから脱出して、秘密が漏れたら大変なことになるだろうからな」
 彼の向かい側に並んで座る翔も藍も、思わず、もぐもぐとブロッコリーを咀嚼する基樹の顔を見つめる。基樹が、面食らったように、顔の前で手のひらを振った。
 
 そして、口の中のものをごくりと飲み込んでから言った。
「もちろん、そんなことはしないよ。俺は……」
 翔の顔をちらりと見てから続ける。
「どんなことがあっても、最後まで行動をともにするって決めたんだ」
「あぁ!」
 藍が、突然大きな声を上げて、皿の上に、ガチャンとフォークを投げ出した。
 
「あなたたちがうらやましいわ」
「……え?」
「二人は固い絆で結ばれているのね。私も、そう言う相手がほしかったわ」
 翔は、あわてて言う。
「藍のことだって、大切に思っているよ」

 藍が、悲しげな目で翔を見た。
「そういうことじゃないわ。わかっているくせに……」
 そう言うなり、目が潤み、口元を押さえて泣き出してしまった。
「藍……」
 翔は、藍の肩に手をかける。だが、藍は言った。
「そんなふうに優しくしないで。私、翔にひどいことをしたのに」

「なぁ。よかったら、何があったのか俺にも話してくれないかな」
 基樹の言葉に、藍が顔を上げた。
「私、翔をだまして、鮎川先生と付き合っていたのよ」
 翔はあわてて言う。
「そんなこと言わなくていいよ」
 だが、藍は首を横に振った。
「いいの。だって本当のことだもの」
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