第153話 本当のこと

文字数 1,092文字

 教祖にうながされ、隣室のソファセットに移動した。体を硬くして座る二人を、教祖は感慨深げに見ている。
――出来ることなら、もっと早くに会いたかったよ。
 あぁ、君たちは、なんと愛らしいんだ。晴江にそっくりだね。
  
 晴江というのは、二人を産んだ母親の名前だ。教祖は、悲しげな顔でつぶやく。
――晴江のことは、とても残念だ。私のせいで、晴江にも、君たちにも申し訳ないことをした。

 教祖は、野本に向かって何事か話しかける。野本が、二人に向かって言う。
「お二人は、今までどのように暮らしていらしたのかと」
 藍が、こちらを見ながら小声でつぶやく。
「ずいぶん漠然とした質問ね」
 なんとも答えようがない。翔はただ、黙ったまま藍を見つめ返すことしか出来ない。
 
 藍は、ちらりと野本を見てから、教祖に向かって口を開いた。
「翔と私は、日本支部の庇護のもと、裕福な暮らしをして来ました」
 野本が、教祖に伝える。教祖は、満足そうにうなずく。
「でも……私たちには、少しの自由もなかったわ」
 野本の表情に、動揺が走る。
「野本さん、ちゃんと伝えてちょうだい。私は、本当のことを聞いてほしいの」
「はぁ……」

「私たち二人は、とても孤独だったわ。お互いのほかには、誰も心を許せる相手がいなかったの。
 もちろん、亡くなった増永や、久美をはじめ、教団の人たちは、私たちをとても大切にしてくれたわ。でも、教団を守るために、私たちは、家の外を出歩くことも、学校でさえ、人と接することを厳しく禁じられていたの。
 それに、翔も私も、あなたの子供であるがゆえに、危険な目にも遭ったわ。翔が襲われて怪我をしてからは、長年暮らした屋敷を離れ、学校に通うことすら出来なくなったわ」
 
 野本は、ハンカチで汗をぬぐいながら通訳している。まさか、藍がいきなり、こんな話をするとは思っていなかったのだろう。
 それでも、どうやら、藍の言ったままを伝えているようだ。あるいは、とっさに言いつくろう余裕がないのかもしれないが。
「それに……」
 さらに言いつのろうとする藍に、野本が不安そうに目を向ける。
 
 藍は、かまわず話し続ける。
「私は、窮屈な暮らしが嫌でたまらなかった。ずっと逃げ出したいと思っていたわ。
 でも、私が禁を破ったせいで、大切な人たちを不幸にしてしまった。教団が、彼らの命を奪ったのよ!」
 叫んだ後、藍は、両手で顔を覆ってしまった。
 
「藍」
 翔は、藍の肩に腕を回して抱きしめる。藍は嗚咽する。
 
――藍、すまない。とても辛い思いをさせてしまったね。私の子供として生まれたばかりに……。
 
 教祖は、肩を震わせながら泣きじゃくる藍を、じっと見つめる。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み