第175話 基樹の父
文字数 1,303文字
山々が紅葉し始めた頃、帰国した基樹の父の保則が、屋敷を訪ねて来ることになった。その日、基樹と佐渡は車で、麓にある最寄りの駅まで、彼を迎えに行っていた。
保則を迎えるため、翔は、藍とグレインとともに、さっきから大広間で待っている。藍は、腹部がより大きくなって、すでに母親の貫禄さえ漂い始めている。
翔は、どんな非難も甘んじて受けようと覚悟しているのだが、それでも不安で、いつものように、前日から食欲がない。
藍が、うつむく翔の腕をさすりながら言う。
「大丈夫よ。何も心配いらないわ」
グレインも、少しずつ覚えた片言の日本語で言う。
「ダイジョウブ。責任、ダディ。翔、いい子ネ」
それは、今までにも何度も言われていることだ。
すべての責任は、教祖であったグレインにあるのであって、翔は被害者の一人なのだ。だから、何一つ気に病むことなどない、と。
みんなが翔を気遣い、何かあれば守ってくれることもわかっている。それでも、やはり初めて保則に会うのは不安だ。
基樹は自分に取って、かけがえのない大切な存在だが、基樹と翔の本当の関係を知ったとき、保則がどう思うのかということも含めて。
一人息子が同性と恋愛関係にあると知ったとき、彼は、ひどく失望するのではないだろうか……。
身を硬くしたまま座っていると、ゲートが開く音が聞こえた。翔は、はっとして顔を上げる。
「行きましょうか」
藍が、翔の肩に触れながら言った。グレインも、微笑みながらうなずく。
基樹の後から入って来た保則は、翔たちに向かって深々と頭を下げた。
「息子が、大変お世話になっております」
基樹が苦笑する。
「堅苦しいのはなしだぜ」
「みなさん、どうぞあちらへ」
久美にうながされ、ぞろぞろと大広間に移動する。翔がちらりと見ると、基樹は、にっと笑った。
スーツをびしっと着こなした保則は、切れ長の目や通った鼻筋が、基樹とよく似ている。
「仕事じゃないんだから、スーツなんて着て来なくてもよかったのに」
そう言いながらも、基樹はうれしそうだ。
「ミスター・グレイン、それに、翔と藍だよ」
基樹が、どんなふうに説明したのかは知らないが、三人が自己紹介する間、保則は微笑みを絶やさなかった。ビジネススマイルなのかもしれない、などと思いながらも、翔は少しほっとする。
すでに夕刻だ。保則は、今夜、基樹たちと同じ階の部屋に宿泊することになっている。
夕食の支度が整うまで、お茶を飲みながら談笑した。いつものように、翔は、ほとんど黙って聞いているだけだったが。
海外勤務が長い保則は、流暢な英語で、グレインと会話していた。翔はずっと、保則は、教団に対していい感情を持っていないに違いないと思っていたのだが、見ている限り、とても和やかな雰囲気だ。
もっとも、ちゃんとした大人は、むやみに感情をむき出しにしないものなのかもしれないが。
「息子のことをよろしくお願いいたします」
次の日、保則は、そう言って帰って行った。いったんマンションに戻ってから、また海外に旅立つのだという。
昨夜は、遅くまで基樹と語り合ったようだが、翔とは、特に個人的に話すことはなかった。
保則を迎えるため、翔は、藍とグレインとともに、さっきから大広間で待っている。藍は、腹部がより大きくなって、すでに母親の貫禄さえ漂い始めている。
翔は、どんな非難も甘んじて受けようと覚悟しているのだが、それでも不安で、いつものように、前日から食欲がない。
藍が、うつむく翔の腕をさすりながら言う。
「大丈夫よ。何も心配いらないわ」
グレインも、少しずつ覚えた片言の日本語で言う。
「ダイジョウブ。責任、ダディ。翔、いい子ネ」
それは、今までにも何度も言われていることだ。
すべての責任は、教祖であったグレインにあるのであって、翔は被害者の一人なのだ。だから、何一つ気に病むことなどない、と。
みんなが翔を気遣い、何かあれば守ってくれることもわかっている。それでも、やはり初めて保則に会うのは不安だ。
基樹は自分に取って、かけがえのない大切な存在だが、基樹と翔の本当の関係を知ったとき、保則がどう思うのかということも含めて。
一人息子が同性と恋愛関係にあると知ったとき、彼は、ひどく失望するのではないだろうか……。
身を硬くしたまま座っていると、ゲートが開く音が聞こえた。翔は、はっとして顔を上げる。
「行きましょうか」
藍が、翔の肩に触れながら言った。グレインも、微笑みながらうなずく。
基樹の後から入って来た保則は、翔たちに向かって深々と頭を下げた。
「息子が、大変お世話になっております」
基樹が苦笑する。
「堅苦しいのはなしだぜ」
「みなさん、どうぞあちらへ」
久美にうながされ、ぞろぞろと大広間に移動する。翔がちらりと見ると、基樹は、にっと笑った。
スーツをびしっと着こなした保則は、切れ長の目や通った鼻筋が、基樹とよく似ている。
「仕事じゃないんだから、スーツなんて着て来なくてもよかったのに」
そう言いながらも、基樹はうれしそうだ。
「ミスター・グレイン、それに、翔と藍だよ」
基樹が、どんなふうに説明したのかは知らないが、三人が自己紹介する間、保則は微笑みを絶やさなかった。ビジネススマイルなのかもしれない、などと思いながらも、翔は少しほっとする。
すでに夕刻だ。保則は、今夜、基樹たちと同じ階の部屋に宿泊することになっている。
夕食の支度が整うまで、お茶を飲みながら談笑した。いつものように、翔は、ほとんど黙って聞いているだけだったが。
海外勤務が長い保則は、流暢な英語で、グレインと会話していた。翔はずっと、保則は、教団に対していい感情を持っていないに違いないと思っていたのだが、見ている限り、とても和やかな雰囲気だ。
もっとも、ちゃんとした大人は、むやみに感情をむき出しにしないものなのかもしれないが。
「息子のことをよろしくお願いいたします」
次の日、保則は、そう言って帰って行った。いったんマンションに戻ってから、また海外に旅立つのだという。
昨夜は、遅くまで基樹と語り合ったようだが、翔とは、特に個人的に話すことはなかった。