第79話 苛む

文字数 801文字

 とりあえず、藍を誘い、カメラを持って庭に出た。山並みを写したり、建物の全容が入るように写したり、少し暮れ始めた空を背景に、藍を写したりした。
「貸して。今度は私が撮ってあげる」
 カメラを渡すと、藍は、パシャパシャと無造作に、何枚も翔を撮った。
 
「翔、かわいく撮れてるわ。ねぇ、こっちに来て」
 藍が笑顔で手招きする。藍が、翔の腕を撮り、二人並んで自撮りをした。
 そうしているうちにも、山の向こうの空が淡いオレンジ色に染まって行く。刻々と色を変える空も何枚かカメラに収めてから、屋敷の中に入った。
 
 
 夕食の後、よく撮れているものをプリントアウトした。藍が写っているものは、二枚ずつプリントして、一枚は藍にあげることにして、あとはファイルに収める。
 このファイルがいっぱいになる頃には、基樹に会えるだろうか。たくさんの写真を見て、基樹はなんと言うだろう……。
 ファイルを机の引き出しにしまい、翔はバスルームに向かう。
 
 
 白で統一されたバスルームの、巨大なサラダボウルのようなバスタブに浸かりながら、基樹との日々を思い返す。
 学校の机に頬杖を突きながら、こちらを見て微笑む制服姿の基樹、背負われたときの、広い背中、翔をじっと見つめる端正な顔、翔の体を包み込む腕のぬくもり、初めての夜の唇の感触、たくましい胸板、翔の体の奥深くまで貫く基樹の……。
 考えているうちに、体が反応して熱くなり、どうにも収まりがつかなくなった。翔は、実に久しぶりに、自分の体を苛んだ。
 
 
 翔は、毎日のように、いろんな時間の風景や空、ときには、藍や自分の写真を撮り、部屋では絵を描いた。描いていると、時間を忘れ、あまり涙を流すこともなくなった。
 とは言え、基樹のことを忘れることはなかったし、よく夢に見た。基樹を思いながら、淫らな行為にふけることもあった。
 そうして時間が過ぎ、ここで暮らし始めてから、ひと月ほどが経とうとしていた。
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