第104話 救急車

文字数 1,049文字

 その日の早朝から、藍は、激しい腹部の痛みと吐き気に襲われていた。原因は、これと言って思い当たらない。
 しばらく我慢していれば治まるのではないかと思い、ベッドに横たわったまま様子を見ていたのだが、痛みと吐き気は、鎮まったかと思えば、断続的に起こる。
 もうだめだ。助けを呼ぼう。そう思い、浅く速い呼吸を繰り返しながら手を伸ばしたとき、ちょうどインターフォンが鳴った。
 いつもの久美からの、朝食の知らせだ。藍は、震える手で、ベッドサイドの受話器を取り、声を絞り出す。
「苦しいの。助けて……」


 久美は、すぐに駆け付けてくれたが、それまでの間に、床に嘔吐してしまった。一向に痛みは治まらず、久美が増永に知らせて、藍は病院に運ばれることになった。
 増永が病院や救急車の手配している間に、久美の手を借りて、なんとか着替えた。着替え終わったところに増永がやって来て、歩くこともままならない藍は、増永に抱き上げられ、車まで運ばれたのだった。
 エレベーターを降りたところで、翔が心配そうに話しかけて来たが、苦しくて、何も答えることが出来なかった。そのときは、まさか、それきり翔と会えなくなるなどとは思いもしなかった。
 
 
 増永の運転でログハウスまで運ばれ、そこに待機していた救急車に乗せられた。救急車の運転席に増永が乗り込み、看護師の経験があるという若い男が同乗した。
 男が、藍の腕に、点滴のチューブを取り付けながら言う。
「これで、少し楽になりますよ」
 藍は小さくうなずき、やがて車は発車した。
 
 
 いつしか朦朧としていた藍は、突然の急ブレーキに、はっと目を覚ました。何事かと思う間もなく、救急車のすべてのドアが開いて、黒ずくめの男たちがばらばらと乗り込んで来る。
「お前たち!」
 そう叫んだ増永は、両側から押さえつけられながら振り向いた。藍は、首をねじって増永を見上げる。
「木崎、藍さんを!」
 だが、木崎と呼ばれた男は動かない。
 
「黙れ」
 男たちの一人が、増永の後頭部に銃を突きつけた。
「降りろ」
 増永が引きずり降ろされて行く。藍は、なんとか起き上がろうとするが、体が思うように動かない。
 増永を助けて! 木崎に向かってそう言いたいが、声を出すことが出来ない。木崎は、開いたままになっていた後部のドアを閉めると、素早く運転席に移動する。
 
 そのとき、車の外で、パンパンと、乾いた銃声らしき音が二発響いた。それと同時に、木崎が車を急発進する。
 どうしてなの? 誰か助けて! そう思いながら、藍の意識は遠のいて行く……。
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