第137話 ケーキ

文字数 726文字

 だが、困ることはなくても、とても寂しかったはずだ。ときには、一人の部屋で泣いていたかもしれない……。
 そう思い、そっと背中に腕を回すと、翔を抱きしめたまま基樹が言った。
「翔も修学旅行に行ったのか?」
「うぅん。僕も藍も、修学旅行にも遠足にも行ったことはないよ。増永が、安全の確保が出来ないからって言って、いつも二人で、あの洋館にいた」

「そうか。それもつまらないな」
「そうでもないよ。友達がいないのに、泊りがけの旅行なんて楽しいはずがないから、返ってよかったと思っている。
 でも、久美は僕たちを不憫に思ったみたいで、そういうときは、いつもご馳走を作ってくれたよ。見事なデコレーションケーキを作ってくれたときは、藍がとても喜んでいた。
 僕は、ホイップクリームがちょっと苦手だから、そうでもなかったけどね」
 
「えっ、そうなのか?」
 基樹が突然、腕を外して体を離し、翔の顔を見た。しんみりした気分で話していた翔は、面食らう。
「……何が?」
「ホイップクリーム、苦手なのか?」
「うん……」

「じゃあ、なんのケーキならいいんだ」
 なんでケーキの話なんだろうと思いながらも、翔は答える。
「チーズケーキかな」
「レア? それともベイクド?」
「あぁ、どっちも」
「へぇ。そうなのか」

「基樹は、何が好きなの?」
「そうだな。俺はなんでも好きだけど、やっぱりチョコレートケーキかな」
「ふぅん」
 今度、久美に言って作ってもらおうか。そう思っていると、基樹が真顔で言った。
「でも、一番好きなのは翔だ。なぁ、キスぐらいしてもいいだろ?」
 そして今度もまた、答える前に、唇を塞がれた。僕はケーキじゃないのに……。
 そう思いながら、翔は目を閉じて、基樹に身をゆだねる。それは、長い時間、続いた。
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