第155話 教祖の話

文字数 807文字

――私は、晴江のことを愛していた。彼女が身ごもったと知ったときは、とてもうれしかった。
 出来ることならば、一緒に暮らしたかった。だが、最初に、カフェの片隅で立ち上げたとき、アットホームな勉強会のようだった教団は、急速に巨大化し、私の思惑とは別の方向に進み始め、最早それを止めることは出来なくなっていた。
  
――いつしか内部分裂を起こし、教団を支配し、牛耳ろうとする異分子によって、私の命までも狙われるようになっていたのだ。  
 むろん、私の意思に賛同してくれる者が大多数ではあったが、危険を避けるため、晴江とともに暮らすこともかなわなくなった。
  
――よかれと思い、比較的信者が多く、支部に力があり、彼女の母国でもある日本に晴江を帰した。彼女が双子を産んだと報告を受けたときは、とてもうれしかった。
 だが、乳飲み子を抱えた晴江は、異分子に襲われて命を落とし、信者の手によって、辛くも助け出された君たちは、信者の庇護のもとに育てられることになったのだ。
  
――君たちに会いたかったし、出来ることならば一緒に暮らしたいと思ったが、自らも命を狙われ、定住することもままならない身では、それは不可能だった。
 幼い君たちを危険にさらすことは出来ない。君たちを守るためには、こうするしかなかったのだ。
  
――信者たちが、君たちを私の後継者として崇め、そのことが、結束を固める礎になっていることもわかっている。だが、私自身は、教団のために君たちを利用しようとは思っていない。
 君たちには、ただ、幸せで安全に暮らしてほしいと思うだけだ。そのために、どうするのが一番いいか、改めて考えなくてはいけない。
 翔、藍。私に、少し時間をくれないか?
  
 翔はただ、茫然と教祖の顔を見つめる。いくらか落ち着いた藍が、ようやく顔を上げた。
 教祖が、微笑みながら言った。
――これから、食事に付き合ってくれないか? よければ、翔の大切な彼も一緒に。
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