第80話 ノック

文字数 685文字

 その日は、朝から雪が降り続いていた。午前中は、いつものように、藍とともにパソコンに向かって勉強し、昼食の後は、眠気を感じたので、ベッドに入ってまどろんでいた。
 夢の中でも、しんしんと雪が降り、辺りは静まり返っている。そんな中、誰かがドアをノックした。
 基樹? まさかね。彼はまだ、日本支部にいる。きっと藍が、刺繍をするのに疲れて、気分転換に……。
 
 もう一度、ノックの音。さらに、もう一度。徐々に意識がはっきりして来る。夢ではない。本当に、ドアがノックされているのだ。
 翔は、ゆっくりと起き上がる。まだノックは続いている。
 藍なら、待っていないで入って来ればいいのに。そう思いかけて、はっとして、ベッドから飛び下り、裸足のままドアへと向かう。
 
 
「あ……」
 開けたドアのノブを掴んだまま、翔は固まった。見上げた先に、待ち焦がれた顔があった。
 その顔が、にっと笑う。その笑顔は以前とちっとも変わらないけれど、体は、全体的に、いくらか大きくなったように見える。
「基樹!」
 そう言うそばから、涙があふれ出す。
「相変わらず泣き虫だな」
 基樹は、部屋に入って来るなり、翔をぎゅっと抱きしめた。
 
 まさか、まだ夢を見ているんじゃ……。そう思いながら、しばらくの間、基樹にしがみついて泣き続けた。
 何か言いたいが、感情が高ぶるばかりで言葉が出ない。基樹の腕が、とても温かい。
 やがて、基樹が言った。
「なぁ、そんな格好じゃ寒いだろ? せめてスリッパか靴下を履けよ」
 その言い方が、いかにも基樹らしくて、翔は泣き笑いする。たしかに、エアコンは、ほどよく効いているが、大理石の床は冷たい。
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