第91話 急病

文字数 896文字

 数日後の朝、ダイニングルームに下りて行くと、基樹が一人、ぽつんとテーブルに着いていた。
「おはよう。藍はまだ?」
 洋館にいた頃から、たいていの場合、翔が部屋に入って行くと、先に席に着いている藍が笑顔で迎えてくれるのだが。
「おはよう。まだだよ。こんなこと、めずらしいな」
「うん……」

 しばらくの間、椅子に座って待っていたが、藍どころか、久美も現れない。翔は、ざわつく胸を押さえながら立ち上がった。
「ちょっと様子を見て来る」
「俺も一緒に行くよ」
 そう言いながら、基樹も立ち上がる。だが、部屋を出ようとすると、ドアが開いて、久美が飛び込んで来た。
「藍さんが……」

 翔の心臓が、ぎゅっと絞めつけられたようになる。久美が、息を切らせながら言った。
「藍さんが、部屋で倒れられました。これから増永さんが病院にお連れします」
「藍……!」
 久美を押しのけて部屋を飛び出すと、ちょうど、廊下を挟んで向かい側にあるエレベーターのドアが開いた。いつも、料理や荷物を運ぶときに使っているエレベーターだ。
 
 中から、藍を抱きかかえた増永が降りて来た。翔は駆け寄る。
「藍、どうしたの? 大丈夫!?
 藍は、真っ青な顔を歪めて、胃の辺りを押さえている。
「急性胃炎か、盲腸炎かもしれません。これから、教団関係者の病院にお連れします」
 そう言いながら、増永は、足早に玄関に向かう。
 
「僕も行く!」
「それはいけません。翔さんはここでお待ちください」
「でも」
 さらに追いすがろうとすると、後ろに来ていた基樹に腕を掴まれた。
「私も下のログハウスまで付き添います」
 そう言う久美にも、増永は首を横に振る。
「いや、それには及ばない。君は翔さんのおそばに」

 玄関の外には、すでに車が、エンジンをかけた状態で置いてある。久美が、素早く後部座席のドアを開けると、増永は、倒したシートに藍を寝かせた。
 すかさず、久美が毛布をかける。その間に、増永は運転席に乗り込み、久美が後部座席のドアを閉めると、すぐに発車した。
 翔が何か言う暇もなく、車はゲートの向こうに消えて行った。呆然とゲートを見つめていると、基樹が、肩に触れて言った。
「翔、中に入ろう」
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