第63話 傷跡

文字数 694文字

 その日の夜遅く、ベッドの中で向かい合っている基樹が、翔の裸の二の腕に斜めに走る傷跡に、そっと触れながら言った。
「ひどいな……」
「うん。でも、もうなんともないよ」
 傷は塞がり、普通にしていれば、もう痛みも感じない。ただ、傷跡は残るかもしれない。
「こんな傷を負いながら、俺に会いに来てくれたんだな」
「うん」
「熱もあったのに」
「うん」

 それがよかったのかどうか、今もよくわからない。基樹の身の安全を思えば、やはり会いに行くべきではなかったのだろう。
 だが、会いに行かなければ、お互いの気持ちを確かめ合うことも出来なかったし、今頃自分は孤独と恐怖に震え、毎晩、悪夢にうなされては涙を流していたかもしれない。
 
 基樹はどうだろう。突然、翔が学校に行かなくなって、最初は不審に思ったとしても、そのうち日常にまぎれて、翔の存在すら忘れてしまったのではないか。
 それとも、今までの生活よりも、檻のような部屋に閉じ込められ、明日もわからない中でさえ、こうして一緒にベッドで過ごすことを喜んでくれているのだろうか……。
 
「翔」
 名前を呼ばれ、物思いから覚める。
「何を考えてる?」
「うぅん、何も」
「なぁ、もっと近くに来いよ」
 基樹のたくましい腕が伸びて来る。
 
 
 数日後、ようやく屋上にバスケットボールのゴールが設置され、増永に伴われて三人で見に行った。見た瞬間、設置に時間がかかった理由がわかった。
 設置されたのはバスケットゴールだけではなく、高い塀に囲まれた上部全体が、グリーンのネットで覆われていたのだ。
「それでは、後ほどお迎えにあがります」 
 呆然と見上げる三人を残し、エレベーターのドアが閉まった。
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