第168話 唇

文字数 760文字

 話し終えた基樹は、翔を見て、満足そうに、にっと笑った。だが、翔は抗議する。
「僕のことは言わなかったの?」
 基樹は、にやにやしながら言う。
「泣き虫でかわいい同性の恋人が出来たってか?」
「そうじゃないよ。基樹は僕のせいで、否応なしに教団に入るしかなかったんじゃないか」

 基樹は、首を横に振る。
「何度も言っているだろう。あのときのことは、ほんのきっかけに過ぎない。選んだのは俺だよ。
 それに、翔とのことを隠すつもりもない。いずれ父親にも話すつもりだよ。
 俺は、これからもずっと翔と一緒にいたい。この先、どんなことが待ち受けているとしても」
 そして基樹は、テーブルの上に身を乗り出し、翔に顔を近づけて言った。
「翔は、どう思っているんだよ」

 これからどうなるのかわからないし、相変わらず、自分がどうしたいのかもわからない。基樹のように、具体的な希望があるわけでもない。
 でも、一つだけはっきりしていることがある。
「僕も、ずっと基樹と一緒にいたい」
 言いながら、カッと顔が熱くなる。基樹の顔がさらに近づいて来て、唇が重なった。
 
 
 その後も、特に今までと変わらない生活が続いた。
 今後しばらくは、大変な騒ぎになることが予想されると言われたが、基樹がスマートフォンでチェックしたところ、やはり、彼の父親が言っていたように、一般的には、教団のことはそれほど話題になっていないようだった。
 翔も見せてもらったが、一部の掲示板などで、わずかに触れられているだけで、それも、冗談交じりに、軽いノリで書かれたものだった。
 
 あるいは情報統制がなされているのかもしれないが、拍子抜けした感は否めない。だが、それと同時に、それほど注目されていないのだと知って、少し安心もした。
 どちらにしても、翔たちが、未だ不安定な状況下あにあるのは間違いない。
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