第56話 抱擁

文字数 800文字

 翔はただ、みんなのやり取りを黙って聞いていることしか出来なかったが、これからも基樹と一緒にいられるのだと知り、少し安心した。藍は、それきり何も言わず、仏頂面をしたまま食事を続け、会話は途切れた。
 食事が終わると、藍はさっさと自分の部屋に戻ってしまい、久美は、テーブルを片付けていったん退室した後、掃除をするために、再び部屋にやって来た。
 
 
 久美が掃除をしている間、二人は、テーブルに着いて待った。
 基樹が、向かい側で頬杖をつき、こちらに視線を注いでいる。翔は、昨夜のことを思い出してしまい、恥ずかしくて顔を上げられない。
 今まで、藍のほかに誰かを好きになったことはなかったし、もちろん、藍としか、したことがなかった。まさか、自分が同性とこうなるなんて、考えたこともなかった。
 それなのに、今はもう基樹のことしか考えられなくなっている。とても不思議だ……。
 
 
「ご所望のものがありましたら、出来る限りご用意いたしますので、遠慮なくお申しつけください」
 掃除が終わると、久美はそう言って出て行った。ドアの鍵をかけて戻って来た基樹が、テーブルの横に立つ。
「翔」
 立ち上がると、両腕で、すっぽりと包み込まれた。翔は、基樹の腰に腕を回して、体をあずける。
 
「ゆうべはごめん。体調がよくないのに、俺、興奮して、つい何度も……」
 翔は、基樹の肩に頬を当てる。
「うぅん、いいよ。こうしていると、あったかくてほっとする。でも……」
「うん?」
「すごく眠たい」
 実際、温かい腕の中が心地よくて、このまま眠りに落ちてしまいそうなくらいだ。
 
「ベッドで横になれよ。邪魔しないから」
「うん……」
 なんとなく名残惜しくて、しばらくそのままでいたのだが、基樹にうながされ、久美がシーツを替えたばかりのベッドに入った。心配しなくても、基樹とは、ずっと一緒にいられるのだ。
 布団を肩まで上げて目を閉じると、翔は、すぐに眠りに落ちた。
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