第52話 高ぶり

文字数 859文字

 基樹が、憮然として言う。
「『藍じゃなかったの?』ってどういう意味だよ」
 翔は、しどろもどろになりながら答える。
「だって、いつか学校で、妹も勉強が好きなのか、とかなんとか……」
「俺が? そんなこと言ったか?」
「言ったよ。だからずっと、基樹は藍に興味があるんだと思っていた」
 まさか、自分のことなんて……。
 
「何言ってるんだよ。俺は、藍と話したのは昨日が初めてだぜ」
「だけど、ほら、遠くから見て、とか……」
 基樹は、大きくため息をついてから言った。
「それはまぁ、藍はきれいだと思うけど、俺は、そういうことで人を好きになったりしない」
「……怒った?」
「怒ってねぇよ。怒ってないけど……」

 恐る恐る見ていると、基樹が言った。
「こんなときに、どこにも逃げ場がない状態で、こんなことして卑怯だった。
 ごめん。今あったことは、全部忘れてくれ」
 言葉を探しているうちに、基樹が立ち上がった。
「もう寝る」
「待って!」
 我知らず、翔は基樹の腕を掴んでいた。
 
 基樹が振り返って、翔を見下ろす。何か言わなければとあせる。
「あの、えぇと……」
 基樹は黙ったままだ。
「今まで自覚していなかったけど、今のことで……。あの……僕も、好き、かも」
 それが恋愛感情なのかどうか、今はまだはっきりわからないし、混乱もしている。でも、危険を冒してでも会いたいと思ったのは事実だし、キスも素直に受け入れられた。
 それに、こうなった今も、そして多分、もっと前から、ずっとそばにいてほしいと思っている。
 
 基樹が言った。
「そんなこと言っていいのか?」
「え?」
「俺、もう歯止めが利かない。後悔しても知らないぞ」
「え?」

 ぽかんとしているうちに、再び横に座った基樹に唇を奪われた。今度は、唇をこじ開けられて、舌が入って来る。
 状況を把握出来ないでいるうちに、押し倒され、パジャマのボタンに手がかかる。驚きながらも、体が熱くなる。
 たとえこれが、お互いに極限状態に置かれたための、一時的な感情の高ぶりのせいだったとしてもかまわない。そう思い、翔は基樹に体をまかせた。
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