第106話 翔

文字数 800文字

 真佐が出て行った後、ベッドに横になったまま、藍は部屋を見回す。ここは病院の個室のようで、部屋の隅にファンヒーターが点いていて、窓の外には、どんよりとした曇り空が見える。
 真佐は、ああ言っていたが、心細くて、とても眠れる気分ではない。あの後、増永はどうなったのだろう。
 藍の乗った救急車が行方をくらませた知らせは、もう翔たちにも届いているだろうか。もしもそうならば、繊細な翔は、きっと心配のあまり食事が喉を通らなくなっているに違いない。
 
 翔……。私の大切な双子の兄。今まで何度も、私は翔を傷つけてしまった。それでも翔は、少しも私を責めることなく、変わらず優しく接してくれた。
 基樹くんの存在を知ったときには、寂しい気持ちがしたし、二人が愛し合うようになったのを見て、嫉妬しなかったと言えば嘘になる。でも、翔を裏切って、鮎川先生と深い関係になり、先生とともに生きようと夢見た自分には、そんなことを考える資格すらないとわかっている。
 
 私がこんなことになって、翔はショックを受けて泣いているだろうか。でも、翔のそばには基樹くんがいて、きっと翔を慰めていることだろう。
 基樹くんがいてくれてよかった。もしも彼がいなかったならば、翔は一人きりで、どうなってしまうことか……。
 二人は、お互いを必要とし、強い絆で結ばれていて、そこにはもう、私が入り込む余地などない。翔にとって、私はもう、ただの妹でしかないのだ……。
 
 
 いつの間にか眠っていたようで、物音で目が覚めた。真佐が入って来たところだった。
 点滴の具合を確かめながら、真佐が言う。
「終わったようだから外すわね。それからこれ、パジャマよ。後で着替えてね。今、食事を持って来るわ」
 てきぱきと話す真佐の声は、低く落ち着いていて、穏やかな表情と相まって、藍に安心感を与えてくれる。木崎が逃げ込んだところがここで、やはりラッキーだったのかもしれないと思う。
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