第53話 絶句

文字数 727文字

 まだ体の震えが止まらない。
「大丈夫か?」
 基樹が、横たわる翔の背中から肩を抱く。翔は、その腕をぎゅっと握りしめる。
「俺のこと、嫌いになったか?」
 基樹の問いかけに、翔はただ、激しく首を横に振る。何か言うと、また泣いてしまいそうだ。
 
「翔、こっちを向いてくれ」
 翔は、寝返りを打って基樹のほうを向いたが、顔を見ると泣いてしまいそうで、基樹の胸に顔をうずめてしがみついた。基樹が、翔の背中に腕を回す。
 そのままじっとしていると、少しずつ震えが収まって来た。やがて、基樹がつぶやいた。
「俺、まさか自分が男を好きになるとは思わなかった」
「……え?」

 基樹は、翔の髪をまさぐりながら、独り言のように言う。
「去年まで、彼女がいたんだけどな。一人暮らしなのをいいことに、しょっちゅう家に連れ込んでた」
「……僕も」
 小さくつぶやくと、基樹が聞き返した。
「うん?」
「僕も、基樹と、こんなふうになるなんて……」

「なぁ」
 髪をいじる手を止めて、基樹が言った。
「もしかして、藍と寝てるのか?」
 ぎくりとする。
「えっ……どうして?」

 基樹が体を離し、翔の顎を持って、自分のほうを向かせる。
「なんとなくだよ。二人のやり取りとか、視線の交わし方を見て。
 特殊な環境に閉じ込められて、ずっと二人きりで生きて来たなら、そういうこともあるかもしれないと思って」
「あ……」
 翔はそのまま絶句してしまう。
 
「否定しないんだな」
「え?」
 基樹は苦笑する。
「嘘がつけないんだな。俺は、たとえ嘘でもいいから、きっぱり否定してほしかったけど」
 そんな……。再び泣きたい気持ちになりながら尋ねる。
「僕のこと、軽蔑する?」
 やっと自分の本当の気持ちに気づいたばかりなのに、早くも嫌われてしまうのだろうか。
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