第98話 電話番号

文字数 746文字

 久美が足早に部屋を出て行った後も、ドアを見つめたまま立っていると、基樹が肩に触れた。
「藍は、なんて言ってた?」
「元気だって。僕に、また泣いたりしてないかって……」
 そう言いながら、涙がこぼれる。基樹が、かすかに微笑んだ。
「さすが藍だな。翔のことがよくわかっている」
 本当に、いつか基樹が言っていた通りだ。
 
「でも、どうして……」
 とりあえず、現在、藍が元気にしているということはわかった。だが、どこでどうしているのか、増永は無事なのか、そして、なぜ今になって突然電話をかけて来たのか、具体的なことは何ひとつわからない。
 それに、話の途中で電話が切れてしまったことも気がかりだ。
 
 基樹が、立ったまま涙をぬぐっている翔を、椅子に座らせ、自分も座りながら言った。
「くわしいことは、これから日本支部の人たちが調べてくれるさ。信者の中には、警察関係者もいるらしいから、なんとかなるだろう。
 それにしても、藍は、よく久美さんの電話番号がわかったな」
「それなら、僕も知っているよ。増永の番号も」

 翔も藍も、スマートフォンは持たされていないし、増永や久美の付き添いなしに洋館から出たこともなかった。だが、万が一のときのために、二人の電話番号を暗記させられていたのだ。
 ずっと、こんなものを覚えて、なんの意味があるのかと思っていたのだが、今、初めて、それが役に立ったと言える。
 
 翔の話を聞いた基樹が、昔を懐かしむような顔をして言った。
「そう言えば翔、いつか俺に、増永さんの電話番号は知らないって言ったよな」
 傷を負いながら、基樹に会いに行ったときのことだ。あのときはまだ、基樹は、増永のことを翔の父親だと思っていた。
「あのときは、増永たちに基樹の存在を知られるわけにいかないと思っていたから。ごめん……」
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